紅~いつもの街灯の下で

いっき

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結奈&晴人編

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 晴人はその表紙イラストをいつまでも、うっとりと眺めていた。見たいテレビドラマの時間が近いとかで、夕暮れ時に結奈は帰ったけれど……彼の興奮はまだ抜け切らなかった。

 自分の作品のキャラ達が形になって、イラストの中で息をしている……それは、書き手にとって、唯一無二の感覚で。

 知らなかった。自分の創り出したキャラ達に命を吹き込まれるのってこんなにも、涙が溢れて止まらなくなるほどに、尊くて……嬉しくて堪らないことなんだ。

(それに……)

 真っ赤になって大笑いする彼女を思い出すと、晴人の心臓はドキドキと高鳴った。

 結奈のその笑いは、晴人にとっては苦手なもののはずだった。そう……クラスで派手なグループに囲まれて、まるでこちらを嘲るかのように傍若無人に上げる、甲高い笑い声。

 だが、今日の結奈のその笑いは何だか温かくて……彼女の笑顔は美しく、キラキラと輝いて見えて。このままずっと、この笑顔を見ていたい。彼はそう、感じたのだった。

 しかし……彼は即座に頭を横に振って、脳内のその笑顔をディレートした。

(あいつは斎藤の彼女なんだ。そう、斎藤の……)

 変に距離を縮めてはいけないし……間違っても、惚れるなんてことはあってはならない。彼は、頭の中では理解していた。

 それなのに……時間が経つにつれて、ディレートし切れていないその笑顔が、晴人の脳内で次第に大きくなっていって。どうしても、彼女のことが頭から離れなくなっていたのだった。





 翌日も彼女は朝から家に来て、得意気な笑顔を振りまいた。

「やぁ、遠藤。おっはよー!」

「お……おはよう」

「見て、見て。家でも描いてきたの。これでほぼ、五冊分完成だね!」

「えっ……」

 彼女がトートバッグから取り出した、その四枚の絵を見て驚いた。それらは、色塗りこそまだ途中のものもあったけれど……前日に彼女に貸した晴人の四作品の世界観を余すところなく表現していたのだ。

「すごい……」

 晴人は、結奈の描いたそのイラストに心を奪われて、意識を飲み込まれた。

 彼は小説を書く時、生み出した登場人物一人一人に感情を没入する。それはまるで、本当に晴人自身の生み出した分身のように、ストーリーの中で意志を持って自由に行動し、青春を謳歌し、恋に落ちる。だからこそ……彼女のイラストは、晴人に登場人物の人生を追体験させて、いくつもの世界を感じさせる。それは、感動とか、感激とか……そんな月並みな言葉では表現できない感覚で。彼はやはり、自らの中から溢れ出る感情を抑えることができなかった。


「プッ……」

 結奈はそんな晴人を見て、今日も早々に吹き出した。

「やだもう、やっぱあんた、泣いてんじゃん。泣くなら描いてやらないって、言ってんでしょ」

「ご……ごめん。夢みたいで……本当に」

「あはは!でもこれ、色塗りも終わってないし、未完成だし……まだ、夢ってまではいかないでしょ。まぁ、今日中には終わるだろうけど」

 彼女は目を細めて、自分の描いたイラストを見た。

「まさか……藤岡さん。昨日、家に帰ってからずっと、描いてくれてた?」

 そう……彼女は見たいドラマがあるって言って帰ったけれど。いくら仕事が早い結奈でも、これだけのイラストを描いてたら、ドラマなんて見ている暇もないはずだった。

「それがさぁ、昨日、急に特番が入ってさ。見たかったドラマ、なくなったんだよね。そんでやることなくって暇だったから、これ、適当に描いてやったのよ」

 結奈は照れを隠すように、赤くなりながら笑った。だけれど……晴人にはそれが、彼女の温かい嘘だとすぐに分かった。

 だって、昨日は緊急の特番なんて何もなかったはずだし、それに……そのイラストは『暇だったから、適当に』描いて描けるものじゃなかった。そう……彼女は自分の作品と真剣に向き合って、必死でそれを描いてくれていたんだ。

「藤岡さん、ありがとう。本当に……」

「やだもう、何をまた、涙ぐんでんの?さっさと再開しなきゃ。私、挿絵も描いてやるつもりなんだから」

 結奈はニッとウィンクした。

「えっ、挿絵も!?」

「そっ!あんたの小説、読んでたらさぁ、描きたいシーンが沢山、出てきたの。でも、締切、明後日まででしょ?マジで急がなきゃ!」

 彼女はそう言うと、塗りかけのそのイラストに没頭し始めた。

(こいつ……僕にちょっと、似ている?)

 晴人は密かにそう思った。

 そう……一緒にイベントの準備を始めるまでは、自分とは違う世界の人間だと思っていた。だがしかし、創作に対する姿勢……彼女が何かを描き始めると、それまでとはまるで別人のように、自らの周囲からの情報を全てシャットアウトしてそれに没入する。それは本当に、自分が小説を創作する時の姿勢、そのものだったのだ。

 それは、学校では自分が近づけないような派手なグループに属している彼女が見せる意外な一面で、晴人は何とも不思議な感じを覚えたのだった。


「……よし、できた!」

 西の窓からオレンジ色の夕陽が射し込む時間には、結奈はその四枚のイラストの色塗りを完成させていた。

 それは様々な色と濃さのカラーペンを用いて、グラデーションも表現されており……実に凝った、奥行きのあるイラスト作品になっていた。

「すごい……」

 本当に月並みになるのだけれど、晴人の口からはただただその言葉しか出なかった。自分の作品がこれほどのイラスト表紙をつけられて、イベント会場に並ぶだなんて……想像しただけで感極まって。熱いものがじんわりと目に浮かんだ。

「ストーップ!」

 溢れ出そうとする彼の涙は、結奈のその声に遮られた。

「泣くのは、私が帰ってからにしてくんない?本当にもう、小っ恥ずかしいったら」

 そんなことを言って、頬を桃色に染めて笑う。晴人はいつしか、彼女のそんな笑顔が堪らなく好きになっていた。

「それに……あんたはさっさと、このイラストを表紙データに取り込んで、原稿の校正を終わらすこと。明後日まででしょ?もう、日がないんだから」

「うん……ありがとう。藤岡さん、本当に……」

 また泣きそうになる彼を見て、結奈は可笑しそうに笑った。

「なぁにを、しみったれた顔してるのよ。イベントまでまだ、一週間ちょいあるんでしょうが。それまでに、やれることをやらなきゃ」

 結奈は片目を瞑ってウィンクして……彼女のそんな表情にも、晴人はドキッとした。

「うん。じゃあまた、明日」

「ええ!明日までには挿絵、ちょいちょい描いて来るから。楽しみにね~!」

 元気いっぱいの彼女は白い歯を見せながら、夕陽に照らされる帰路についた。





 結奈が家を出てからも、晴人のドキドキは止まらなかった。

 彼女のキラキラと輝く笑顔、ニッと片目を瞑ったウィンク、そして、イラストに没頭している時の真剣で美しい顔……。

(惚れたらダメだ。あいつは斎藤の彼女……)

 頭では分かっているのだけれど、彼女のその豊かな表情は、晴人の中を支配する。

(あいつ……ずるいよ。あんなに可愛くて……こんなに素敵なイラストを描いて来るなんて)

 そう……彼はもう、結奈に対して抑えきれないほどの想いを抱いていた。しかし、その想いは決して口にすることは許されず、胸の内に秘めておかなければならない。そんな鬱屈とした気持ちも同時に抱えていた。


「そう言えば、あいつ……ルマン館のプリン・アラモードが好きって言ってたな」

 晴人はふと、思い出した。

 ルマン館とは、繁華街の中……駅前のお洒落な洋菓子屋さん。彼女はちょっとした小話のつもりか、そんなことを言っていた。

「明日も来てくれるし……買いに行こう」

 自分が抱いているのは、口に出すのも許されない、秘めるべき想い。だけれども、好きな洋菓子を用意して、彼女の喜ぶ顔を見る……そのくらいのことは許されるだろう。

 彼は財布をショルダーバッグに入れて、もう夕陽も沈みかけている外に出た。


 夏休みの繁華街は、もう日も暮れているというのに騒がしい。ゲーセンやパチンコ店のドアが開くたびに耳障りな音が漏れ出すし、夏休みで羽目を外している派手な不良やギャルが、そこかしこで傍若無人にたむろっている。

(やっぱり……苦手だな)

 繁華街のその雰囲気は、静寂を好む晴人にとっては苦手なものだった。何かしらの用がなければ、近寄りたくもない。

 以前に結奈に抱いていたイメージでは、彼女もこの繁華街の不良達の中にいても違和感がなかった。そう……彼らと同じような空気を纏っていたのだけれど、今となっては何処か違った雰囲気を感じる。そんなことを考えると、今……彼女と一緒にイベントに向けた自分達の作品を準備していることが何とも不思議に思えてくるのだった。


(早く、お菓子を買って帰ろう)

 繁華街の空気に酔ってきた晴人は、駅前への道を急いだ。だがしかし……自らの目を疑うその光景に思わず立ち止まった。

「えっ……」

 彼の目に映ったのは、腕を絡ませて馬鹿みたいに笑いながらカラオケから出てくる、大輝と……隣のクラスの浅倉の姿だった。

(どういうことだ?斎藤は今、アメフト部の合宿のはず……)

 結奈は確かにそう、言っていた。いや、それよりも何よりも。彼が今、恋人同士のように腕を絡ませているのは結奈ではなく、隣のクラスの浅倉……?

「斎藤くん!」

 自分でも気付かぬうちに、晴人は叫んでいた。

「あ?」

 その声に、大輝は怪訝な顔で振り返った。

 どうして、ここに?アメフト部の合宿じゃなかったのか……それも聞きたかった。だけれど、それよりも、何よりも……

「どうして……浅倉さんと一緒にいるの?藤岡さんは……」

 晴人は辛うじて声を出して、その疑問をぶつけた。

「はぁ、キモっ。何、こいつ?」

 浅倉は眉をひそめ、まるで汚いものを見るかのように晴人を見る。しかし、晴人はすっと大輝を睨んだ。

「藤岡さんと……付き合ってるんじゃなかったの?」

 晴人のその絞り出すような声に、大輝は「はぁ?」と眉を上げて……まるで嘲るように大笑いを始めた。

「いや……どういうことだよ?」

 腹を抱えて馬鹿みたいに大笑いをする彼に……晴人は掴みかかりそうになるほどの怒りを覚えた。しかし、大輝は笑いながら耳を疑うようなことを言った。

「お前……陰キャが何を言い出すのかと思えば。いつの時代の話をしてんだよ。俺はとうの昔に、あいつとは別れてんの!」

「えっ……」

 晴人は驚きのあまり、目を見開いた。

 だって、高校生活が始まった当初から、結奈と大輝はクラスの名物カップルで……いつでも楽しそうに話していた。中学生時代からの付き合いって聞いていたし、本当に仲が良さそうだった。それが、こんなに呆気なく別れていただなんて、信じられない……。

「ねぇ、大輝。行こうよ。こんなキモい奴、ほっといて」

 晴人はまるで鈍器で殴られたような衝撃を受け、茫然と立ち尽くすことしかできなかった。そんな彼を置いて、見た目に派手なその二人は、繁華街の騒々しい人混みの中へと消えていったのだった。
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