紅~いつもの街灯の下で

いっき

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結奈&晴人編

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「ハルトの『ベンチ・ラブロマンス』はいかが? ちょっと切ないけれど、甘酸っぱくってキュンとする青春ラブストーリー! とっても面白いですよぉ! それに、今回は何と……私が表紙イラストを手掛けましたぁ!」

 売り子をする結奈は、イベント会場の中でも一際、目立っていた。お洒落なネイビーブルーのワンピースで決めている、黒髪の清楚な美少女……通り過ぎようとするお客さんに快活に声を掛けるその売り子は、会場の誰もの足を止める。

 みるみるうちに、晴人と結奈のブースには人集りができた。

「すごい……」

 晴人は思わず呟いた。

 前回までのイベントでは、自分のブースに来るのはコアなファンくらいだった。それが、隣で彼女が売り子をするだけで、ブースの前には見たこともないほどの行列ができる……。


「ハルトさん!」

 呆気に取られていた彼に、聞き慣れたその声が掛けられた。顔を上げた晴人は、思わず歓喜の表情を浮かべる。

「ミチルさん……」

 それは、自分の作品のコアなファンの一人……イベントに出品した当初から晴人の小説を読んでくれていて、新作は必ず買ってくれているのだ。年上の高校三年生らしく、結奈とは対照的に大人しめで地味な眼鏡女子だけれど、イベント会場では必ず声を掛けてくれる。

「今日は、すごい人気ね。物凄い美人さんが隣で売ってるし……ねぇ、あの人って、もしかしてハルトさんの彼女さん?」

 その言葉に、晴人はドキっとして固まった。結奈も一瞬、驚いた顔をしてこっちを見ていて……彼は慌ててミチルの言葉を否定した。

「違うよ。彼女はただのクラスメイト。僕の小説に興味を持ってくれて……今回、本を作るのを手伝ってくれたんだ」

 それは、結奈に気を遣うつもりで言った言葉だった。

(だって、僕なんかとそんな関係だと思われたら、結奈は迷惑だろうし……)

 あの日以降も自分に対する態度の変わらない結奈……彼女は自分のことなんて何とも思っていない。彼はそう、思い込んでいたのだ。

 すると、ミチルは何処かほっとした顔をした。

「そっか。よかった……」

「えっ?」

「いや……ハルトさんのこの前の本。私、すごく感動して、涙が止まらなかった。病に侵されて絶望の淵にいた主人公が、純粋な少年に恋をして病気に打ち勝つの……何だか、他人事じゃなくって。私、昔、病弱だったから……あなたの小説にいつも、生きる勇気を貰ってるんだ!」

「そっか……嬉しい。ありがとう! 僕の作品を読んでくれて……それがミチルさんに生きる勇気を与えてるって、作者としては、こんなに嬉しいことはないよ!」

 晴人は目を輝かせてミチルと話し始めた。結奈はそんな二人を見て、不満の入り混じった寂しげな表情を浮かべていたけれど……晴人は彼女のそんな表情にも気付かないほどに、自分の作品の熱心なファンと夢中で話していたのだった。





 夕陽がアスファルトをオレンジ色に照らす帰り道。晴人は上機嫌で歩いていた。

 いつもなら数冊は余る本は今回は完売して……それは初めての快挙だった。そして、その日も同人誌仲間の打ち上げの誘いはあったけれど、結奈を送るためにイベント終了と同時に切り上げたのだ。


「すごかった……あんなにあっという間に完売したの、初めてだよ。これも、結奈のおかげ……本当にありがとう!」

 晴人は白い歯を見せて微笑んだ。しかし、結奈はその言葉にも反応せずにプイとソッポを向いていて、何故か不機嫌だ。だから、晴人は不安そうに尋ねた。

「結奈……どうしたの? さっきから一言も喋らないし、何か、気に障ることでも……」

「別に。あんたって実は、すごい人気なのね」

 その言葉には何処か、皮肉めいたものを感じた。

「えっ、いや……。今日、こんなに売れたのは、結奈のおかげ……」

「そうじゃなくて! あのミチルって人とか……絶対に、あんたに気があるわよ」

「えっ!? いや、あの人はただ、僕の作品のファンってだけで、全然、そんなことは……」

 真っ赤になって否定する晴人に、結奈は呆れたように溜息を吐いた。

「ったく、あんたってホント、鈍感ね。あそこまで明らかな態度取られてたら、普通は気付くわよ」

「いや、本当に違うって……」

 さらに不機嫌な表情を浮かべる彼女に怯えながらも晴人は必死に否定して……しかし、結奈は聞く耳を持たずに早足でツイツイと歩を進めた。


 だけれども、あの公園……夏休み中に初めて二人が出会った公園に差し掛かって。ぼんやりと灯り始めた街灯の下で、結奈は徐に振り返った。

「ねぇ、あんたもさ……」

涙で仄かに滲んだ瞳を晴人に向ける。

「ただのクラスメイトに、キスしようとしたの?」

「えっ……」

 結奈の口にしたその言葉は途端に晴人を金縛りさせて……彼は頭が真っ白になった。

「いや、そんなこと……」

「だって、ただのクラスメイトなんでしょ? そう、言ってたじゃん」

「いや、あれは……」

 結奈に気を遣って言った言葉のつもりだった。でも、それが逆に彼女を怒らせた。

(え……でも、それって? 一体、どういうことなんだ?)

 混乱する晴人を見て、彼女は溜息を吐いた。

「私って、外見だけ取り繕っている都合のいい馬鹿女だから……すぐにヤれそうだって。あんたもどうせ、そう思ってたんでしょ。大輝とか、クラブの変な男と同じように……」

「違うよ、そんな……」

「何が違うのよ。だって、現に……」

 結奈はまるで自嘲するような表情を浮かべて話し続ける。


(違う、そんな顔をして欲しくない。僕は、君だけには……)

 一途で純粋で可愛くて……愛しくて堪らない人。彼女には決して卑屈になって欲しくない。

 晴人は自らの中で燻るその感情をどうしても抑えられなくなった。そして、気付かぬうちに……

「好きなんだ!」

思わず、自分でも驚くほどの大声がその口から出たのだった。

 その声に、結奈は驚いて目を見開いて……固まったように立ち尽くした。

 しかし、感情を抑えられない晴人はさらに自分の気持ちを打ち明ける。

「僕は絶対に、好きな人にしかあんなことしない。あの日……ここで結奈に会って。それから毎日、家に来てくれて……話すたびに、君が一途で純粋な娘だって分かって。それに、イラストを描いてくれたのも……今まで生きてきた中で、どんなことよりも、一番嬉しかった。だから、僕は……どうしても、堪らなく、君のことが好きなんだ!」


「…………」

 一瞬、自分でも何を言ったのか、分からなかった。頭の中は真っ白なようで、ごちゃごちゃなようで……恥ずかしいと思う間も、後悔する余裕すらもなかった。

 しかし、彼のその言葉を聞いて……見開いた結奈の綺麗に澄んだ瞳からは、大粒の涙がポタポタと溢れ落ちた。

「結奈……」

 晴人は、彼女のその涙に動揺する。

 だが……

「本当に……好きでいてくれる?」

「えっ……」

 結奈は涙で途切れそうになる声を、必死に絞り出した。

「彼氏には捨てられて、変な男に襲われかけて……イラストしか取り柄のない、馬鹿でどうしようもない私を、本当に……」

 晴人の胸の中に顔を埋めてしまって、続きは言葉にならなかった。でも……どれだけシャツを濡らしても、晴人はずっとそこに立っていて、結奈の心を温めてくれていて。

 夏休みも終わりに近付いていたけれど、それでも鮮やかに輝く夕陽が、そんな二人をいつまでも温かく照らしていたのだった。
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