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沙也加&充編
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充はクラス内での自らの地位を保つのに必死だった。
人気者の輪から外れないようにするために、話題作りにかかる手間は惜しまなかったし、自分から進んでウケを狙いにいったりもした。そう……その前日、仲間が茶化す中で沙也加に告ったのも、ただのウケ狙いだ。
しかし、沙也加が好みの範疇から全くもって外れている、と言うと嘘になる。
ひょんなことから、彼女はその時、丁度目の前にいたのだが……対峙していても、じんわりと滲む茶色がかった透き通った瞳に吸い込まれそうになった。
流れるように輝く長い黒髪に、儚いほどに白い肌……所謂、正統派美少女の彼女に微塵も好意を抱かない男子は、まずいない。
ただ、普段の彼女は自分が属するのとはほぼ対極の真面目なグループにいた。
ウケ狙いとは言え自分に近い女子に告って気まずくなるのも嫌だし、あまりレベルの低い女子に断られるのも面白くない。だからこそ、『汚れ役』を振る舞う時には充は決まって、『普段は縁のない高嶺の花』である彼女に絡んでいたのだった。
だが、その日はもう学校も終わり、普段つるんでいる仲間とも別れて気まぐれにサッカーの練習でもしようと公園を訪れていたところ。いつも学校でやっているように、無理に『自分』を作らなくてもいい。
そんな時分に偶々、制服のままがっしりと大きな木に手をかけている沙也加に遭遇したのだ。
「猫が……子猫が、あんなに高い所から落ちそうなの。お願い、助けてあげて……」
「えっ?」
彼女の指す方をよく見ると、大きな木の頂上あたり……見るだけで足のすくむような高さの枝に、子猫が必死にしがみついていた。それを見て、充は思わず固まった。
「いや……助けてあげてってお前、あんなに高いだろうが! 落ちたら怪我じゃ済まないだろ」
「えっ……」
青ざめていた沙也加の顔から、さらに血の気が引いた。
「助けて……くれないの?」
「だってよぉ、そんなの。俺も猫一匹のために、命を懸ける義理はない……」
その瞬間。沙也加の自分を見る目にビクッとした。涙が滲んでいたけれど、その瞳の奥には深い悲しみと……子猫を見殺しにしようとする自分への憤り、軽蔑。そんな想いを感じる、冷たい眼差しで見つめていたのだ。
彼女のそんな目に負けて、充はハァッと溜息を吐いた。
「分かったよ……分かりました! 助けにいきゃあ、いいんだろ?」
「えっ?」
彼女の瞳は、途端に希望の色に輝いた。
(……ったく。柄じゃねぇんだけどな)
そう。女子に泣き付かれて子猫を助けるなんて、柄じゃない。俺はいつも、おどけたり絡んだりすることでクラスの皆を笑わせて人気を稼ぐだけ……こんなシリアスな場面で活躍するようなキャラじゃない。
でも……耳に纏い付く、この声。『ミャア、ミャア』って、とっても心細く切なげに、まるで自分を呼ぶかのように必死で叫んでいる。あんなに小さくて弱い命が、必死で縋ってくる……そのことが、充の中に、かつて経験したことのない熱を灯して。意を決して、彼はその木を登り始めたのだった。
「頑張れ、頑張れ……」
枝にしがみ付く子猫、そいつを救おうとする自分……そのどちらに向けたものか分からぬ言葉を呟きながら、充は徐々にその木を登って行く。腕が、手が、ガクガクと震えた。
しかし、『ミャア、ミャア……』と鳴き続けるそいつの声が、耳から離れないことに安堵する。
(待ってろよ。もう少し……もう少しだから……)
蹲りながらもその枝に必死にしがみ付く子猫。黒い縞模様のキジトラをひたすらに見つめて、彼は登り続けた。足を滑らせたりしないように、慎重に……
(よし! もう少し……)
もう少し。もう少しで届く……左腕と両足で幹にしがみ付きながら、彼は右腕を子猫に伸ばす。小刻みに震える子猫はその手にも怯えて、枝を伝って逃げようとしたけれど。充は一思いに、ギュッとそいつを右手で掴んだ。
「よし! やった……」
右手に伝わる、柔らかくて温かい感触……心の中でガッツポーズを決めた。
その瞬間!
「えっ……」
グラッとする感覚と共に、突然に天と地がひっくり返った。
何が起こったのか……認識する前に、しがみ付いていた手と足がずり落ちて、その体は強い風の流れを感じた。その感覚は一瞬で、だがしかし、彼は無意識に子猫を守る格好で抱えこんでいた。
(離してたまるか……!)
柔らかくて温かくて小さいそいつ……その感触を抱えこんで、ギュッと目を瞑る。
『ドサッ!』
大きな音が響いたけれど何が起こったのか分からず、充はオレンジ色の空を見つめた。
しかし、ほどなくして彼は自分の身に起こったことを理解した。
(俺……落ちたんだ。あの高さから……)
でも意識はしっかりとしているし、腕の中には小刻みに震えるそいつの温もりを抱えている。落下した衝撃で若干の痛みは感じるけれど、さほど酷いものでもなかった。
目に見えるのは、ただただ遥か彼方に広がる夕焼空だけれど……
「助かった……」
仰向けの充は、ハァッと溜息を吐いた。
しかし、何処か違和感を感じた。
あれ……この木の下の地面は、もっと固いはず。なのに、落ちた衝撃はそれほど感じなかった。それに、仰向けになっているその背中は、仄かな温かさと柔らかさを感じる。
「えっ……!」
子猫を抱えたまま充はすぐさま飛び起きて、サァッと青ざめた。
「沙也加!」
何と、自分は沙也加を下敷きにして転落していたのだ。大慌てで呼んだけれど、気を失っている彼女の反応はなかった。
「沙也加、沙也加ぁ!」
不思議そうに首を傾げて見つめる子猫の隣で、充は必死で沙也加の肩を揺すって。その大声は公園中に響き渡ったのだった。
人気者の輪から外れないようにするために、話題作りにかかる手間は惜しまなかったし、自分から進んでウケを狙いにいったりもした。そう……その前日、仲間が茶化す中で沙也加に告ったのも、ただのウケ狙いだ。
しかし、沙也加が好みの範疇から全くもって外れている、と言うと嘘になる。
ひょんなことから、彼女はその時、丁度目の前にいたのだが……対峙していても、じんわりと滲む茶色がかった透き通った瞳に吸い込まれそうになった。
流れるように輝く長い黒髪に、儚いほどに白い肌……所謂、正統派美少女の彼女に微塵も好意を抱かない男子は、まずいない。
ただ、普段の彼女は自分が属するのとはほぼ対極の真面目なグループにいた。
ウケ狙いとは言え自分に近い女子に告って気まずくなるのも嫌だし、あまりレベルの低い女子に断られるのも面白くない。だからこそ、『汚れ役』を振る舞う時には充は決まって、『普段は縁のない高嶺の花』である彼女に絡んでいたのだった。
だが、その日はもう学校も終わり、普段つるんでいる仲間とも別れて気まぐれにサッカーの練習でもしようと公園を訪れていたところ。いつも学校でやっているように、無理に『自分』を作らなくてもいい。
そんな時分に偶々、制服のままがっしりと大きな木に手をかけている沙也加に遭遇したのだ。
「猫が……子猫が、あんなに高い所から落ちそうなの。お願い、助けてあげて……」
「えっ?」
彼女の指す方をよく見ると、大きな木の頂上あたり……見るだけで足のすくむような高さの枝に、子猫が必死にしがみついていた。それを見て、充は思わず固まった。
「いや……助けてあげてってお前、あんなに高いだろうが! 落ちたら怪我じゃ済まないだろ」
「えっ……」
青ざめていた沙也加の顔から、さらに血の気が引いた。
「助けて……くれないの?」
「だってよぉ、そんなの。俺も猫一匹のために、命を懸ける義理はない……」
その瞬間。沙也加の自分を見る目にビクッとした。涙が滲んでいたけれど、その瞳の奥には深い悲しみと……子猫を見殺しにしようとする自分への憤り、軽蔑。そんな想いを感じる、冷たい眼差しで見つめていたのだ。
彼女のそんな目に負けて、充はハァッと溜息を吐いた。
「分かったよ……分かりました! 助けにいきゃあ、いいんだろ?」
「えっ?」
彼女の瞳は、途端に希望の色に輝いた。
(……ったく。柄じゃねぇんだけどな)
そう。女子に泣き付かれて子猫を助けるなんて、柄じゃない。俺はいつも、おどけたり絡んだりすることでクラスの皆を笑わせて人気を稼ぐだけ……こんなシリアスな場面で活躍するようなキャラじゃない。
でも……耳に纏い付く、この声。『ミャア、ミャア』って、とっても心細く切なげに、まるで自分を呼ぶかのように必死で叫んでいる。あんなに小さくて弱い命が、必死で縋ってくる……そのことが、充の中に、かつて経験したことのない熱を灯して。意を決して、彼はその木を登り始めたのだった。
「頑張れ、頑張れ……」
枝にしがみ付く子猫、そいつを救おうとする自分……そのどちらに向けたものか分からぬ言葉を呟きながら、充は徐々にその木を登って行く。腕が、手が、ガクガクと震えた。
しかし、『ミャア、ミャア……』と鳴き続けるそいつの声が、耳から離れないことに安堵する。
(待ってろよ。もう少し……もう少しだから……)
蹲りながらもその枝に必死にしがみ付く子猫。黒い縞模様のキジトラをひたすらに見つめて、彼は登り続けた。足を滑らせたりしないように、慎重に……
(よし! もう少し……)
もう少し。もう少しで届く……左腕と両足で幹にしがみ付きながら、彼は右腕を子猫に伸ばす。小刻みに震える子猫はその手にも怯えて、枝を伝って逃げようとしたけれど。充は一思いに、ギュッとそいつを右手で掴んだ。
「よし! やった……」
右手に伝わる、柔らかくて温かい感触……心の中でガッツポーズを決めた。
その瞬間!
「えっ……」
グラッとする感覚と共に、突然に天と地がひっくり返った。
何が起こったのか……認識する前に、しがみ付いていた手と足がずり落ちて、その体は強い風の流れを感じた。その感覚は一瞬で、だがしかし、彼は無意識に子猫を守る格好で抱えこんでいた。
(離してたまるか……!)
柔らかくて温かくて小さいそいつ……その感触を抱えこんで、ギュッと目を瞑る。
『ドサッ!』
大きな音が響いたけれど何が起こったのか分からず、充はオレンジ色の空を見つめた。
しかし、ほどなくして彼は自分の身に起こったことを理解した。
(俺……落ちたんだ。あの高さから……)
でも意識はしっかりとしているし、腕の中には小刻みに震えるそいつの温もりを抱えている。落下した衝撃で若干の痛みは感じるけれど、さほど酷いものでもなかった。
目に見えるのは、ただただ遥か彼方に広がる夕焼空だけれど……
「助かった……」
仰向けの充は、ハァッと溜息を吐いた。
しかし、何処か違和感を感じた。
あれ……この木の下の地面は、もっと固いはず。なのに、落ちた衝撃はそれほど感じなかった。それに、仰向けになっているその背中は、仄かな温かさと柔らかさを感じる。
「えっ……!」
子猫を抱えたまま充はすぐさま飛び起きて、サァッと青ざめた。
「沙也加!」
何と、自分は沙也加を下敷きにして転落していたのだ。大慌てで呼んだけれど、気を失っている彼女の反応はなかった。
「沙也加、沙也加ぁ!」
不思議そうに首を傾げて見つめる子猫の隣で、充は必死で沙也加の肩を揺すって。その大声は公園中に響き渡ったのだった。
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