高嶺のライバル

いっき

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Side 菫

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(どうして……こんなことになるのよぅ)
 凛とお互いに構えて蹲踞(試合開始前の礼)をする私の頭は、そんな想いで埋め尽くされる。
(私、凛と戦いたくなんて、ないんだよぅ……)
 小学生の頃……退院して学校に戻ってからずっと、凛はお姉さんのように私の面倒を見てくれた。お友達は沢山いたのに、一人でいる私に話しかけてきてくれて、すごく嬉しかった。そして、剣道も。凛がやってるって聞いたから、私も始めようって決心ができたのに。
 なのに、どうして……?

 凛が『面』の奥から突き刺すような眼光を私に向ける。
「ヤァァァァアー!」
 すごい気迫……飲まれそうになる。だけど……
「ヤァア!」
 気が進まないながらも、私も気迫で応じた。
 凛と私の竹刀の先……剣先がギリギリ触れ合う。互いの右足が真っ直ぐに、すっと前に出る……来る!
「メェェーン!」
「メントォー!」
 竹刀がすっとお互いの『面』に吸い寄せられるように……私達の『面打ち』は、完全に同時に当たった。凛の打ちの衝撃で、私の『面』はビリビリと痺れる。
 ほら、やっぱり……私なんかの『面打ち』は、あなたには遠く及ばない。
『ダーン!』
 激しく体当たりして……私の目はくらみそうになる。
「メェェーン!」
 続け様の凛の『面』を紙一重……ギリギリで躱した。
「シャアァアー!」
「ヤァア!」
「メン、コテ、メン……ドォオ!」
「メン……クッ、メンッ!」
 凛の鋭い打ち……私はそれについていくのが精一杯だ。勝てる訳がない。
 だけど……
「メェェーン!」
 『面』を打って抜けた凛が振り返った瞬間、一瞬だけ……ほんの一瞬だけだけど、隙が見えたような気がした。

「……どうして、ここで打たないの?」
「えっ?」
 『面』の奥の凛は歯を食い縛っていて……だけれども、その瞳は微かに滲んで揺れたように見えた。
「私の振り返り様……あなたは中心を取って、しっかりと打つ体勢もできている。なのに……どうして打たないのかって、聞いてるのよ!」
「えっ……だって。私なんかが打っても凛に勝てるわけ……」
「あーもう!」
 凛は苛ついたように、竹刀の先を床にドーンと当てた。
「私じゃ勝てない、私なんかが勝てるわけない……あんたのそんな言葉、聞きたくない。だって、あんた、強いのよ。打つタイミング……相手の隙を見つけるって点では、もうこの部の誰よりも」
「うそ……そんなことないよ。だって、一番強いのは凛……」
 そんなことを言う私を、凛は『面』の奥から冷たく睨んだ。
「そう……あんた、私に勝つ気がないのね。ならもう、絶交よ」
「えっ……」
「もう二度と、私に話しかけないで」
 そう言い放って、彼女は踵を返して立ち去ろうとした。

(嫌だ……どうして? 凛と絶交だなんて、そんなの絶対に……!)
 凛の言葉が悲しすぎて、涙が出そうになる。だけれども……
「待って!」
 私は無理矢理に声を絞り出した。
「今度は、絶対に勝つから。だから……もう一度、勝負して」
 込み上げてくる涙を必死に抑える私に振り返って……凛はニッと白い歯を見せた。
「そうよ、菫。そう来なくっちゃ!」



 凛ともう一度、蹲踞をして向かい合う。
「ヤァァァァアー!」
 彼女は私を凛とした瞳で見据え、最大の気迫を発した。
「ヤァアァー!」
 私も精一杯の気迫を彼女に向ける。
 そして……
「メェェーン!」
 凛の鋭い『面打ち』を紙一重で躱して、私は剣先を彼女に向けた。

 凛はいつでも完璧でカッコいい……そう、思っていた。だからこそ、私が勝てる訳がない……勝つことなんて、あってはいけないんだって。
 でも……私は実は気付いてた。凛の剣道は速くて、凄く強い。だけれども……その分、隙も沢山できるんだ。
「メン、コテ、メェェーン!」
「コテ、メン、メントォー!」
 連打には付いていくのが精一杯。でも、それを続けていると……
 それは、ほんの一瞬だけ生じる。そう、凛の動きが止まった瞬間にできる隙……
「メェェーン!」
『バクゥ!』
 私が放ったその『面』は……まるで鎖から解き放たれたかのような爽快な音と共に、確実に凛の『面』を捉えたのだった。
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