千万ドルの笑顔

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 光り輝くライトの洪水の余韻から冷めやらぬまま、僕は帰り道の車を運転した。実はこの後も大きなイベントがある。そう……僕は今日、初めて小百合を両親に紹介するのだ。
 それに夜道を運転する緊張感も相まって、僕はひたすらに無口になった。
「ねぇ。千万ドルって、いくらくらいかな?」
 小百合がポツリと呟いた。
「うーん。一ドルが百十円くらいだから、十一億円くらいかな」
 ガチガチの運転をしながら大真面目に計算をする僕に、彼女はクスッと笑った。
「そっかぁ。じゃあ、私が一回笑うだけで、達也は一生生きられるのね」
 小百合の声は悪戯っぽくなる。
「だって、千万ドルなんでしょ?私の笑顔」
 先程の言葉の意味を確かめられて……照れ臭くて伝えることができなかった僕の想いは、途端に柔らかくなった。
「そうだよ。僕にとっては、小百合の笑顔は千万ドル。一回、笑ってくれるだけでも僕はずっとずっと、生きていける」
 運転中の僕はずっと前を向いたまんまだけれど、この口はひたすらに饒舌になっていた。
「だから。これからもずっと、僕の隣で笑っていて欲しい。それだけで、僕はずっと生きていけるから」
 どうしてだろう……慣れぬ運転でガチガチに緊張しているはずなのに。そういう時に限って、僕は臆面もなく自分の気持ちを伝えることができる。

 すると……
「ちょっと、達也ぁ」
 またもやや尖った……だがしかし、その奥に歓喜を含むようにも聞こえる声が助手席から掛けられた。
「遅いよ。そういうことは、千万ドルの夜景を見ている時に言ってくれないと」
 それは、じれったさと照れ隠しのトゲをその奥に秘めていた。僕には分かる……こういう時の彼女は小悪魔のよう。無理難題を僕に言いつける。
「あ……あぁ、ごめん」
 つい素直に謝る僕に彼女は小悪魔な笑みを浮かべた。
「だから。やり直し」
「えっ?」
「今から引き返して。千万ドルの夜景の前で、もう一度、言うの。その台詞」
「え……えぇー!?」
 呆気に取られる僕に、彼女はフフンと笑った。
「じゃないと、言ってあげないよ。その台詞の返事」
 車を止めて助手席を見ると、そこにはやはり千万ドルの笑顔があって……僕は慣れない車で引き返すことを余儀なくされた。

「大丈夫、大丈夫。なんの、これしき……」
 またまた覚束ない手元で山道を運転する僕の隣で、彼女はニコニコと千万ドルの笑顔をバラまいている。この笑顔を僕のものにするためには、このくらいの努力はどうってことない。そう、それは千万ドル、一億ドル……いや、お金には替えられぬほどに愛しいものなのだから。
 標高六百九十九米の掬星台で千万ドルの笑顔を自分のものにできたなら……千万ドルの夜景も、先程よりもさらに美しく感動的に、輝いて見えることだろう。果てしない夜空には、これまた千万ドルの無数の星達が瞬いていた。
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