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6 ~見つめ合うだけで~
しおりを挟む俺は今何て言ったんだ?
ほとんど空っぽの頭でこの状況を整理しようと脳に訴える。時計の針は俺がこの椅子に座って十分も経っていない。筈だが、すでに数時間が経過したような感覚。いつからだ。そうだこの女が現れてからだ。そして目の前に来て何か言い始めた頃には脳がパンク状態になっていた、のか?それで…。
来夢はようやく現状を大まかにだが理解した。自分が放った一言はあまりに突飛で来夢の性格はおろか、世間的に見てもあり得ない。この言葉に尽きる。
ゼンマイ式の玩具のようにぎこちなく見上げると、彼女は紅潮した顔にありったけの驚愕を現し固まっていて……。
目が、合ってしまった。その瞳は朝の日差しを受け煌めく真珠のようだった。その宝石に目を奪われた時、キラリ。瞳の端に光るものが。
「ごめん」言いながら立ち上がり彼女の手を取る。そしてもう一度「ごめん」と口にし、教室を出た。
廊下を少し進むと。
「え、何?月9展開?」岩田の声。
「天崎君~!川崎さん~!」三村が狼狽の色が濃く出た叫びを上げた時には上のフロアに来ていた。
最上階の扉に手を掛け屋外へ出る。昼休みには、お弁当を囲む生徒たちや、放課後、吹奏楽部の練習でも使われている屋上。しかし今はホームルーム中。当然誰もいなかった。微かに木々が擦れる音と二人の呼吸だけが秋晴れの空に溶けていく。
備え付けのベンチに座り呼吸を整える。少しして落ち着くと再び来夢が俯きながら「ごめん」と。
「何で謝るの?」
「いや、だっていきなり…す、好き、なんてさ…」
「全然。嬉しかった。っていうか……」
「っていうか?」
「私もそう言おうとしてたの」
「え⁉︎」思わず顔を上げていた。目線も無意識のうちに彼女の方へ。
再び目が合った彼女の表情は記憶にある誰かの表情と重なった。脳内を探ると刹那の間に答えが弾き出された。それは割と日常的に目にしている。既視感のあるこの感覚は…。
「もう一度、ちゃんと言わせてください」川崎が姿勢を正して真っ直ぐ来夢を見つめる。
そうだ、俺はいつも学校で見ている。
「私は、天崎来夢くん。あなたに会う為にここまで来ました」
スイッチが入った時の三村聡子先生。乙女モードの表情と酷似しているんだ。
「私はあなたのことが、、好きです」
「僕もあなたのことが、、好きです」
来夢も自然と言葉が出ていた。彼女と見つめ合った時の暖かさ、好きだと言われた時の暖かさ、彼女と居るこの世界から感じる暖かさ。それら全てを目の前の女の子に伝えたい。その温もりを共有したい。そんな感覚からだと思う。
理由は分からない。ただ、ほんの数分前彼女の存在を認識した瞬間、心の中に鳴り響いた音。幾千もの宝石が弾け奏でるシンフォニア、その序章。初めて抱いたこの衝撃が錆びついた来夢の心を動かしているのかも知れない。
それからほんの数秒の間見つめ合うと、彼女の目に再び涙が浮かんだ。
「えっと…」困惑する来夢を…。
「ごめんね」川崎は笑顔で制した。
「私、ずっとずっと来夢君に会いたかったの。目が覚めたあの時から」
彼女のこれまでを聞きながら、来夢は透明だったピースが嵌っていくような感覚を覚えていた。
「じゃあキミが、僕のお姉ちゃん?」
思い返せばその瞳には見覚えがある。その真っ直ぐで曇りのない目。あの時自分のせいで奪ってしまったと思い込んでいた光。それが今、笑顔を携えここにいる。
「そう、戸籍上は二十一歳なのかな?でもずっと眠ってたからなぁ。もう分かんない」
でも、と来夢の手を取る、少し震えた手で。
「さっきも言った通り、私の気持ちは家族として、弟に対してのじゃなくて…」
「大丈夫、分かってるよ」彼女の手を包み込む。
側にいて見つめ合う、ただそれだけのことで十八年の人生で来夢が抱いたことのない暖かさが生まれていく。もう彼女を離さない。辛い思い、悲しい顔をさせない。笑顔の彼女と未来を歩みたい。そう誓い目を閉じる。自然と重ね合った手が離れ、互いの背中に回った。
昨日とは違う温もり。三村からの温もりが親の愛情だとするならば、これは全く別の。
彼女の体温、質感、匂い。川崎まりあを構成するあらゆる要素が天崎来夢溶け込み、安らぎに変わっていく。
首元で彼女が大きく息を吸うと、どこか満たされたようにゆっくりと息を吐いた。吐き終わるとより強く抱きしめられた。来夢もそれを返すように強く抱きしめる。互いにギューっと抱き合うと再びゆっくりと離れた。向き合うと、彼女は潤んだ唇、とろけた瞳で見つめていた。
「まりあ…」
そっと囁くと彼女の頬は赤らみ、目尻を細めた。そんな彼女の髪を、来夢は無意識のうちに撫でていた。最初に感じた通り、ビロードの感触が来夢の冷たい右手を滑る。ニ度、三度と繰り返し確かめると手元から温もりが全身に巡っていく。そのままそっと背中に触れる。作り物のように華奢な感触に少し胸が絞まる。このまま強く抱きしめたら壊れてしまいそうな…。
再び見つめ合い、ゆっくりと硝子細工のような背中を撫でていく。その動きに合わせてまりあの瞳がゆっくりと閉じられていく。
「ん…」
彼女の吐息が耳に入ると来夢の思考回路はショート寸前まで加速していた。つい数分前、初めて彼女を目にした瞬間からこのベンチで見つめる今現在までを何度も脳内で往復した。ほんの僅かな時間だったが今までの人生で感じたことのない気持ちで満ちていた。
もっと、幸せになっていいいのかな…。心の中で呟く。この声が聞こえたのか、まりあが微笑み、頷いたように見えた。
背中に回した右手に少し力を入れる。ゆっくり、彼女との距離が縮まっていく。左手の指で彼女の顎を少し上げると唇が僅かに揺れた。あと数十センチ。鼻が当たる少し前に来夢も目を閉じた。あと十数センチ、あと数センチ…。あと……。
秋晴れの空を泡沫の調べが通り抜けていった。
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