虚ろな光と揺るがぬ輝き

新宮シロ

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7 ~ハピネス~

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 その音色は限界まで神経を研ぎ澄ませていた二人には銃声のように聞こえた。あと数センチだった距離が一瞬で2メートルになってしまった。
「ちょっとみむちゃん先生変な声出さないでくださいよ~」
「梨亜ダメ。この人今故障中」
 互いに背を向けた状態の男女が目線で扉側を窺う。その先には岩田梨亜と大倉萠華、その二人に挟まれムンクの叫びのような表情で固まる三村聡子。梨亜の方は楽しそうに笑っているが萠華の方は目を光らせニヤニヤしている。
「……」
「……ど、どこから見てた…の?」沸騰した脳をフル稼働させなんとか絞り出した言葉は、ど定番のテンプレ台詞だった。
 大型犬と対峙した時の子犬のように怯える来夢をよそに、ジャンヌダルクと黒い女神は顔を見合わせ、ニヤリ。
 同時に数メートル先の小型犬に目をやる。間髪入れずに右手を顎に当て滑らかな歩調で進みはじめる萠華と梨亜。そのまま視線を逸らさず目の前に着くと萠華が耳打ちした。
「…どこからだと思う?」
 今まで教室の隅で繰り広げられていたやり取りをほぼゼロ距離で受け来夢は心臓を掴まれた感覚を覚えた。
 殺される…!本能的にそう感じてしまう。脳はそんなこと決して無いと結論を出しているが動くことができない。
「萠華、初絡みなんだから優しくしなよ」
 黒女神の両肩に手を置き距離をとらせる。萠華の方は「冗談よ」と笑っている。流石の梨亜も少し呆れたように息を吐き、真っ青になった来夢と耳まで真っ赤なまりあを交互に見た。
「天崎くん、だったよね。あなたがいやらしい声で、まりあ…。って囁いた辺りからかな」
 この一言で来夢の顔に血が蘇り全体を染めた。
 数年間クラスで無の感情で過ごしてきた。喜怒哀楽全て見せてこなかった。見せる必要もなく、出てこなかったからだ。だが現在、背後で縮こまる彼女を目にした瞬間から感情の栓が抜けたみたいに溢れてきた。そして初めてクラスメイトに見せた姿見は通常、人が公の場で見せないものだった。故に。
「…」
 これ以上言葉が出てこない。今すぐにここから逃げ出したいが、この学校から、目の前の彼女らからは逃げられない。何よりこの羞恥からまりあを守らないと。その思いだけでこの場に留まれている。
「もう、何か言いなさいよ」
 彼の沈黙に業を煮やし、萠華が腰に手を当てて詰る。先程の悪魔の囁きとは対照的に、その愛くるしい出立ちとマッチした声色で優しく告げた。
 男は再び思考を回転させ言葉を探る。何度か深い呼吸を挟みようやく口を開いた。
「気づいたら、体が勝手に…。ごめん」
「いやマジ月9じゃん!」
 梨亜が笑いながら言うと、ついにまりあが再起動した。
「悪いのは私だから、来夢くんを責めないでください」
 来夢の肩を抱き前に出る。すると来夢も「いや連れてきたの俺だし」と腕を押し返す。俺だ、私よ、のフィジカル込みの押し問答を繰り返す男女を光の消えた目で見下ろす女二人。
「梨亜、やっぱりこいつら殴っていいかな?」
「うん、いいと思う」
 冷ややかな声でのやりとりを終え互いに頷く。一歩前に出て右手の先をピンと張る。その手をスッと上げそれぞれのターゲットの頭上にスタンバイ。そんな彼女らの行動など視界に入っていないらしく、目の前の男女は未だ譲らない様子。
「おい」
 同時に呟くとベンチに座る二人の視線が萠華と梨亜に移った。その瞬間……、ベシッ!!
 合図なし、まさに阿吽の呼吸で同時に振り落とされた手刀は目標の脳天にクリーンヒットした。
「ったぁ!」
被弾箇所を両手で抑え項垂れる二人を見下ろし。
「お前らなぁ」
 挑発する女子二人組の方へおっかなびっくり顔を上げる来夢とまりあ。目が合うと頭上の二人が叫んだ。
「イチャイチャしてんじゃねぇよー!」女神たちの落雷が炸裂した。
だが、落とされた筈のバカップルはキョトンとしたまま一言。
「へ?」
「へ?じゃねぇよ!」再び振り下ろされる手刀。
 痛みながらも困惑し向き合って事実確認を取り合う。この間、来夢とまりあの目線は刹那も外れることなく互いを見ている。
「俺が何かしたのかな?」と自らに指した手をまりあの両手が包み膝へ下ろし。
「いや多分私が悪いんだと思う」と責めるまりあ。その両手を来夢の両手が包む。そしてまた来夢が。その後再びまりあが。またまた来夢が、となった瞬間。
「ちょっとー!」梨亜が割って入る。
「すぐ2人っきりの世界に入ろうとするー!」
「…へ?」
「だーかーらーさー!」
「あんたらが会話してる空間がピンクのお花畑になってるんだってことだよ!」
 萠華がムキになって二人の頭をぐしゃぐしゃと力任せに撫で回す。大きく息を吐き腰に手を当てると、眼前の髪ボサボサカップルと目が合う。
「あ…」
 今度は萠華たちが呆気にとられてしまった。今まで目にしたことのないものがそこにあった。見間違いかとも思った。だがその考えはすぐに否定された。何故ならその光景は確実に目の前で存在している。上がっている…。天崎来夢の口角が上がっているのだ。
「あんた、笑えるんだ…」無意識に口から漏れていた。
 視界の端に梨亜を捉える。彼女もまた同じように目を見開いて立ち尽くしていた。だが当人の間隣にいる転校生だけは彼と同様に微笑み、来夢と見つめ合っていた。
 あ、と。視線の先が驚きの表情で見つめる萠華たちに移った。交互に見ると今度は少しバツの悪そうに微笑んだ。その顔を見ると無性に笑えてきた。
「なによ、その顔」
 これにも来夢は笑顔で返す。四人の中で、来夢の中でこれまでの学園生活では決して生まれてこなかった空気が巡り満たしている。カラッとした風が肌を冷やしていくことを感じることもないくらいの暖かな世界に漂っていた。
 どのくらい時間が経ったのだろうか。四人にとっては数分間に感じたのかもしれない。だから些細な音にも過敏に反応してしまった。それは数メートル先。彼らが通ってきた場所。一斉にその方へ意識がいく。と同時にその表情が微笑みから驚きへと変わっていった。まりあを除く三人は、そこにある現象の意味がすぐに理解できた。一番心に刺さったのは来夢だった。
 その人はその想いを全て晒してくれた、支えようとしてくれた。その愛で自分にも道があると、希望の未来があるんだと示してくれた。いつも穏やかな光として自分の傍にいてくれた人。彼女のこんな姿は誰も見たことがない。
 三村聡子が泣いている。衝撃音を響かせた扉の前で、大粒の涙を零しながらそこにいる。彼女は泣き顔を隠すことなく、一直線に来夢を見ていた。
 視線が交わるとハッとしたように右手の袖で顔を拭きゆっくりと歩き出す。一歩一歩進む毎に視界が滲んで、その都度拭い進んだ。何か言っているようにも見えたが掠れきった音だけで聞き取ることはできない。
 友に囲まれ座る来夢の前まで着くと三村は跪き目線を合わせた。その顔に微笑みかけると思いっきり抱きしめた。
「ありがとう」震えた声でそう囁いた。
 それからまた強く抱きしめ、離れようと力を抜いた。その時三村の背に暖かいものが包んだ。滝のように流れる涙などお構いなしに再び抱きしめなおした。耳元で来夢が嗚咽を堪えながら鼻を啜る音が聞こえる。それが心まで染みると左手で頭を撫でた。
「みむら、せんせい…」
 来夢も堰を切ったように泣き出した。それから精一杯言葉を探し乱れた呼吸の中、懸命に息を吸い、発した、
「ありがとう…」
 自分がもらえなかった母からの愛。それとほぼ同じ色の愛情を先生は与え続けてくれていた。俺には必要ないと何度も何度も突っ返してきた、それでも変わらず与えてくれた大切なもの。
 今、満たされている。幸せを感じている。俺は生きていい。愛していい。愛されていいんだ。もうこの幸せを無くしたくない。そう決意し、大きく鼻を啜った。秋の空気とは違った甘い香りが胸まで届いて安らぎに変わった。

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