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8 ~光の目覚め~
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夜明けのもれ明かりすら拒絶する空間。長方形、ワンルーム、家具は一式、黒で統一されている。朝の光を背中で吸収しているカーテンが掛かった窓側のベッドの中で動くものがある。ゴソゴソと布団が左右に捻れると隙間から手を出す。数秒後ゆっくりと布が捲れ、姿を現す。
「……」
家主、天崎来夢の頭は起き抜けから冴えていた。脳内では昨日のことがフラッシュバックしている。思い出すと頬が緩んでしまう。数日前までは考えられなかった日常。
友と笑い合い、三村の愛を真っ直ぐに受け止め、まりあと想いを繋いだ。その後教室に戻るとクラスメイトの視線が一気に集中した。だが、いつものようにその視線が宙を彷徨う。誰もが何を言ったらいいか分からない、そんな空気感が教室内に溢れている。この状況下を三村がどうにかしようと教壇に登る。来夢たちはすぐ横で互バツの悪い顔で向き合ってから三村の様子を伺う。生徒全員が女教師を見る。彼女も全生徒の目を見て、息も吸った。
「えっとですね…」その声は少し震えている気がした。
彼女が次の言葉を紡ぐ直前に来夢の横を凛とした表情ですり抜ける人物が二人。
「みむちゃん先生。あたしらが説明する」梨亜が言った。
三村が二人を見るとコクリと頷き、壇を降りる。同時に梨亜と萠華が壇上に登った。今度はクラスを仕切るコンビにクラスメイトの視線が注がれた。来夢とまりあも同様に二人を見る。
梨亜と萠華は一瞬見つめ合うと悪戯っぽく笑い、放った。
「こいつら、さっき屋上でヤッてたよ」
「うえっ……!?」
「え、あ…、いや…」まりあが顔を真っ赤にし口をパクパクさせている。
そんな男女の反応を楽しむように横目で見る梨亜と萠華。その姿は悪戯っぽくというより悪魔の所業だ。
狼狽する彼らの声にならない声をかき消すほどに、クラス中の熱量が急激に上昇した。全男子待望の美少女転校生が数分の内に他人のものになってしまったことへの絶望で絶叫する者。そこから少し離れた席の男子生徒は、例のビロードの髪に心奪われたのだろう、顔面蒼白で頭を抱えている。一方女子チームは萠華たちの言葉の中身を汲み取ったのか、関心したように頷く。もちろん、まりあと同様に顔を赤らめ、両手で頬を押さえている人もいる。そして一部始終を共に見物していた三村は…。
「…う」
壁際まで下がり、何故か涙目で来夢とまりあを見ていた。
この、カオスというワードがこれ以上無いほど適した空間が数十秒続いた。混沌とした空気感に完全に圧され固まっている二人を見ると萠華と梨亜は再び視線を交わしニヤリと不敵な笑みを浮かべると壇上から降り、二人の方へ進んむ。その距離はほんの僅かだったが、その少しの距離が一歩一歩縮まる度に目の前の男女は怯えたように身体を強張らせていく。そして萠華と梨亜が同時に彼らの肩を両手でドンと叩いた。
「なんて、嘘に決まってんじゃん!」
戯けた口調でそう言い放つと手を離し、二人の斜め前に出た。そして顔を覗き込む。来夢たちの目をみると彼らの顔から怒りの表情が浮かび上がっていた。萠華たちはそれすらも楽しむように目の前でニヤニヤと笑う。一瞬来夢の目が大きく見開かれると唇を引き結び肩で大きく息を吸った。
「勘弁してよー」力の抜けた声を漏らす。
今にもヘタレ込みそうな来夢の肩を萠華がポンと叩くと、他の生徒の方を振り返り、阿鼻叫喚のクラスメイト(主に男子たち)にジョークだと念を押す。しかし未だクラス内の喧騒が収まらないでいる。その刹那、クラスのどよめきの真っ向から梨亜の元気ボイスが颯爽と駆け抜けた。
「ってかさ、天崎くんってさ意外と反応面白いよね」
ほんの一瞬、教室内の空気が止まった。皆がただフリーズのではなく、梨亜の一言で思考を整理できたのだろう。美しい転校生が来たと思えばすぐに他人のものになってしまった。この虚脱感を埋めようと声を荒げていた男子たち。萠華の発言がギャグだと分かっていたが、何かしら楽しい展開が起こったのだろうと想像し、心躍らせていた女子たち。確かに男女の恋だの愛だのに対しては年頃のボーイズアンドガールズは目が離せなくなるものだ。
梨亜が言った一言。これにより全員が気付いたことがある。川崎まりあを転校生早々口説き、手を引き屋上まで連れて行った人物はクラスの影。二年前、進学して同じクラスになって以来、私語はおろか喜怒哀楽を誰にも見せてこなかった天崎来夢なのだ。彼は萠華のジョークを前に感情を持って応えた。緊張した面持ちで教室に戻り、萠華の発言で狼狽していた。そして今まさに梨亜の言葉をまりあと共有し顔を綻ばせている。全員が初めて見た光景。皆の脳内でその情報が光速で駆け巡った。そして恐らく全員が同じことを思っただろう。しかし誰もそれを言い出せない。そのことを瞬時に察した人が一歩踏み出し、代弁した。
「天崎くんって、笑うと結構可愛いのよね」
渇いた筈の瞳からまた涙を浮かべながら、しかし穏やかな表情で三村が言った。
言われた当人は恥ずかしそうに俯いたが、まりあに肩を抱かれると顔を上げてクラスメイトたちの顔を初めて真っ直ぐに見た。最初は口元が引き攣っていた来夢だが、目が合う度、彼らから少しずつ勇気をもらった。
再び隣の愛しい人に目をやり、手を繋ぐ。見つめる彼女からも勇気を借りる。目を閉じ、これまでの日々を思い返す。そして、いつからだろうか。と考える。いつから俺は、俺の周りに人が寄り付かなくなったのだろうか。家庭の事情を知った時か、好意をもって話しかけてくれた人の気持ちを無下にした時か。だがそれで良かった。俺に深く関わった人は近いうちに自分の前から消えていく。今までそうだったから。でも今まさにすぐ隣、俺の左手へ温もりを与えてくれている人。かつて失った筈の家族。そして現在俺にとって一番の存在。彼女さえいれば、いてくれれば、変われる。いや既に変わったのだ。彼女がこの教室に入ったその瞬間から。
ゆっくりと目を開ける。左には、やはり愛しい人、川崎まりあがいる。右側には心を開いてくれたクラスメイト。そしてその奥には、ずっと愛情を注いでくれていた教師。俺は自ら殻に閉じこもっただけだったんだ。だから、もう一歩踏み出してみよう。そう決意してから左手に少し力を入れた。その手をギュッと握り返される。安定した流れで呼吸し、初めてクラスメイトに喋りかけた。
「はじめまして。天崎来夢です。これからも宜しくお願いします」深く頭を下げる。
来夢は目を閉じていたが、まりあも同じように頭を傾けたことは感じ取れた。
この数年間、知らず知らずのうちに作ってしまったクラスメイトとの溝。それを隣にいる彼女が埋めてくれた。そこを渡り、もう一度歩み寄るチャンスをくれた。それだけでどれほど心が救われたのだろうか。例えクラスメイトの皆がこの歩みを拒絶し、また新たな溝を作り隔てたとしても、この行動に後悔はない。
数秒、数十秒、そのままの姿勢で待っていた。だが、まだ誰からも反応がこない…。やはり俺は、こんな俺にやり直しのチャンスなんてあるはずがないのだろう。あと十秒。あと十秒だえ待ってみよう、そしたら顔を上げて謝ろう。そう思い立ち頭の中でカウントを始めた。
5、4、3、2、1………。
ふう、と小さく息を吐き口と同じくらい引き絞った目のまま顔を上げる。それから考える。
これから目にする光景は今までと何ら変わらないことだ。腫れ物を見るかのような目で、蔑むような顔を向けられているに違いない。でも大丈夫。俺にはまりあがいる。だからこの先の学園生活が灰色のままだとしても一輪の花が支えてくれる。その花を俺は支えていく。二人で、二人だけで…。
俺に釣られてまりあを顔を上げたような感覚が左手に伝わった。…、現実を見ようか。
ゆっくりと目を開ける。少しだけ眩しく感じた教室に目を凝らす。そして両目で捉えた光景。視界に広がる世界に言葉を失った。
「あ、やっと目開けた」
寺町卓人。ことなかれ主義でこのクラスで起こるいざこざの仲介役を進んで担っている人物。彼が指を差し朗らかな笑顔で告げた。
卓人は勿論のこと、全クラスメイトが起立し来夢たちを見ている。彼らの瞳の中には来夢を悪く思うような色は見られない。寧ろ、喜びの光が携えられている。
「すっごい渋い顔してたよ、ちょっと面白かった」
口元を手で隠しながら唐島一樹が呟いた。普段は萠華と梨亜の暴れっぷりにヒヤヒヤした様子ばかり見せているが、今は同級生の意図せず作った変顔に肩を震わせている。
一樹の発言にクラス全員が笑いで応えた。川崎まりあが来てからの天崎来夢の一挙手一投足には通常では考えられない、おかしなことだらけだったからだ。それをそれぞれに詰る。
「いきなり告るってなんなんだよー」
「しかも告ってすぐ屋上に連れ込むとか、天崎くんって大胆よね」
「ってかヤッたのか?ヤッたのかー!?」
「馬鹿じゃない?流石の天崎くんでも出会って数分でするわけないでしょ!」
「あと、川崎さんの立場も考えなさいよね男子!」
「でもさ、顔上げた瞬間の天崎くんの顔。カズくんが指摘してから面白顔に変換されたんだけど」
「確かに、最初は凄い神妙な感じだったのにさー」
「天崎、もっかいさっきの顔やれよー」
「えー、それいきなりイジるー?まぁでも、また見たいかも」
クラス中が笑いで包まれた。来夢も教室の端っこで見ていた光景だ。今まではその中に彼はいなかったが、今は違う。その中心に天崎来夢はいる。こんな未来があって良いのだろうか。来夢の思考の全てをこの言葉が埋め尽くしていた。目の前には自分に対して好意的な話題で盛り上がるクラスメイトたち。視線を右にずらすと自分に笑いかけてくれるクラスの中心人物たち。そして笑っているのか泣いているのか最早判別不能な顔面になりながらこちらを見続ける先生。それから、すぐ隣で今もこうして手を握ってくれる大切な人。全ての愛が来夢の世界に光を与えてくれている。
目に見える世界が昨日までとは全く別ものになったような気がする。こんなにも眩しく、幸せな世界。俺はここにいていい。生きてていい。俺には大切な仲間と恋人がいる。この全てのために俺はこれからを生きていく。
その決意を胸に、まりあを見る。彼女は目が合うとニコッと微笑んただ。その笑顔はまさに希望の光。
俺はこの笑顔を守りたい。
「……」
家主、天崎来夢の頭は起き抜けから冴えていた。脳内では昨日のことがフラッシュバックしている。思い出すと頬が緩んでしまう。数日前までは考えられなかった日常。
友と笑い合い、三村の愛を真っ直ぐに受け止め、まりあと想いを繋いだ。その後教室に戻るとクラスメイトの視線が一気に集中した。だが、いつものようにその視線が宙を彷徨う。誰もが何を言ったらいいか分からない、そんな空気感が教室内に溢れている。この状況下を三村がどうにかしようと教壇に登る。来夢たちはすぐ横で互バツの悪い顔で向き合ってから三村の様子を伺う。生徒全員が女教師を見る。彼女も全生徒の目を見て、息も吸った。
「えっとですね…」その声は少し震えている気がした。
彼女が次の言葉を紡ぐ直前に来夢の横を凛とした表情ですり抜ける人物が二人。
「みむちゃん先生。あたしらが説明する」梨亜が言った。
三村が二人を見るとコクリと頷き、壇を降りる。同時に梨亜と萠華が壇上に登った。今度はクラスを仕切るコンビにクラスメイトの視線が注がれた。来夢とまりあも同様に二人を見る。
梨亜と萠華は一瞬見つめ合うと悪戯っぽく笑い、放った。
「こいつら、さっき屋上でヤッてたよ」
「うえっ……!?」
「え、あ…、いや…」まりあが顔を真っ赤にし口をパクパクさせている。
そんな男女の反応を楽しむように横目で見る梨亜と萠華。その姿は悪戯っぽくというより悪魔の所業だ。
狼狽する彼らの声にならない声をかき消すほどに、クラス中の熱量が急激に上昇した。全男子待望の美少女転校生が数分の内に他人のものになってしまったことへの絶望で絶叫する者。そこから少し離れた席の男子生徒は、例のビロードの髪に心奪われたのだろう、顔面蒼白で頭を抱えている。一方女子チームは萠華たちの言葉の中身を汲み取ったのか、関心したように頷く。もちろん、まりあと同様に顔を赤らめ、両手で頬を押さえている人もいる。そして一部始終を共に見物していた三村は…。
「…う」
壁際まで下がり、何故か涙目で来夢とまりあを見ていた。
この、カオスというワードがこれ以上無いほど適した空間が数十秒続いた。混沌とした空気感に完全に圧され固まっている二人を見ると萠華と梨亜は再び視線を交わしニヤリと不敵な笑みを浮かべると壇上から降り、二人の方へ進んむ。その距離はほんの僅かだったが、その少しの距離が一歩一歩縮まる度に目の前の男女は怯えたように身体を強張らせていく。そして萠華と梨亜が同時に彼らの肩を両手でドンと叩いた。
「なんて、嘘に決まってんじゃん!」
戯けた口調でそう言い放つと手を離し、二人の斜め前に出た。そして顔を覗き込む。来夢たちの目をみると彼らの顔から怒りの表情が浮かび上がっていた。萠華たちはそれすらも楽しむように目の前でニヤニヤと笑う。一瞬来夢の目が大きく見開かれると唇を引き結び肩で大きく息を吸った。
「勘弁してよー」力の抜けた声を漏らす。
今にもヘタレ込みそうな来夢の肩を萠華がポンと叩くと、他の生徒の方を振り返り、阿鼻叫喚のクラスメイト(主に男子たち)にジョークだと念を押す。しかし未だクラス内の喧騒が収まらないでいる。その刹那、クラスのどよめきの真っ向から梨亜の元気ボイスが颯爽と駆け抜けた。
「ってかさ、天崎くんってさ意外と反応面白いよね」
ほんの一瞬、教室内の空気が止まった。皆がただフリーズのではなく、梨亜の一言で思考を整理できたのだろう。美しい転校生が来たと思えばすぐに他人のものになってしまった。この虚脱感を埋めようと声を荒げていた男子たち。萠華の発言がギャグだと分かっていたが、何かしら楽しい展開が起こったのだろうと想像し、心躍らせていた女子たち。確かに男女の恋だの愛だのに対しては年頃のボーイズアンドガールズは目が離せなくなるものだ。
梨亜が言った一言。これにより全員が気付いたことがある。川崎まりあを転校生早々口説き、手を引き屋上まで連れて行った人物はクラスの影。二年前、進学して同じクラスになって以来、私語はおろか喜怒哀楽を誰にも見せてこなかった天崎来夢なのだ。彼は萠華のジョークを前に感情を持って応えた。緊張した面持ちで教室に戻り、萠華の発言で狼狽していた。そして今まさに梨亜の言葉をまりあと共有し顔を綻ばせている。全員が初めて見た光景。皆の脳内でその情報が光速で駆け巡った。そして恐らく全員が同じことを思っただろう。しかし誰もそれを言い出せない。そのことを瞬時に察した人が一歩踏み出し、代弁した。
「天崎くんって、笑うと結構可愛いのよね」
渇いた筈の瞳からまた涙を浮かべながら、しかし穏やかな表情で三村が言った。
言われた当人は恥ずかしそうに俯いたが、まりあに肩を抱かれると顔を上げてクラスメイトたちの顔を初めて真っ直ぐに見た。最初は口元が引き攣っていた来夢だが、目が合う度、彼らから少しずつ勇気をもらった。
再び隣の愛しい人に目をやり、手を繋ぐ。見つめる彼女からも勇気を借りる。目を閉じ、これまでの日々を思い返す。そして、いつからだろうか。と考える。いつから俺は、俺の周りに人が寄り付かなくなったのだろうか。家庭の事情を知った時か、好意をもって話しかけてくれた人の気持ちを無下にした時か。だがそれで良かった。俺に深く関わった人は近いうちに自分の前から消えていく。今までそうだったから。でも今まさにすぐ隣、俺の左手へ温もりを与えてくれている人。かつて失った筈の家族。そして現在俺にとって一番の存在。彼女さえいれば、いてくれれば、変われる。いや既に変わったのだ。彼女がこの教室に入ったその瞬間から。
ゆっくりと目を開ける。左には、やはり愛しい人、川崎まりあがいる。右側には心を開いてくれたクラスメイト。そしてその奥には、ずっと愛情を注いでくれていた教師。俺は自ら殻に閉じこもっただけだったんだ。だから、もう一歩踏み出してみよう。そう決意してから左手に少し力を入れた。その手をギュッと握り返される。安定した流れで呼吸し、初めてクラスメイトに喋りかけた。
「はじめまして。天崎来夢です。これからも宜しくお願いします」深く頭を下げる。
来夢は目を閉じていたが、まりあも同じように頭を傾けたことは感じ取れた。
この数年間、知らず知らずのうちに作ってしまったクラスメイトとの溝。それを隣にいる彼女が埋めてくれた。そこを渡り、もう一度歩み寄るチャンスをくれた。それだけでどれほど心が救われたのだろうか。例えクラスメイトの皆がこの歩みを拒絶し、また新たな溝を作り隔てたとしても、この行動に後悔はない。
数秒、数十秒、そのままの姿勢で待っていた。だが、まだ誰からも反応がこない…。やはり俺は、こんな俺にやり直しのチャンスなんてあるはずがないのだろう。あと十秒。あと十秒だえ待ってみよう、そしたら顔を上げて謝ろう。そう思い立ち頭の中でカウントを始めた。
5、4、3、2、1………。
ふう、と小さく息を吐き口と同じくらい引き絞った目のまま顔を上げる。それから考える。
これから目にする光景は今までと何ら変わらないことだ。腫れ物を見るかのような目で、蔑むような顔を向けられているに違いない。でも大丈夫。俺にはまりあがいる。だからこの先の学園生活が灰色のままだとしても一輪の花が支えてくれる。その花を俺は支えていく。二人で、二人だけで…。
俺に釣られてまりあを顔を上げたような感覚が左手に伝わった。…、現実を見ようか。
ゆっくりと目を開ける。少しだけ眩しく感じた教室に目を凝らす。そして両目で捉えた光景。視界に広がる世界に言葉を失った。
「あ、やっと目開けた」
寺町卓人。ことなかれ主義でこのクラスで起こるいざこざの仲介役を進んで担っている人物。彼が指を差し朗らかな笑顔で告げた。
卓人は勿論のこと、全クラスメイトが起立し来夢たちを見ている。彼らの瞳の中には来夢を悪く思うような色は見られない。寧ろ、喜びの光が携えられている。
「すっごい渋い顔してたよ、ちょっと面白かった」
口元を手で隠しながら唐島一樹が呟いた。普段は萠華と梨亜の暴れっぷりにヒヤヒヤした様子ばかり見せているが、今は同級生の意図せず作った変顔に肩を震わせている。
一樹の発言にクラス全員が笑いで応えた。川崎まりあが来てからの天崎来夢の一挙手一投足には通常では考えられない、おかしなことだらけだったからだ。それをそれぞれに詰る。
「いきなり告るってなんなんだよー」
「しかも告ってすぐ屋上に連れ込むとか、天崎くんって大胆よね」
「ってかヤッたのか?ヤッたのかー!?」
「馬鹿じゃない?流石の天崎くんでも出会って数分でするわけないでしょ!」
「あと、川崎さんの立場も考えなさいよね男子!」
「でもさ、顔上げた瞬間の天崎くんの顔。カズくんが指摘してから面白顔に変換されたんだけど」
「確かに、最初は凄い神妙な感じだったのにさー」
「天崎、もっかいさっきの顔やれよー」
「えー、それいきなりイジるー?まぁでも、また見たいかも」
クラス中が笑いで包まれた。来夢も教室の端っこで見ていた光景だ。今まではその中に彼はいなかったが、今は違う。その中心に天崎来夢はいる。こんな未来があって良いのだろうか。来夢の思考の全てをこの言葉が埋め尽くしていた。目の前には自分に対して好意的な話題で盛り上がるクラスメイトたち。視線を右にずらすと自分に笑いかけてくれるクラスの中心人物たち。そして笑っているのか泣いているのか最早判別不能な顔面になりながらこちらを見続ける先生。それから、すぐ隣で今もこうして手を握ってくれる大切な人。全ての愛が来夢の世界に光を与えてくれている。
目に見える世界が昨日までとは全く別ものになったような気がする。こんなにも眩しく、幸せな世界。俺はここにいていい。生きてていい。俺には大切な仲間と恋人がいる。この全てのために俺はこれからを生きていく。
その決意を胸に、まりあを見る。彼女は目が合うとニコッと微笑んただ。その笑顔はまさに希望の光。
俺はこの笑顔を守りたい。
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