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「高辻くん、お皿溜まってるよ。」
「はい。すいません。今洗います。」
僕の仕事は定食屋の裏方とスーパーの荷卸しの二つだ。
朝七時に樹貴を保育園に預けると市場近くの定食屋に向かう。皿洗い、掃除、仕込みの手伝いと何でもやった。
昼過ぎにそれが終わると十四時から十七時半までスーパーの荷下ろしをして保育園に迎えにいく。土曜日は朝から夕方までスーパーで働いている。身体はヘトヘトだけど番いのいないオメガの僕には仕事を選べるはずもなく、シェルターのスタッフがやっと見つけてくれた仕事だった。
「ちょっと、高辻くん、お客さんが来てるよ。」
定食屋の女将さんが慌てたように厨房に入ってきて、皿を洗っている僕を呼んだ。
お客?自分を訪ねてくる人なんて思い当たる節がない。
掃除、皿洗いとで汗だくになった顔をTシャツの袖で拭うと厨房から食堂に出た。
雑然とした食堂に不釣り合いな上質のスーツの男。
その背中を見て思わず僕が立ち止まると、気配を感じたのか男は振り返った。
その顔に見覚えがあった。それは記憶よりも精悍さを増し、より男前に磨きがかかっている。
僕が忘れられなかった男。
壬生慎一郎だ。
「樹里、久しぶりだな。」
「ど、して。」
上手く言葉が出てこない。
「探したよ。五年間、ずっと探してた。」
探してた?慎一郎が?なぜ?
いろいろな思いや憶測がぐるぐると頭をよぎる。
会えた喜びよりも不安と恐怖のほうが大きかった。
自分は探されるような人間じゃない。
それなら何故?
まさか…。
樹貴?樹貴の存在を知っているのか?
そう考えると僕の心は恐怖で一色になった。
樹貴を奪おうとしている?
確かに慎一郎の子でもある。それにアルファだ。検査しなくても分かるくらい樹貴は優秀だ。
四歳にして文字が読めて簡単な算数も出来る。身体も大きい。
そんな樹貴を奪おうとしているのではないか。
僕は震える身体を両手で抑えて大きく深呼吸をした。
「何の用だ。」
「分かってるだろ?」
「は?」
「分かってるはずだ。」
やはり、樹貴を…。
樹貴は僕の子だ。僕が産んでここまで大きくした。
でも相手には強力な弁護士がついているはずだ。
何とかして諦めて貰わないと。
どうしてもと言うなら面会くらいなら…。
いや、そのまま返してもらえなくなるかもしれない。
「樹里、どうした?」
真っ青な顔でいろいろ考えあぐねている僕をを不審に思ったのか、慎一郎が近づいてきて頬に触れた。
バチンと衝撃が走った。
何?今のは何だ?静電気とも違う。
慎一郎も驚いたようで自分の手を見つめている。
そしてふっと微笑んだ。
「やっぱりな…。」
「慎一郎。今、バイト中なんだ。用事なら後にしてくれ。」
そう言って、返事を聞く間もなく厨房の中に戻った。
どうしよう、どうしよう。
樹貴を取られるかもしれない。
仕事にも身が入らず皿を三枚も割ってしまった。
そんな僕の様子を見たバイト仲間の太地が声をかけてきた。
「なぁ、さっきのやつ誰?アルファだろ?オーラがすごかったもんな。」
「知り合いだよ。昔の知り合い。」
「へぇ、あんなすごいやつと知り合いなの?でもあの人、どっかで見た事あるな。」
知り合い…。嘘はついてない。
高校一年の春、学校の図書室で初めて慎一郎に会った。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
『星新一全集』借りたかったのにな。
昨日はあったのに一足遅かったか。
僕は昔から本が大好きで、放課後は毎日図書室に通って本を借りたり読んだりしていた。
学校の図書室は#__・__#有名進学校だけあって、そこら辺の公立図書館よりも蔵書が多く、新刊もすぐに入ってくる。
目的の本がなくてがっかりして振り返ると、驚いたような顔で僕を見る慎一郎が居た。
その手には僕が借りようと思っていた『星新一全集』があった。
「あ、それ。もしかして返すの?」
「え?ああ、これか?」
「うん。借りないなら貸して。」
手渡された『星新一全集』。まだ慎一郎の手の温もりがした気がする。
それから話すようになった。
慎一郎よく図書室に来ていたけどあまり本を読んでいるのを見たことがない。
『星新一全集』はたまたま手にしただけだったようだ。
仲良くなってから星新一が好きなのか聞いてみたことがある。
「デカい本だなって思って。」
「あはは。確かに。」
慎一郎は聞くまでもなくアルファだった。
成績トップしか入れない一組で主席だ。
でも決して偉ぶるでもなく、僕の勉強を見てくれたり、一緒に本を読んだりした。
優しくて穏やかで暖かい雰囲気の慎一郎。
放課後、二人で図書室で過ごす時間は僕にとって幸せな時間だった。
「はい。すいません。今洗います。」
僕の仕事は定食屋の裏方とスーパーの荷卸しの二つだ。
朝七時に樹貴を保育園に預けると市場近くの定食屋に向かう。皿洗い、掃除、仕込みの手伝いと何でもやった。
昼過ぎにそれが終わると十四時から十七時半までスーパーの荷下ろしをして保育園に迎えにいく。土曜日は朝から夕方までスーパーで働いている。身体はヘトヘトだけど番いのいないオメガの僕には仕事を選べるはずもなく、シェルターのスタッフがやっと見つけてくれた仕事だった。
「ちょっと、高辻くん、お客さんが来てるよ。」
定食屋の女将さんが慌てたように厨房に入ってきて、皿を洗っている僕を呼んだ。
お客?自分を訪ねてくる人なんて思い当たる節がない。
掃除、皿洗いとで汗だくになった顔をTシャツの袖で拭うと厨房から食堂に出た。
雑然とした食堂に不釣り合いな上質のスーツの男。
その背中を見て思わず僕が立ち止まると、気配を感じたのか男は振り返った。
その顔に見覚えがあった。それは記憶よりも精悍さを増し、より男前に磨きがかかっている。
僕が忘れられなかった男。
壬生慎一郎だ。
「樹里、久しぶりだな。」
「ど、して。」
上手く言葉が出てこない。
「探したよ。五年間、ずっと探してた。」
探してた?慎一郎が?なぜ?
いろいろな思いや憶測がぐるぐると頭をよぎる。
会えた喜びよりも不安と恐怖のほうが大きかった。
自分は探されるような人間じゃない。
それなら何故?
まさか…。
樹貴?樹貴の存在を知っているのか?
そう考えると僕の心は恐怖で一色になった。
樹貴を奪おうとしている?
確かに慎一郎の子でもある。それにアルファだ。検査しなくても分かるくらい樹貴は優秀だ。
四歳にして文字が読めて簡単な算数も出来る。身体も大きい。
そんな樹貴を奪おうとしているのではないか。
僕は震える身体を両手で抑えて大きく深呼吸をした。
「何の用だ。」
「分かってるだろ?」
「は?」
「分かってるはずだ。」
やはり、樹貴を…。
樹貴は僕の子だ。僕が産んでここまで大きくした。
でも相手には強力な弁護士がついているはずだ。
何とかして諦めて貰わないと。
どうしてもと言うなら面会くらいなら…。
いや、そのまま返してもらえなくなるかもしれない。
「樹里、どうした?」
真っ青な顔でいろいろ考えあぐねている僕をを不審に思ったのか、慎一郎が近づいてきて頬に触れた。
バチンと衝撃が走った。
何?今のは何だ?静電気とも違う。
慎一郎も驚いたようで自分の手を見つめている。
そしてふっと微笑んだ。
「やっぱりな…。」
「慎一郎。今、バイト中なんだ。用事なら後にしてくれ。」
そう言って、返事を聞く間もなく厨房の中に戻った。
どうしよう、どうしよう。
樹貴を取られるかもしれない。
仕事にも身が入らず皿を三枚も割ってしまった。
そんな僕の様子を見たバイト仲間の太地が声をかけてきた。
「なぁ、さっきのやつ誰?アルファだろ?オーラがすごかったもんな。」
「知り合いだよ。昔の知り合い。」
「へぇ、あんなすごいやつと知り合いなの?でもあの人、どっかで見た事あるな。」
知り合い…。嘘はついてない。
高校一年の春、学校の図書室で初めて慎一郎に会った。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
『星新一全集』借りたかったのにな。
昨日はあったのに一足遅かったか。
僕は昔から本が大好きで、放課後は毎日図書室に通って本を借りたり読んだりしていた。
学校の図書室は#__・__#有名進学校だけあって、そこら辺の公立図書館よりも蔵書が多く、新刊もすぐに入ってくる。
目的の本がなくてがっかりして振り返ると、驚いたような顔で僕を見る慎一郎が居た。
その手には僕が借りようと思っていた『星新一全集』があった。
「あ、それ。もしかして返すの?」
「え?ああ、これか?」
「うん。借りないなら貸して。」
手渡された『星新一全集』。まだ慎一郎の手の温もりがした気がする。
それから話すようになった。
慎一郎よく図書室に来ていたけどあまり本を読んでいるのを見たことがない。
『星新一全集』はたまたま手にしただけだったようだ。
仲良くなってから星新一が好きなのか聞いてみたことがある。
「デカい本だなって思って。」
「あはは。確かに。」
慎一郎は聞くまでもなくアルファだった。
成績トップしか入れない一組で主席だ。
でも決して偉ぶるでもなく、僕の勉強を見てくれたり、一緒に本を読んだりした。
優しくて穏やかで暖かい雰囲気の慎一郎。
放課後、二人で図書室で過ごす時間は僕にとって幸せな時間だった。
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