オメガの香り

みこと

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「実は俺もそうなんです。ベータの友人からフェロモンを感じたんです。」

「え?本当に?」

俺は樹里のことを話した。
一番最初に図書室で嗅いだ匂い。それからあのトイレでの忌まわしい出来事も包み隠さず話した。

「そうか。それでその樹里くんは?」

「まだ見つかっていません。」

「話を聞くだけでは確定できないがおそらくオメガに変異したんだろう。」

「やっぱり…。」

「早急に探して検査を受けさせた方がいい。」

「もう三年も探しています。何の手がかりもない。生きているかさえも分からない。」

戸波医師を見ると何かを考えているようだ。

「壬生くん。君、樹里くんをどうやって探していた?」

「え?人を雇って。ご両親にも頼んで住民票を開示してもらったりして探しました。」

「それで見つからなかった?」

「はい。」

「やっぱり樹里くんはオメガに変異したんだよ!」

戸波医師が勢いよく言った。

「戸籍が変わったんだ!だから見つからない。オメガに変異して戸籍がオメガに変わった。だから隠れることが出来るんだ。」

「どういうことですか?」

「シェルターだよ!オメガのシェルターに逃げたんだ。あそこは治外法権と一緒だ。オメガを隠したり守ったりするためになら何でも出来るんだよ。」

だからか。だから見つからなかったのか。
ベータの樹里を探してももうそんな人物はこの世に居ないのだ。


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「ここに入所しているオメガについてはお話しする事は出来ません。何度来られても一緒です。」

全国に数カ所あるオメガのシェルターはどこも同じ答えしか返ってこなかった。
それでも諦めず、人を雇い様子を見るように頼んだ。
何ヵ所かの施設で同じようにオメガを探す人たちに会った。
どんな理由でオメガを探しているのだろうか。
シェルターに逃げ込むくらいだ。碌な扱いを受けていなかったのかもしれない。

数ヶ月経っても樹里の情報や手がかりはなかった。
シェルターにはいないのかもしれない。
樹里が変異種オメガかもという話だって戸波医師の想像でしかない。
もうこの世にいないのだろうか…。それを考えるだけで息苦しくなる。
頭を抱えていると携帯電話が鳴った。

「もしもし。」

「壬生くん、私だ。」

「戸波先生。どうしたんですか?」

「いや、樹里くんのことが気になってね。見つかったかい?」

「いえ。全く手がかりが掴めません。」

「そうか。ちょっと会って話せないか?」



またホテルのラウンジで待ち合わせた。
既に戸波医師は来ていてさらに二人の男と一緒だった。

「壬生くん。元気、ではなさそうだね。酷い顔だ。」

「先生…。こちらは?」

「ああ。変異種オメガの名執弥生なとりやよいくんとその番いの九条正親くじょうまさちかくんだ。」

変異種オメガ…。この人が。
年齢は二十台半ばくらいだろう。
確かにオメガっぽくない。背は百七十二、三センチといったところか。オメガは皆小柄だ。男でも百六十五センチ以下がほとんどだ。かといって雄々しくもない。不思議な雰囲気の男だ。
そう、樹里もこんな感じだった。

「壬生くん、コーヒーでいいかな?」

「あ、はい。」

不躾なくらいまじまじと見てしまった。戸波医師の声に我に返る。

「変異種オメガの友人を探しているとか?」

名執さんが口を開いた。

「はい。俺のせいで姿を消してしまいました。もしかしたらシェルターに居るかもしれません。」

「そうですか。シェルターは絶対に情報を流さないよ。そんなことしたらオメガの安全は守られないからね。」

そう言って名執さんは紅茶を一口飲んだ。
コーヒーを運んできたウェイトレスに九条さんというアルファが何か耳打ちをした。
そして羽織っていたカーディガンを脱いで名執さんの肩にそっとかけた。

「ありがとう。」

「弥生、ここは少し冷えるな。今、エアコンの風を緩めてもらったから。」

優しい顔で名執さんの肩を撫でた。その手で肩から腕をなぞった。そのままテーブルの下で名執さんの手を握っているようだ。
これが番いか。九条さんが名執さんをとても大事にしているのが分かる。

「手がかりは何もないんですか?」

「はい。生きているか、どうかも…分かりません。」

涙が出そうで言葉が詰まる。

「生きていると思うよ。」

九条さんが唐突にそう言って俺を見た。

「え…なぜ?」

「それは君が今こうやって生きているからだよ。」

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