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大学生活は順調だ。まだ新しい生活に慣れないからと言って、家事のほとんどを京介さんがしてくれる。
俺も少しずつ出来ることをした。
でも大したことはしていない。朝食を作ったり、洗濯物を畳んだりだ。
それにしても家事の多さには驚いた。
部屋ってあんなすぐに汚れるんだな。排水溝とか、窓とか、家具の裏とか。
母さんに感謝した。
京介さんは元々ハウスキーパーを入れていたみたいなので結局それを再開した。
そして何と、夏樹に恋人ができたのだ。同じ大学の医学部の先輩だった。ラグビー部のすごいゴツい人だ。
おまえのタイプはこれだったのか!
「すごい良いんだ。ムキムキだよ?」
「見れば分かる。」
「すごいんだよ!あっちも…。」
「おまえな~。つーか始めてだろ?」
先輩を思い出した。確かにすごそうだ。
「この間さ、ヒートの時、抑制剤飲まなかったんだ。」
「え?マジで?番ったの?」
「いや、ネックガードはしてた。でも薬飲まないとあーなるんだなって。すげ~よ。理性なんかゼロ。」
俺たちオメガは常に抑制剤を飲んでいる。そのおかげで普通に過ごせる。ヒートの時はさらに強い薬を飲んでその時期を過ごすのだ。俺も夏樹も軽い方なので初日と次の日が辛いくらいだ。でもそれは薬を飲んだ上での話。
パートナーがいる人はヒートの期間薬に頼らずパートナーに宥めてもらう人も多い。
「マジか~。俺は怖いな。」
「でも京介さんならずっと一緒にいてくれるでしょ。」
「うん、まあ。」
一度だけ薬なしで過ごしたいと言われたことがある。でもテストとかもあって一週間も学校を休めなかったし断った。それ以来、言われていない。
家に帰る電車の中で夏樹の話を思い出した。
薬なしでヒートを過ごす。
夏樹たちは番わなかったけど、番っても良いという意思表示と一緒だ。
俺は?京介さんとどうなりたい?
怖いのか?
電車の中から駅のホームをぼんやり眺めていると航を見つけた。
たまにここの駅で見かける。今日は向こうも俺に気付いたみたいだ。
しばらく視線が絡まる。
発車のベルでハッとして目を逸らした。
この間見かけた時はあのオメガと一緒だった。この辺りに住んでいるのかもしれない。どうでもいいことだ。
俺は一体何が怖いのだろう。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
一限目が休校になったので京介さんを見送った後、皿を洗ったり、観葉植物に水をあげたりしていた。
テレビはつけっぱなしで、いつものように朝の情報番組が流れている。
『ここで速報です。たった今入ったニュースです。違法薬物製造、使用の容疑で山木製薬の研究員二名が逮捕されました。
山木美鈴容疑者、中田智司容疑者の二名です……』
山木美鈴…。驚いてテレビの前に立った。
同姓同名?チラッと映った顔は間違いなく山木美鈴だった。
美涼の逮捕容疑はオメガの秘薬と名付けられた薬の製造と使用だった。
その薬はオメガのフェロモン量を増やすものだった。狙ったアルファを落とすために作ったらしい。飲む量でフェロモンの量も調整できる。さらに美涼はそこに催淫薬も混ぜてアルファを誘惑していた。そのフェロモンは強烈で、オメガのフェロモンを感じるアルファは拒むことは出来ない。美涼は四年前からそれを製造使用していた。
まさか…航にも?
茫然と立ち尽くしているとスマホが鳴った。夏樹からだ。
「もしもし」
「比呂!ニュース見ろ!」
「見てる。山木美鈴。」
「見てるか?オメガの秘薬だよ。それを岩澤にも使ったんだ。」
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
夏樹と待ち合わせて大学に行った。夏樹も茫然としている。
「岩澤にも使ったのかな。」
「分からない。」
「でも四年前からだろ?」
「って言ってたな。」
「京介さんは?知らないのか?」
「聞いたことない。」
美涼は航にも使ったのだろうか。
だとしたら?だとしても、もうどうすることもできない。
もう俺たちは別々の道を選んだんだ。
航にだって恋人がいる。
俺にだって。
「岩澤、泣きながら土下座してたな。」
夏樹がポツリと言った。
家に帰って夕食の準備をした。少しづつ作れるものが増えてきた。今日は生姜焼きと卵スープ、小松菜のお浸しだ。
京介さんは以外とこういうメニューが好きで喜んでくれる。
「美味しい。腕を上げたな。」
「本当?次は何を作ろうかな?リクエストは?」
「何でも良いよ。比呂が作ってくれるものなら。」
美涼の話は出なかった。
今日のニュースを京介さんは知らないのか。俺から話す?
何となく話しづらくてそのことは口にしなかった。
その後も俺と京介さんとの間に美涼の話題が出てくることはなかった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「昼メシそんだけ?」
「食欲なくて。夏バテかな。」
夏樹はカツ丼の大盛りをかきこんでいる。
見てるだけで胸焼けがしそうだ。
「その後どう?話しあった?」
「美涼のこと?ないよ。」
あのニュースはかなり世間を騒がせた。かなりたちの悪いデートレイプドラッグだと言われた。
でも俺と京介さんはその話をしなかった。
「岩澤には?」
「連絡とってないし。」
「そーだよな。」
その日の帰りにあの駅のホームで航を見つけた。
「航!」
俺は思わず大声で名前を呼んで駆け寄った。
「ヒ、ヒロ…。」
「あ、ごめ、ごめん。」
でもすぐに後悔した。航があのオメガと一緒だった。
逃げるように駅の外に出た。
俺は何をしようとしていた?山木美鈴のことを聞く?
聞いてどーする?謝るのか?
不意に腕を掴まれた。驚いて振り返ると航だった。
「ヒロ…。どうしたの?」
「え?」
「だって、呼んだだろ?俺のこと。」
「あ、あのニュース見て…。」
「山木美鈴のこと?」
「うん。もしかして、航も…。」
「うん。俺も使われてた。半年くらい前に警察が来て事情聴取された。山木美鈴が克明に記録を残してたみたいで。俺のことも。データのひとつとして記録されていた。」
半年も前に?何で黙ってたんだ。教えてくれても良かったのに。
「航。俺、知らなくて。おまえに酷いこと言った…。」
「ヒロは何も悪くないよ。俺がヒロを傷つけたのは事実だ。本当にごめん。動揺してきちんと謝れなかった。」
いや、謝っただろ。泣いて土下座してただろ。
「ずっと話がしたかった。本当にごめん。」
航は泣いていた。
俺も少しずつ出来ることをした。
でも大したことはしていない。朝食を作ったり、洗濯物を畳んだりだ。
それにしても家事の多さには驚いた。
部屋ってあんなすぐに汚れるんだな。排水溝とか、窓とか、家具の裏とか。
母さんに感謝した。
京介さんは元々ハウスキーパーを入れていたみたいなので結局それを再開した。
そして何と、夏樹に恋人ができたのだ。同じ大学の医学部の先輩だった。ラグビー部のすごいゴツい人だ。
おまえのタイプはこれだったのか!
「すごい良いんだ。ムキムキだよ?」
「見れば分かる。」
「すごいんだよ!あっちも…。」
「おまえな~。つーか始めてだろ?」
先輩を思い出した。確かにすごそうだ。
「この間さ、ヒートの時、抑制剤飲まなかったんだ。」
「え?マジで?番ったの?」
「いや、ネックガードはしてた。でも薬飲まないとあーなるんだなって。すげ~よ。理性なんかゼロ。」
俺たちオメガは常に抑制剤を飲んでいる。そのおかげで普通に過ごせる。ヒートの時はさらに強い薬を飲んでその時期を過ごすのだ。俺も夏樹も軽い方なので初日と次の日が辛いくらいだ。でもそれは薬を飲んだ上での話。
パートナーがいる人はヒートの期間薬に頼らずパートナーに宥めてもらう人も多い。
「マジか~。俺は怖いな。」
「でも京介さんならずっと一緒にいてくれるでしょ。」
「うん、まあ。」
一度だけ薬なしで過ごしたいと言われたことがある。でもテストとかもあって一週間も学校を休めなかったし断った。それ以来、言われていない。
家に帰る電車の中で夏樹の話を思い出した。
薬なしでヒートを過ごす。
夏樹たちは番わなかったけど、番っても良いという意思表示と一緒だ。
俺は?京介さんとどうなりたい?
怖いのか?
電車の中から駅のホームをぼんやり眺めていると航を見つけた。
たまにここの駅で見かける。今日は向こうも俺に気付いたみたいだ。
しばらく視線が絡まる。
発車のベルでハッとして目を逸らした。
この間見かけた時はあのオメガと一緒だった。この辺りに住んでいるのかもしれない。どうでもいいことだ。
俺は一体何が怖いのだろう。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
一限目が休校になったので京介さんを見送った後、皿を洗ったり、観葉植物に水をあげたりしていた。
テレビはつけっぱなしで、いつものように朝の情報番組が流れている。
『ここで速報です。たった今入ったニュースです。違法薬物製造、使用の容疑で山木製薬の研究員二名が逮捕されました。
山木美鈴容疑者、中田智司容疑者の二名です……』
山木美鈴…。驚いてテレビの前に立った。
同姓同名?チラッと映った顔は間違いなく山木美鈴だった。
美涼の逮捕容疑はオメガの秘薬と名付けられた薬の製造と使用だった。
その薬はオメガのフェロモン量を増やすものだった。狙ったアルファを落とすために作ったらしい。飲む量でフェロモンの量も調整できる。さらに美涼はそこに催淫薬も混ぜてアルファを誘惑していた。そのフェロモンは強烈で、オメガのフェロモンを感じるアルファは拒むことは出来ない。美涼は四年前からそれを製造使用していた。
まさか…航にも?
茫然と立ち尽くしているとスマホが鳴った。夏樹からだ。
「もしもし」
「比呂!ニュース見ろ!」
「見てる。山木美鈴。」
「見てるか?オメガの秘薬だよ。それを岩澤にも使ったんだ。」
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
夏樹と待ち合わせて大学に行った。夏樹も茫然としている。
「岩澤にも使ったのかな。」
「分からない。」
「でも四年前からだろ?」
「って言ってたな。」
「京介さんは?知らないのか?」
「聞いたことない。」
美涼は航にも使ったのだろうか。
だとしたら?だとしても、もうどうすることもできない。
もう俺たちは別々の道を選んだんだ。
航にだって恋人がいる。
俺にだって。
「岩澤、泣きながら土下座してたな。」
夏樹がポツリと言った。
家に帰って夕食の準備をした。少しづつ作れるものが増えてきた。今日は生姜焼きと卵スープ、小松菜のお浸しだ。
京介さんは以外とこういうメニューが好きで喜んでくれる。
「美味しい。腕を上げたな。」
「本当?次は何を作ろうかな?リクエストは?」
「何でも良いよ。比呂が作ってくれるものなら。」
美涼の話は出なかった。
今日のニュースを京介さんは知らないのか。俺から話す?
何となく話しづらくてそのことは口にしなかった。
その後も俺と京介さんとの間に美涼の話題が出てくることはなかった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「昼メシそんだけ?」
「食欲なくて。夏バテかな。」
夏樹はカツ丼の大盛りをかきこんでいる。
見てるだけで胸焼けがしそうだ。
「その後どう?話しあった?」
「美涼のこと?ないよ。」
あのニュースはかなり世間を騒がせた。かなりたちの悪いデートレイプドラッグだと言われた。
でも俺と京介さんはその話をしなかった。
「岩澤には?」
「連絡とってないし。」
「そーだよな。」
その日の帰りにあの駅のホームで航を見つけた。
「航!」
俺は思わず大声で名前を呼んで駆け寄った。
「ヒ、ヒロ…。」
「あ、ごめ、ごめん。」
でもすぐに後悔した。航があのオメガと一緒だった。
逃げるように駅の外に出た。
俺は何をしようとしていた?山木美鈴のことを聞く?
聞いてどーする?謝るのか?
不意に腕を掴まれた。驚いて振り返ると航だった。
「ヒロ…。どうしたの?」
「え?」
「だって、呼んだだろ?俺のこと。」
「あ、あのニュース見て…。」
「山木美鈴のこと?」
「うん。もしかして、航も…。」
「うん。俺も使われてた。半年くらい前に警察が来て事情聴取された。山木美鈴が克明に記録を残してたみたいで。俺のことも。データのひとつとして記録されていた。」
半年も前に?何で黙ってたんだ。教えてくれても良かったのに。
「航。俺、知らなくて。おまえに酷いこと言った…。」
「ヒロは何も悪くないよ。俺がヒロを傷つけたのは事実だ。本当にごめん。動揺してきちんと謝れなかった。」
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