14 / 30
8
しおりを挟む
「受付番号210番の方、診察室1番にお入り下さい。」
あ、僕の番だ。
今日はバース医療センターで検査を受ける日だ。この結果が良ければ治療は終了だ。
診察室のドアを開けて中に入る。
「こんにちは。」
ドキドキしながら先生の前の丸イスに座る。
「中原さん、腎臓の機能は元に戻りました。もう大丈夫です。今日はお一人で?」
「はい。」
母は来たがっていたが実家に帰っている。別に父とケンカした訳ではない。祖母が昨日ギックリ腰になってしまったからだ。ちなみに父は単身赴任中だ。
「この後少し時間がありますか?中原さんに見せたい物があるんです。」
「はい。何ですか?」
「中原さんが望んでいた物です。」
先生はにこりと笑った。
待合室で十五分ほど待っていると先生が出てきた。
そのまま後を着いていく。外来棟を抜けると『ここより関係者以外立ち入り禁止』の立て看板を通り過ぎた。研究棟と書いてある。
薄暗い廊下を無言で歩く。
あれ?大丈夫かな?変なことされないよね?
「ここです。」
先生は立ち止まって振り返った。
『第7研究室 廣瀬』とドアに書かれていた。
先生がドアをノックすると中から『どうぞ』と男の人の声が聞こえた。
中に入ると化学の実験室のような部屋だった。
ゴーグルにマスクをした男の人が出迎えてくれた。
「廣瀬先生。お忙しいところすいません。」
「いいえ。とんでもない。この子が?」
廣瀬先生と呼ばれた男の人がゴーグル越しに僕を見た。
「こんにちは。」
「こんにちは。研究医の廣瀬です。バースの研究をしています。」
「中原由紀です。」
「中原さんのことは芦沢先生から聞いています。レティオールを飲んでいたんですね?そのせいでアルファの不快なフェロモンを放出していた。」
「はい。」
レティオールとは僕が飲んでいた抑制剤だ。
「その不快なフェロモンを体感したいんですね?」
「彼はレティオールのせいでアルファ不信なんだよ。あの薬のせいで身体だけでなく心にまで傷を負ってしまった。少しでもその気持ちも軽くしてあげたい。」
芦沢先生が説明してくれた。
「分かりました。」
廣瀬先生はバースのフェロモンを研究している。
何故惹かれ合うのかや、その反対に何故嫌悪するのか。そしてフェロモンによる犯罪の抑止力になるような薬の開発、研究をしている。
「中原さんから出ていたのはアルファの攻撃フェロモンに近いものです。アルファ同士で牽制したり、自分のオメガを守るときに出すフェロモンです。そのフェロモンはオメガやベータには感じることができません。」
「え?じゃあ僕には分からないんですか?」
「そうですね。」
廣瀬先生はにこりと笑った。ような気がする。ゴーグルとマスクで表情はよく分からない。
「でもどのくらい不快なのかは知ることができます。」
フェロモン自体を感じることは出来ないが、不快指数というものでどのくらいの不快感なのかを数値で見ることが出来る。同じくらいの数値のものと比べ見れば、アルファがどのくらい不快に感じでいるのかを知ることが出来るというのだ。
「中原さんが出していたフェロモンの値は入院時の測定結果が残っています。フェロモンの不快指数の数値は325でした。これだけ聞いてもピンときませんよね?」
「はい。」
「まずこれを不快な匂いに換算すると何と同じくらいだと思いますか?」
325…。検討もつかない。
「分かりません。」
「そうですよね。325は果物のドリアンの匂を嗅いだ時と同じです。」
「えっ?」
ドリアン?聞いたことある。テレビでも見た。
みんな臭い臭いって騒いでたよね?
「実際に嗅いでみますか?」
そう言って三十センチ四方の透明な箱を持ってきた。
「じゃあ開けますよ。」
廣瀬先生が蓋を開けた。
……。
「オェッ!」
強烈な匂いが辺りを漂った。気持ち悪い。吐きそうだ。
芦沢先生はハンカチで口元を押さえている。
僕たちの反応を見て廣瀬先生が蓋を閉めてくれた。
「どうですか?」
「強烈ですね。これが325の不快指数ですか。」
「はい。」
先生は窓を開けて換気をしている。
これじゃあまともに顔を見てくれない訳だ。
「僕はアルファにとったらこんなに不快な人間だったんですね。」
「全て薬のせいですよ。」
先生は臭い以外の音や温度などでも不快指数325を体感させてくれた。
「今日はありがとうございました。」
「いいえ。どういたしまして。」
研究室から外来棟へ戻ってきた。
「どうでしたか?」
「はい。すごく良く分かりました。アルファに対してモヤモヤしていたものが少し楽になりました。あの不快感では態度が悪くなるのも仕方ないですね。」
先生は笑って頷いてくれた。
叡倫堂製薬から賠償金の書類が届くと言われた。あの薬を飲んでいたオメガを集めて説明会もあるみたいだ。保護者と一緒に参加するよう勧められた。
先生にもう一度お礼を言って病院を出た。
バスターミナルでバスを待っているとスマホにメッセージが届いた。
祐一さんからだ。
『渡したいものがあるんだけど今から会えない?』
『はい。今病院にいます。今から帰るところです。』
『どこの病院?』
『バース医療センターです。』
『近くにいるから行くよ。』
僕はそのままバスターミナルで祐一さんを待つことになった。渡したいものって何だろう。
あ、僕の番だ。
今日はバース医療センターで検査を受ける日だ。この結果が良ければ治療は終了だ。
診察室のドアを開けて中に入る。
「こんにちは。」
ドキドキしながら先生の前の丸イスに座る。
「中原さん、腎臓の機能は元に戻りました。もう大丈夫です。今日はお一人で?」
「はい。」
母は来たがっていたが実家に帰っている。別に父とケンカした訳ではない。祖母が昨日ギックリ腰になってしまったからだ。ちなみに父は単身赴任中だ。
「この後少し時間がありますか?中原さんに見せたい物があるんです。」
「はい。何ですか?」
「中原さんが望んでいた物です。」
先生はにこりと笑った。
待合室で十五分ほど待っていると先生が出てきた。
そのまま後を着いていく。外来棟を抜けると『ここより関係者以外立ち入り禁止』の立て看板を通り過ぎた。研究棟と書いてある。
薄暗い廊下を無言で歩く。
あれ?大丈夫かな?変なことされないよね?
「ここです。」
先生は立ち止まって振り返った。
『第7研究室 廣瀬』とドアに書かれていた。
先生がドアをノックすると中から『どうぞ』と男の人の声が聞こえた。
中に入ると化学の実験室のような部屋だった。
ゴーグルにマスクをした男の人が出迎えてくれた。
「廣瀬先生。お忙しいところすいません。」
「いいえ。とんでもない。この子が?」
廣瀬先生と呼ばれた男の人がゴーグル越しに僕を見た。
「こんにちは。」
「こんにちは。研究医の廣瀬です。バースの研究をしています。」
「中原由紀です。」
「中原さんのことは芦沢先生から聞いています。レティオールを飲んでいたんですね?そのせいでアルファの不快なフェロモンを放出していた。」
「はい。」
レティオールとは僕が飲んでいた抑制剤だ。
「その不快なフェロモンを体感したいんですね?」
「彼はレティオールのせいでアルファ不信なんだよ。あの薬のせいで身体だけでなく心にまで傷を負ってしまった。少しでもその気持ちも軽くしてあげたい。」
芦沢先生が説明してくれた。
「分かりました。」
廣瀬先生はバースのフェロモンを研究している。
何故惹かれ合うのかや、その反対に何故嫌悪するのか。そしてフェロモンによる犯罪の抑止力になるような薬の開発、研究をしている。
「中原さんから出ていたのはアルファの攻撃フェロモンに近いものです。アルファ同士で牽制したり、自分のオメガを守るときに出すフェロモンです。そのフェロモンはオメガやベータには感じることができません。」
「え?じゃあ僕には分からないんですか?」
「そうですね。」
廣瀬先生はにこりと笑った。ような気がする。ゴーグルとマスクで表情はよく分からない。
「でもどのくらい不快なのかは知ることができます。」
フェロモン自体を感じることは出来ないが、不快指数というものでどのくらいの不快感なのかを数値で見ることが出来る。同じくらいの数値のものと比べ見れば、アルファがどのくらい不快に感じでいるのかを知ることが出来るというのだ。
「中原さんが出していたフェロモンの値は入院時の測定結果が残っています。フェロモンの不快指数の数値は325でした。これだけ聞いてもピンときませんよね?」
「はい。」
「まずこれを不快な匂いに換算すると何と同じくらいだと思いますか?」
325…。検討もつかない。
「分かりません。」
「そうですよね。325は果物のドリアンの匂を嗅いだ時と同じです。」
「えっ?」
ドリアン?聞いたことある。テレビでも見た。
みんな臭い臭いって騒いでたよね?
「実際に嗅いでみますか?」
そう言って三十センチ四方の透明な箱を持ってきた。
「じゃあ開けますよ。」
廣瀬先生が蓋を開けた。
……。
「オェッ!」
強烈な匂いが辺りを漂った。気持ち悪い。吐きそうだ。
芦沢先生はハンカチで口元を押さえている。
僕たちの反応を見て廣瀬先生が蓋を閉めてくれた。
「どうですか?」
「強烈ですね。これが325の不快指数ですか。」
「はい。」
先生は窓を開けて換気をしている。
これじゃあまともに顔を見てくれない訳だ。
「僕はアルファにとったらこんなに不快な人間だったんですね。」
「全て薬のせいですよ。」
先生は臭い以外の音や温度などでも不快指数325を体感させてくれた。
「今日はありがとうございました。」
「いいえ。どういたしまして。」
研究室から外来棟へ戻ってきた。
「どうでしたか?」
「はい。すごく良く分かりました。アルファに対してモヤモヤしていたものが少し楽になりました。あの不快感では態度が悪くなるのも仕方ないですね。」
先生は笑って頷いてくれた。
叡倫堂製薬から賠償金の書類が届くと言われた。あの薬を飲んでいたオメガを集めて説明会もあるみたいだ。保護者と一緒に参加するよう勧められた。
先生にもう一度お礼を言って病院を出た。
バスターミナルでバスを待っているとスマホにメッセージが届いた。
祐一さんからだ。
『渡したいものがあるんだけど今から会えない?』
『はい。今病院にいます。今から帰るところです。』
『どこの病院?』
『バース医療センターです。』
『近くにいるから行くよ。』
僕はそのままバスターミナルで祐一さんを待つことになった。渡したいものって何だろう。
175
あなたにおすすめの小説
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
巣作りΩと優しいα
伊達きよ
BL
αとΩの結婚が国によって推奨されている時代。Ωの進は自分の夢を叶えるために、流行りの「愛なしお見合い結婚」をする事にした。相手は、穏やかで優しい杵崎というαの男。好きになるつもりなんてなかったのに、気が付けば杵崎に惹かれていた進。しかし「愛なし結婚」ゆえにその気持ちを伝えられない。
そんなある日、Ωの本能行為である「巣作り」を杵崎に見られてしまい……
策士オメガの完璧な政略結婚
雨宮里玖
BL
完璧な容姿を持つオメガのノア・フォーフィールドは、性格悪と陰口を叩かれるくらいに捻じ曲がっている。
ノアとは反対に、父親と弟はとんでもなくお人好しだ。そのせいでフォーフィールド子爵家は爵位を狙われ、没落の危機にある。
長男であるノアは、なんとしてでものし上がってみせると、政略結婚をすることを思いついた。
相手はアルファのライオネル・バーノン辺境伯。怪物のように強いライオネルは、泣く子も黙るほどの恐ろしい見た目をしているらしい。
だがそんなことはノアには関係ない。
これは政略結婚で、目的を果たしたら離婚する。間違ってもライオネルと番ったりしない。指一本触れさせてなるものか——。
一途に溺愛してくるアルファ辺境伯×偏屈な策士オメガの、拗らせ両片想いストーリー。
カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!
野原 耳子
BL
★執着溺愛系イケメン俳優α×平凡なカメラマンΩ
平凡なオメガである保(たもつ)は、ある日テレビで見たイケメン俳優が自分の『運命』だと気付くが、
どうせ結ばれない恋だと思って、速攻で諦めることにする。
数年後、テレビカメラマンとなった保は、生放送番組で運命である藍人(あいと)と初めて出会う。
きっと自分の存在に気付くことはないだろうと思っていたのに、
生放送中、藍人はカメラ越しに保を見据えて、こう言い放つ。
「やっと見つけた。もう絶対に逃がさない」
それから藍人は、混乱する保を囲い込もうと色々と動き始めて――
世界一大好きな番との幸せな日常(と思っているのは)
かんだ
BL
現代物、オメガバース。とある理由から専業主夫だったΩだけど、いつまでも番のαに頼り切りはダメだと働くことを決めたが……。
ド腹黒い攻めαと何も知らず幸せな檻の中にいるΩの話。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
回帰したシリルの見る夢は
riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。
しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。
嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。
執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語!
執着アルファ×回帰オメガ
本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます。
物語お楽しみいただけたら幸いです。
***
2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました!
応援してくれた皆様のお陰です。
ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!!
☆☆☆
2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!!
応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる