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葉月
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ブッブブッ
サイードのスマホにメッセージが表示される。
ぱっと立ち上がりトイレに行くと言って部屋を出た。
『おはよう。日本は雨だよ。』
メッセージとともにうさぎが傘をさして泣いているスタンプが表示される。
『おはよう。こっちは晴れだ。』
窓の外に見える美しい月と星空の写真を撮りメッセージと一緒に送信した。
日本との時差は六時間。そろそろ葉月からおはようのメッセージが来る頃だと思い待ち構えていた。
アグニアの夜は長い。
皆、夕方になると早々に仕事を切り上げて何かしらの宴会を繰り広げる。
今日は国務大臣のバクルの誕生日会だと言っていた。
いい歳をしたおやじが誕生日会だなんておかしな話だが、とにかく宴会をする理由が欲しいのだ。
アグニアの国民は何か理由をつけては毎晩のように宴会を開き酒を酌み交わしている。
外に出たサイードは喧騒を背にスマホのメッセージを眺めた。
先ほど葉月に送った月の明かりの下でメッセージを送り合う。とても良い癒される時間だ。
『もう寝る時間でしょ?』
『そうだな。』
『おやすみ。』
「おやすみ。また電話する。」
他愛もないメッセージ。
でもこれだけで安心して眠れる。
またいつもの時間に電話しよう。
そう思い、あの喧騒の中には戻らず自分の部屋へと向かった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「殿下、それは一体…。」
プライベートジェットに乗り込むサイードの両手にはたくさんの袋がぶら下がっていた。
今日は日本を訪れる日。
途中、フランスを経由する十四時間の長旅だ。
必要なものはアーシムと側近が準備し、すでに積み込みは終了してあるはずだが。
「え?いや、これは私の私物だ。」
「では、私が…。」
「いや、いい。自分でやる。」
アーシムの申し出を断り、サイード自らハットラックに詰めている。
「随分とたくさんありますね。」
「そうか?それよりも…。」
荷物を積み終えたサイードは座席にどかりと座り、アーシムに予定の確認をしてきた。
昨日からもう三度目だ。
「明朝に日本に着き少し休んだあと、夕方から皇族の高司の宮様の長女、佐和子様の婚姻パーティーに出席して頂きます。その前に総理大臣と外務大臣が挨拶にいらっしゃいます。それから駐在大使の…」
「あー、もういい。分かった。それよりも婚姻パーティーのあとは何も入れてないんだろうな?面会も挨拶も一日で十分だ。」
「ええ。殿下がおっしゃった通り、日本観光の時間を入れています。」
「はあ…たった三日だろ?もう少し何とかならないのか。」
三日もだ、という言葉を飲み込んでアーシムは表情を変えずに続けた。
「それが限界です。帰国後の予定が詰まっておりますから…。まず、サハブワーディへの視察と…」
「いい、いい。聞きたくない。俺はもう寝る。」
嫌そうに手を振り、そっぽを向いて目を閉じてしまった。
サイードの我儘はいつもの事だ。
アーシムは全く気にした様子もなくサイードの目の前に座った。
目を閉じで寝たふりをしているサイードの口元は終始ニヤけている。よほど日本行きが嬉しいのだろう。
まあこれくらいの褒美があっても良いとアーシムは思う。
サイードはこの三日を開けるために前日まで馬車馬のように働いていたのだ。
浮かれる自分の主人に、アーシムは揶揄いたい気持ちを抑えて自分も目を閉じた。
「何だあれは…。」
空港に降り立ったサイードは目の前の人だかりに驚愕している。
何かのフェスティバルかと思っていたのだが、人々はサイードと書かれたプラカードやアラビア語が記載されている大きなうちわを持っていた。
「殿下を歓迎しているんですよ。」
サイードの耳元アーシムが囁く。
「は?何で…」
「それはあなた様が世界のアルファ十人に選ばれるような素晴らしい方だからです。」
「それはそうだが…。」
「ほら、あれはテレビ中継ですね。殿下、笑顔でお願いします。」
驚きと面倒臭さが顔に出てしまっているサイードにアーシムが笑顔を振り撒くよう進言する。
「テレビの前で誰が見ているか分かりませんからね。もしかしたら殿下のお知り合いも…。」
「え?」
面倒臭そうにしていたサイードが一瞬考え、満面の笑顔になった。集まる人たちに手まで振っている。
サイードが手を振ると歓声が聞こえ失神するもののまで出て来た。
そのまま迎えの車に乗り込むと笑顔で手を振りながら空港をあとにした。
予定ではホテルで少し休む予定だったが、政治家や経営者といった人たちが一言だけでも挨拶を、と押しかけて来る。
結局サイードは夕方の晩餐会まで休みなく愛想を振り撒くことになってしまった。
「はぁ、疲れた。一体何なんだ…日本人は慎み深いのではないのか?」
「皆様殿下に一目会いたいんですよ。こういった時、バーキル様はいつも嬉々として対応されています。」
「アイツは変人だな。」
「さあ、殿下。お支度をしましょう。」
アーシムに促され、式典用のカンドゥーラに着替え会場に向かう。ここでもまたいろいろな人に囲まれて辟易した。
「おい、アーシム。もう帰っても良いか?」
サイードがアーシムに耳打ちするとアーシムが渋い顔をして首を振った。
「殿下、もう少しの我慢です。明日なれば自由ですから。お忍びで日本観光でしたっけ?それまで堪えて下さい。」
「くっ…。」
それを言われると弱いサイードは大人しく最後まで晩餐会に参加していた。
サイードのスマホにメッセージが表示される。
ぱっと立ち上がりトイレに行くと言って部屋を出た。
『おはよう。日本は雨だよ。』
メッセージとともにうさぎが傘をさして泣いているスタンプが表示される。
『おはよう。こっちは晴れだ。』
窓の外に見える美しい月と星空の写真を撮りメッセージと一緒に送信した。
日本との時差は六時間。そろそろ葉月からおはようのメッセージが来る頃だと思い待ち構えていた。
アグニアの夜は長い。
皆、夕方になると早々に仕事を切り上げて何かしらの宴会を繰り広げる。
今日は国務大臣のバクルの誕生日会だと言っていた。
いい歳をしたおやじが誕生日会だなんておかしな話だが、とにかく宴会をする理由が欲しいのだ。
アグニアの国民は何か理由をつけては毎晩のように宴会を開き酒を酌み交わしている。
外に出たサイードは喧騒を背にスマホのメッセージを眺めた。
先ほど葉月に送った月の明かりの下でメッセージを送り合う。とても良い癒される時間だ。
『もう寝る時間でしょ?』
『そうだな。』
『おやすみ。』
「おやすみ。また電話する。」
他愛もないメッセージ。
でもこれだけで安心して眠れる。
またいつもの時間に電話しよう。
そう思い、あの喧騒の中には戻らず自分の部屋へと向かった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「殿下、それは一体…。」
プライベートジェットに乗り込むサイードの両手にはたくさんの袋がぶら下がっていた。
今日は日本を訪れる日。
途中、フランスを経由する十四時間の長旅だ。
必要なものはアーシムと側近が準備し、すでに積み込みは終了してあるはずだが。
「え?いや、これは私の私物だ。」
「では、私が…。」
「いや、いい。自分でやる。」
アーシムの申し出を断り、サイード自らハットラックに詰めている。
「随分とたくさんありますね。」
「そうか?それよりも…。」
荷物を積み終えたサイードは座席にどかりと座り、アーシムに予定の確認をしてきた。
昨日からもう三度目だ。
「明朝に日本に着き少し休んだあと、夕方から皇族の高司の宮様の長女、佐和子様の婚姻パーティーに出席して頂きます。その前に総理大臣と外務大臣が挨拶にいらっしゃいます。それから駐在大使の…」
「あー、もういい。分かった。それよりも婚姻パーティーのあとは何も入れてないんだろうな?面会も挨拶も一日で十分だ。」
「ええ。殿下がおっしゃった通り、日本観光の時間を入れています。」
「はあ…たった三日だろ?もう少し何とかならないのか。」
三日もだ、という言葉を飲み込んでアーシムは表情を変えずに続けた。
「それが限界です。帰国後の予定が詰まっておりますから…。まず、サハブワーディへの視察と…」
「いい、いい。聞きたくない。俺はもう寝る。」
嫌そうに手を振り、そっぽを向いて目を閉じてしまった。
サイードの我儘はいつもの事だ。
アーシムは全く気にした様子もなくサイードの目の前に座った。
目を閉じで寝たふりをしているサイードの口元は終始ニヤけている。よほど日本行きが嬉しいのだろう。
まあこれくらいの褒美があっても良いとアーシムは思う。
サイードはこの三日を開けるために前日まで馬車馬のように働いていたのだ。
浮かれる自分の主人に、アーシムは揶揄いたい気持ちを抑えて自分も目を閉じた。
「何だあれは…。」
空港に降り立ったサイードは目の前の人だかりに驚愕している。
何かのフェスティバルかと思っていたのだが、人々はサイードと書かれたプラカードやアラビア語が記載されている大きなうちわを持っていた。
「殿下を歓迎しているんですよ。」
サイードの耳元アーシムが囁く。
「は?何で…」
「それはあなた様が世界のアルファ十人に選ばれるような素晴らしい方だからです。」
「それはそうだが…。」
「ほら、あれはテレビ中継ですね。殿下、笑顔でお願いします。」
驚きと面倒臭さが顔に出てしまっているサイードにアーシムが笑顔を振り撒くよう進言する。
「テレビの前で誰が見ているか分かりませんからね。もしかしたら殿下のお知り合いも…。」
「え?」
面倒臭そうにしていたサイードが一瞬考え、満面の笑顔になった。集まる人たちに手まで振っている。
サイードが手を振ると歓声が聞こえ失神するもののまで出て来た。
そのまま迎えの車に乗り込むと笑顔で手を振りながら空港をあとにした。
予定ではホテルで少し休む予定だったが、政治家や経営者といった人たちが一言だけでも挨拶を、と押しかけて来る。
結局サイードは夕方の晩餐会まで休みなく愛想を振り撒くことになってしまった。
「はぁ、疲れた。一体何なんだ…日本人は慎み深いのではないのか?」
「皆様殿下に一目会いたいんですよ。こういった時、バーキル様はいつも嬉々として対応されています。」
「アイツは変人だな。」
「さあ、殿下。お支度をしましょう。」
アーシムに促され、式典用のカンドゥーラに着替え会場に向かう。ここでもまたいろいろな人に囲まれて辟易した。
「おい、アーシム。もう帰っても良いか?」
サイードがアーシムに耳打ちするとアーシムが渋い顔をして首を振った。
「殿下、もう少しの我慢です。明日なれば自由ですから。お忍びで日本観光でしたっけ?それまで堪えて下さい。」
「くっ…。」
それを言われると弱いサイードは大人しく最後まで晩餐会に参加していた。
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