善夜家のオメガ

みこと

文字の大きさ
103 / 110
葉月

29

しおりを挟む
「まずいな。崩れるのも時間の問題だ。アーシム、走れるか?」

「はい。行きましょう。」

葉月を抱き上げたまま塔を出ようとするサイードを葉月が引き留めた。

「待って!コリンさんは?」

コリンはサイードの威嚇フェロモンをもろに浴びてまだ倒れている。他の男たちも同様だ。

「このままじゃコリンさんたちが危ないよ。はやく起こしてあげて。」

「いや、しかし…。」

「サイード、お願い。どんなに悪いことをしても死ぬのは償いじゃない。生きて償わないと。生きて自分の罪と向き合わないと…。」

「葉月…分かった。立てるか?」

葉月が頷くとサイードはそっと地面下ろした。
そしてコリンの元へと近づく。

「コリン、起きろ。ここはもうダメだ。早く逃げるぞっ!」

サイードの声でフェロモンの呪縛が解けた男たちが一斉に逃げ出す。しかしコリンは動かなかった。

「お情けか?どうせ死ぬんだ。ここで終わらせてくれ。」

「ダメだ。おまえにはやらなければいけないことがある。ほら、行くぞ。」

差し伸べたサイードの手をコリンが振り払う。天井からピシッと嫌な音が聞こえた。

「早くしろ、コリン。」

「うるさいっ!もう良いんだ。もう、もう…。」

コリンの目から涙が溢れた。

「サイードっ!危ない!」

「殿下っ!」

ガコンという鈍い音とともに、サイードとコリンがいる真上の天井が抜けて、大きな石の塊が二人に向かって落ちてくる。
それを見た葉月がサイードに向かって駆け出した。

「あっ!」

砂煙の立ち込める合間に葉月には見えた。
間一髪のところでコリンがサイードを突き飛ばしたのだ。その直後、サイードとコリンがいた場所に大きな石や瓦礫が落ちて来る。
サイードは勢いよく地面に転がったが、そのおかげで瓦礫の下敷きにならずにすんだ。
コリンは…。

「コリンさんっ!」

砂煙をかき分けて葉月がコリンの元へと走るがそこにはもうコリンの姿はなく、瓦礫の山だけだった。

「コリンさんっ!どこ⁉︎」

葉月が必死で声をかける。サイードとアーシムも駆け寄るがコリンの返事はない。
天井からはパラパラと小さな瓦礫が降ってきていた。ミシミシと壁や天井が嫌な音をあげる。

「葉月様、ダメです。私たちも危険です。」

「でもコリンさんがっ!」

涙声で振り返る葉月をサイードが担ぎ上げた。

「行くぞっ!」

葉月はコリンを呼び続けるがその声だけが虚しく響いていた。
三人が塔の外に出た数秒後、また大きな音ともに塔が崩れ落ちる。砂煙が辺りを覆い、ここへ来た時とは全く違う景色になっていた。

「サイードっ!サイードっ!…コリンさんは…?」

サイードが小さく首を横に振る。それを見た葉月が声を上げて泣き出した。
それからしばらくしてアーシムが手配していた者たちが集まってきた。現場を確認したり救助を呼んだりと皆がバタバタと動いている。
葉月たち三人はただそれを呆然と眺め立ち尽くしていた。






城に戻ったサイードが陣頭指揮をとりコリンの件やグリーンモスクの解体、撤去作業を行なっている。
それ以外にもサワブハーディーの事業などサイードには仕事が山積みだった。
日中は仕事から離れることが出来ないため、葉月にはアーシムがついて世話をしていた。

「コリンさん、本当はサイードのことが好きだったのかもね…。最初はやましい気持ちで近付いたけど、一緒にいるうちに好きになった。でもそれに気づいた時にはもう後戻りできなくなって…。」

「…そうだとしても彼のしたことは許されることではありません。殿下を騙し、危険な目に遭わせたのですから。」

「うん…そうだね。そうだよね…。そういえば、証拠、たくさん出てきたんだってね。」

コリンの部屋からはサイードの暗殺計画やそれにクタイバが関わっていた証拠が十分過ぎるほど出てきた。
学生時代のサイードとコリンのアルバムの中に小さなSDカードが見つかったのだ。それにはクタイバが言い逃れ出来ない決定的な証拠がたくさん残っていた。
コリンはその証拠でクタイバを脅そうとしていた。しかし本当は自分に何かあった時にサイードが気付くようにそこに隠しておいたのかもしれない。コリンが居なくなった今、その真相は闇の中だ。






「サイード、おかえり。」

「ただいま。」

疲れ切った顔のサイードを葉月が笑顔で出迎える。
サイードが両手を広げると葉月がそっとその胸に顔を埋めた。

「疲れた…。おまえの顔ばかり目に浮かんで…早く会いたかった。」

「うん。お疲れ様。サイード、こっちに来て。」

「ん?」

葉月がサイードをソファーに座らせる。そしてその前に立ち、サイードの頭を優しく抱きしめた。

「葉月…ありがとう。ああ…本当に癒されるな。」

サイードの頭を優しく撫でてくれる。それに葉月からはあの優しくて温かいフェロモンが溢れサイードを包み込む。

「うぅっ…」

サイードは心の底から安堵し、自然と涙が流れる。
本当に疲れていた。身体だけでなく心も。
葉月にはそれが分かっていたので、こうして優しくフェロモンで癒してくれているのだ。

「コリンさんのこと、大丈夫?」

「ああ。だいぶ前から怪しいと思っていたんだ。ミクシームを、アーシムの弟だが、そいつをコリンに付けていたんだ。こちらが疑っていることがバレないように俺もコリンに気のある素振りをしていた。」

コリンを特別扱いしているように見せかけて、サイードたちも彼を探っていたのだ。

「そっか。でも昔は友達だったんだろ?」

「学生の頃はな。気の合うやつだと思っていたんだ。でも違った。…みんなそうだ。コリンだけじゃない。俺がアグニアの王子だと分かった途端態度を変える。」

「みんなじゃないよ。僕は違う。アーシムさんだって、ずっとサイードの側にいるじゃないか。」

「そうだな。」

サイードは葉月の優しいフェロモンに包まれてしばらく泣いた。彼は人前で泣くことは許されない。アグニアを背負う王子なのだから。
でも葉月の前なら…。
友や親族に裏切られ、サイードの傷付いた心は葉月のフェロモンで少しづつ癒されていった。
しおりを挟む
感想 122

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

クローゼットは宝箱

織緒こん
BL
てんつぶさん主催、オメガの巣作りアンソロジー参加作品です。 初めてのオメガバースです。 前後編8000文字強のSS。  ◇ ◇ ◇  番であるオメガの穣太郎のヒートに合わせて休暇をもぎ取ったアルファの将臣。ほんの少し帰宅が遅れた彼を出迎えたのは、溢れかえるフェロモンの香気とクローゼットに籠城する番だった。狭いクローゼットに隠れるように巣作りする穣太郎を見つけて、出会ってから想いを通じ合わせるまでの数年間を思い出す。  美しく有能で、努力によってアルファと同等の能力を得た穣太郎。正気のときは決して甘えない彼が、ヒート期間中は将臣だけにぐずぐずに溺れる……。  年下わんこアルファ×年上美人オメガ。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

さかなのみるゆめ

ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。

処理中です...