34歳独身女が異界で愛妾で宰相で

アマクサ

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第二章 過去

34歳の心を砕く帝国の現実

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「ロレンツェ、先ほどはごめんなさいね。
でもありがとう。すっきりしました」

涙であまりに服が濡れたロレンツェは胸フリル付のブラウスを着替えてきた。

「いいえ、ナオ様。
あまりにかわいらしいナオ様に、女ながら胸がキュンといたしました。
いきなりこのようなスキンシップを図るなんて、ナオ様はよほどの女・・・いえ、人たらしですね。」

「アハハ♪素敵ねそれ、人たらし!いい言葉だわ!」

 二人とも声を上げて笑った。
そこに、いきなり打ち解けている2人を見てクリスティーヌがうずうずして割り込んでくる。

「ふえーん!ロレンツェさん、ずるい!私もスキンシップしたいですう!」

 やはりというか、クリスティーヌは甘えっ子キャラなようだ。
 ナオは一瞬ぎょっと目を丸くしたが、ロレンツェとクリスティーヌをまとめて抱きしめた。

「ロレンツェ、クリスティーヌ。これからよろしくお願いします。
私はこの国のことも皇城のことも、ましてや愛妾のこともよくわかっていません。
あなたたちだけが頼りです。力を貸してください・・・。」

 抱きしめるナオの手にギュッと力が入る。

「お任せを」
「ハーイ、ナオ様いいにおいー。」

力強い返事、気の抜けた返事。ナオの耳に心地よい声が響いた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 侍女2人にいろいろな説明や案内をされているうちアッという間に夜になった。

 基本的に愛妾というのは作法のレッスンの時以外与えられた私室にいて、皇帝陛下がくるのをじっと待つのが仕事らしい。
 皇城内は自由に出歩けるし、外出も申請すれば日帰りであれば可能だ。

 日に三度ある食事は呼び出しがない限り、私室で一人ということになる。
 とてもさみしいと思うのが普通だが、ナオの部屋に至っては初日から違っていた。
食事をするナオと一緒に雑談やらを交わす侍女二人。
部屋には笑い声が溢れていた。

「さて、湯浴みも済みましたし、御髪おぐしのお手入れもこれで完了です。」

「ありがとう、ロレンツェ。
毎日湯浴みできるなんて幸せな事ね。髪までこんなに丁寧に梳いてセットしてくれて。
本当にいたれりつくせりだわ。」

「喜んでいただけて何よりです」

「でも何もせずにあんなに豪華に3食食べてこんなになんでもやってもらっていたら、すぐに豚になってしまうわ」

「ハハハ。ナオ様。その通りです。
実際に王城に来られてから成長しすぎて暇を出された愛妾は過去におります」

「あら怖い。ロレンツェはずいぶんうまい表現するのね。では明日からジョギングでもしましょうかしら」

「ジョギングだなんてそんな方、過去に誰一人いらっしゃいませんでしたよ。」

「ナオ様、ジョギングなら私も一緒に走りますー。私走るの好きなんですー」

「クリスティーヌはだめです。あなたよくこけるんですから」

「あーひどーい、ロレンツェさーん!たまにです、たまに!」

「アハハハ♪本当に楽しいわ。本当に素敵な2人ね」

 ぶーっと頬を膨らませたクリスティーヌを見て、ナオはにっこりと笑う。

「私たちも楽しいですが、そろそろ下がらせていただきますね。」

「ええ、そうして。今日は本当にありがとう。」

 侍女二人はドア前で一礼して部屋を出た。

「さあて・・・・やっぱり緊張するなあ・・・いつ頃来るかなあ・・・」

 スリップドレスの姿でナオは一人では大きすぎるベッドに入る。
すでにオイルランプの照明は落としていて、いくつかついている蝋燭の炎の揺れがとてもムーディな雰囲気を作り出している。

「1度しかあったことのない人とエッチするんだなあ。昔は政略結婚とかで好きでもない人としないといけなかったんだもんなあ。まさか私がこんなことになるなんてなあ・・・。」

「そういえば・・・エッチ自体何年ぶりだろう・・・10年ぶり??」

「でもこの身体はまだ処女だから、どうなっちゃんだろ・・・。」

「人生で二度処女を失うなんてなんかへんな感じ・・・」

 いろんなことが浮かんでは消えて、胸の鼓動の高鳴りが収まらない。たまらず、毛布を頭からかぶる。

「んー・・・」

「んー・・・・」

「んー・・・・・・」

「・・・・」

「チュンチュン」

「えっ!?」

 驚いて毛布から頭を出す。
窓の外から小鳥のさえずりが聞こえる。当然、夜が明けていてカーテンの隙間から柔らかな朝日が入ってくる。

 なんと皇帝は部屋には来ず、ナオは悶々とし続けて1夜を明かしてしまったのだ。

「ははは・・・。うれしいやら、かなしいやら・・・」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 翌日の夜。

「・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・・」

 皇帝は部屋に来なかった。

 さらに翌日の夜。

「・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・・」

「来なーい!」

 そうして1週間が過ぎた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「ナオ様、大丈夫ですか?」

 寝不足もあり、ぐったりして朝食の手が進まないナオにロレンツェが心配する。

「心配ありがとう。でも大丈夫じゃない・・・」

「こんなことってあるの?
勝手に愛妾にしといて会いにもこないなんて・・・・自己中にもほどがあるわ・・・」

 ナオはすでに怒る元気もない。

「ナオ様。あまり気持ちの良い話ではないのですが・・・」

 ロレンツェは申し訳なさそうに話始める。

「皇帝陛下には沢山の愛妾がおります。
来られる頻度はかなり低いかと思います。」

「うすうすそうかとも思っていたけれど・・・最低な男ね・・・アッ」

 しまったとばかりにナオは咄嗟に口を押えた。ちらっとロレンツェの方を見る。

「大丈夫です。侍女、執事の中には皇帝陛下のことが好きな方は誰もいませんから」

 ロレンツェの反応を見て、ナオは開き直る。

「私は陛下の事なんて一目会っただけで全く知らないし、もちろん好きでもなんでもないわ。ここにいるのは仕方ないこと。
 でも少しでも楽しいと思えるようにしたいわ・・・・」

「こんな愚痴を聞いてくれる方が身近にいてくれて本当に嬉しい。ありがとう。」

少し元気が出てきたのか、ナオは大きく頭を下げる。

「ナオ様。そんな簡単に頭を下げないでください。ここぞという時まで取っといてくださいね。」

「それに元気が少しづつ出てきたみたいですね。
どうです?今日は社交ダンスのレッスンのあと、気分転換に皇都に赴かれてみては?
ちょうど3日後の夜に夜会が開かれる予定ですので宝飾品など街で見てこられてもいいかもしれません。
よろしければご一緒いたします。」

「それはいい考えね!では3人で行きましょう!」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ナオ、ロレンツェ、クリスティーヌの3人は午前のレッスンが終った後、皇都に向かった。
皇城からすぐに城下町になっており、皇城を中心に放射状に大きな都市が広がっていた。
 街に着くとロレンツェの案内で皇室御用達の宝飾店を廻る。

 もとの世界では見た目に自信のなかったナオはファッション誌などをよく買っていて、せめて服装で自分をよく見せようもしていた。
そんな過去のことはすっかり忘れていたのが、久しぶりの買い物に胸が躍る。
 こちらのお店のプラチナのネックレスもよかったけどあちらのブルーのダイヤのついたチョーカーもいいよね、と和気藹々と三人で楽しそうにお店を廻った。あっという間に三時間が過ぎる。

「結構迷ってしまうわね。
そういえばだいぶいい時間じゃない?どこかで軽食を取らない?」

「そうですね。では先ほどおいしそうなオムレツのお店がありましたのでそちらではいかがでしょう?」

「それがいー!」

 ナオが答える前にクリスティーヌが飛び跳ねて大賛成した☆

 オムレツのお店の中に入ると、4人掛けのテーブルに案内される。
お勧めは?なんてキラキラした目でクリスティーヌ。
 間もなく、ふわふわのオムレツとソーセージやバゲット、サラダなどが運ばれてくる。

「わああーふわふわ!」

 クリスティーヌはもちろんの事、ナオも歓喜の声を上げた。

「ナオ様。オムレツもおいしいですが、このソーセージもなかなか。」

 ロレンツェもパッと見は真顔だがとても喜んでいるらしい☆

 3人が喜々としていると、周りの席から押し殺した声が聞こえてきた。

「あれがもしかして噂の新しい愛妾じゃねえのか。」

「いいご身分だよな。俺たちから搾り取るだけ搾り取って自分たちは豪遊してるんだろ」

 もちろん、ナオにも聞こえていた。
ナオは顔を上げて周りを見回す。冷ややかな視線と誹謗中傷と思われる言葉が胸に刺さる。

「こ、こんなにも皇都の方々は帝国に不満を持っているの・・・・?」

 ナオはあまりに悪意ある雰囲気に狼狽した。

「ナオ様。申し訳ありません。ここはすぐに出ましょう。」

 言葉より先にロレンツェは支払いを済ませていて、ナオの腕を支えながら立たせようとした。

 その時、グチャッという音と共にナオは後頭部に違和感を感じた。

「貴様!!ナオ様になんということを!」

 ロレンツェは発した声の先の方にいる男のところに駆け寄ろうとするが、男は脱兎のごとく窓から逃げてしまった。
 あまりの速さにロレンツェは追うのをあきらめるしかなかった。

 ナオの後頭部には先ほど三人が楽しんでいたふわふわなものと同じものがへばり付いていた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 オムレツ店で水場を借り、頭についたオムレツを洗い流したナオはとりあえず店内に戻っていた。
すでに店内には他の客は誰もいない。

「ナオ様・・・」

 お店でタオルを借りたロレンツェは丁寧にナオの髪を拭きながら呟くように言った。
ロレンツェはなんて声をかけていいかわからなかった。

「ロレンツェ。私は大丈夫・・・。」

 ナオは強気に振る舞おうとする。しかし、微かに手は震えていた。

「それより教えて?なぜ帝国はここまで憎まれているの?」

「ナオ様、流石です・・・。恐怖に負けずに前を向こうとされるのですね。」

 普通の女性なら、あれだけ敵意を向けられ、さらに物までぶつけられれば怖くなってすぐにでも家に閉じこもりたくなるだろう。そして帰り道もまだ何があるかわからない。
 しかし、ナオは勇気を奮い立たせて原因を聞こうとしていた。

「ナオ様と皇帝陛下に遠慮せずに言わせていただきます。」

 ロレンツェは一度大きく深呼吸してから話し始めた。

「オルネア帝国は十数年前まで他国への侵略を繰り返し、領土を拡大して繁栄してきました。
しかし、急激に大きくなりすぎた帝国は国の基盤が盤石とは言えなかったのです。

 新たに増えた領土の相次ぐクーデターや領主の亡命による他国侵略などが多発し、そのようなことが起こるたびに武力による鎮圧をしてきました。
 結果、現在では一段落し、帝国版図は変わることは無くなりました。
 しかし、国内の荒廃のツケがやはり回ってくるんです。
そのツケの支払いはやはり力のない帝国臣民でした。

 それまでは侵略によって獲得したお金がなくなれば当然目を向けられるのは広大に広がった領地に課せられる重税です。
 恐怖政治という名の通り、重税をかけて払えない者には容赦なく処罰する。
 疲弊した国のために犠牲になるというのは多少なりともまだ理解できますが、もともと先の戦争は大義のない侵略戦争。
 国の政治を司る方々は己の利益しか興味のない、他人を貶めるにもなんの躊躇いもない貴族に一新していました。

 帝国臣民の血税は国を豊かにするためには使われず、利己的な貴族の懐に入るばかりでした。
 皇帝陛下も侵略戦争中の贅沢が忘れられないのか、多数の愛妾を囲うことはもちろん、大きな祝宴やら無駄の多い外遊、浪費がさらに財政を圧迫しています。

 そして次第に帝国の蓄えが少なくなれば増税という負のループが繰り返されているんです。
 帝国臣民の怒りはかなりのところまで来ています。
なにかきっかけがあれば大きな動乱が起こるかもしれません・・・」

 ロレンツェの言葉を聞いたナオの顔は蒼白した。
まさか、自分が庶民を苦しめている原因の1つだったとは思いもよらなかったのだ。

「おじいちゃん、おばあちゃんのため、コパ村の人のために、良かれと思ってたのに・・・」

「ナオ様。大変失礼なことを申しました。
ですが、ナオ様ならご理解いただけるかとお話しさせていただきました。
お怒りが収まらないようでしたら私を処罰してください。」

 ロレンツェは真剣な眼差しをナオに向ける。先ほどの深呼吸は処罰されてもいいと、覚悟の現れだったようだ。

「ロレンツェ。処罰なんてするわけないでしょう?はっきりと言ってくれてありがとう。」

 ナオはロレンツェに力のない笑顔を向ける。

「ナオ様・・・。」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 しばらくして気力を回復したナオは皇都の本当の姿を見たいと言い、ロレンツェに案内させていた。
 危険だといってロレンツェは頻りに止めたが、フード付きのマントで顔が見えないようにするという提案で渋々受け入れた。

 貧困街や流民街と暗に呼ばれている所や孤児院などを見て回る。
ロレンツェは剣術の心得があり護衛役を兼ねて帯剣しているため、襲われることはなかった。

 一見栄えているように見える皇都の裏側は貧困や病気であえぐ人が多く、やはり見るも無残な光景が広がっていた。

 ナオ達は浮浪者のように道端にもたれかかっている者などに、気付かれないようお金を忍ばせてゆく。大っぴらに施しをしても騒ぎになるだけだからだ。

 訪れた孤児院では小さい子供たちがボロボロの服で庭の畑仕事をしていた。
遠くから見ていたナオだが、思い立って孤児院のドアを叩く。

「すみません。どなたかいらっしゃいませんか?」

「はい?どちら様ですか?」

 中から大人の女性が出てくる。

「ナオと申します。孤児院の院長はおられますか?」

「私ですが・・・。」

 ナオは孤児院に寄付をしたいと申し出て、内情などを聞いた。
生活が苦しくて親に捨てられる子供が年々増えているという。

 ロレンツェから銀貨を手渡しして、3人は孤児院を後にして皇城への帰路についた。

 この時、すでに宝飾品を買うはずの銀貨は全てなくなっていた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 その日の夜、ナオは私室で夕食をとっていた。
ロレンツェとクリスティーヌもいるが流石に今日は雰囲気が暗い。
ナオの食事の手も進まない。

「ナオ様。お昼も結局大して召し上がれませんでしたので、お気持ちはわかりますが召し上がってください」

 心配してロレンツェが声をかける。

「ありがとう、ロレンツェ。ここで全ていただかなければ、皇都の食べれない人に失礼だもの。
もちろんちゃんといただくわ。」

「それにしても本当にひどかったわね。コパ村のおじいちゃんからも聞いてたし、一緒に小麦を売りに来た時もそれなりに感じたけどここまでとは・・・・」

「はい、そうなんです。しかし、帝議会の議員は見知らぬふりですし、もちろん陛下も・・・。」

「しかし、私たちにやれることをやりましょう。2人とも協力してください!」

「もちろんです!」
「はいー!頑張りにゃっす!」

「・・・クリスティーヌ?噛んだ??・・・ふっふっふ!」

 真剣な雰囲気が一気に笑いに包まれた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 2日が過ぎた。

 ナオはその間に出来ることを探して奔走した。
食事の質や量を減らすように給仕に掛け合ったり、身の回りの品で不要なものは買わないよう、侍従長に談判したりと。
 大した節約にはならないが、何もしないよりましだと思っていた。
書庫で閲覧可能な範囲で国庫の収支や内情を把握しようともしていた。

そしてその日、運命の夜会の日がやってくる。

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