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第六章 正体
34歳の見失った心、残した足跡
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翌日、ナオは昼過ぎにロレンツェだけ連れて、長谷部賢人と彼が来た山道に馬で向かった。
ロレンツェが後ろに長谷部賢人を乗せる。ナオはすでに一人で馬に乗ることが出来るようになっている。
「なんですか、コレ!?」
始めてみる箱型の白い物体にロレンツェが驚く。山道の端に停めていた長谷部賢人の自動車だ。
「ロレンツェさん。
これは自動車と言いまして、その名の通り、馬や人力ではなく、自動的に動くんです。」
長谷部賢人はロレンツェに優しく説明した。ほうーっとロレンツェが関心する。
三人は自動車に乗り込み、山道を進んだ。
二頭の馬は縄を括り付けて、車と一緒に低速で走る。
「すごい、すごい技術ですね!
勝手に動いているし、馬車のような振動がない!」
ロレンツェは目を輝かせてキョロキョロしている。興奮が止まない。
「しかし長谷部さんはナオ様と同郷だと昨日おっしゃられていましたが、という事はナオ様もこの自動車なるものを知っていたのですか?」
「・・・・・」
ナオは聞こえないフリをして、ロレンツェの質問に答えなかった。いや、答える事が出来なかったというのが正解だろう。
しばらく走って大きな洞窟の前で車は止まる。
「ロレンツェ。降りて。
大事な話がある。」
ロレンツェと二人で後部座席に乗っていたナオはドアを開けて外にでて、少し離れた所でロレンツェを待つ。
謎な物体の自動車、今日のナオの雰囲気、ただ事ではない何かがあるのだろう。
そう考え、ロレンツェは既に緊張の面もちで構えていた。
「ロレンツェ・・・ごめん。
私はもとの世界に帰りたい。」
今にも泣き出しそうなほどの真剣で切ない表情だった。
「どういう事なのですか?」
不安な気持ちをぐっと抑えてロレンツェは言った。
「私は長谷部君と同じ所から来た。
でもそれはこの、グラン・シエクルという世界ではない、遠い異世界。」
「やはり、そうなのですね・・・。」
「うん。帰る事は諦めていたのだけど、こうして長谷部君がやってきた。
彼は今ならまだ帰れるだろうと言った。
その道がこの洞窟の奥。」
「今日の朝、全ての引き継ぎを書面にしたためて置いてきた。
それとみんなに手紙も。
急だし、無責任だという事もよくわかってる。
でも今、帰らなかったら次にまたチャンスがあるかわからない。」
「故国に帰りたいという気持ちはとてもよくわかります。しかし、理由はそれが全てなのですか?」
「・・・ちがう。」
「私は、本当の私はこんなじゃない・・・。」
ナオは重く、辛い言葉をポツリポツリと吐き出し始める。涙腺には涙が溜まり始めている。
「本当の私は長谷部君と同じ黒髪で34歳のどこにでもいる普通の女。自分に自信なんてない女。
それがこんな金髪碧眼の美少女になり、見た目で勝手に自信を持った。」
「これまでなんとかやって来たけど、でもすべてこの身体だからうまくいってた。
だけど元の自分と今の自分とを振り返ってみて、ちゃんと向き合ってみて、忘れていたことに気づいてしまった。
これは、本当の私ではないのだと。」
「気づいてしまって、自分というものを見失ってしまった。私は私という人間がわからなくなってる。
この世界に来てからの全てが虚構で、それがなくなってしまったらと想像すると喪失感で耐えきれない・・・・。」
「・・・だから、もとの世界で本当の私に立ち返って、もう一度やり直したい・・・。」
伏しているナオの顔から、大粒の涙が次々に地面に落ちる。身体は小刻みに震えている。
ナオの言葉を受け止めたロレンツェはゆっくりとナオに近づく。
そして、優しく抱きしめた。
「わかりました。お引き留めいたしません。
ただ、聞いていただきたいことがあります。」
背が大きいロレンツェはナオを自分の首もとにうずめながら静かに言った。
「確かにきっかけは見た目で自信を持てたということがあるかもしれません。
しかし、皇城での夜会のときも、国境都市ネルトのときも、そして海賊につかまってさえも、いつの時もナオ様の信念が、真心が、周りを動かしたのです。
それは紛れもなく、ナオ様の魂の意思であり、身体の美しさの力ではありません。
私はナオ様を敬愛しています。
それは見た目ではありません。素直で優しくて強がりで意地っ張りで、すぐ人と心を通わせてしまう・・・。
そんなナオ様が大好きなのです。
先ほど、ナオ様は自分の事がわからないとおっしゃいました。
これから先もわからないかもしれません。
でも、これだけは知っていてください。
ナオ様が自分を見失ったとしても、私がいます。
この1年、ずっとお傍で見てきました。ナオ様自身よりも、私の方がナオ様を知っています。
ナオ様の心が、魂が、ナオ様という存在がいかなるものか、いつでも、どんな時でも私が証明いたします。」
ロレンツェの言葉には力がこもっていた。同時にナオを抱く手にも力が入る。先ほどよりもロレンツェの体温までも上がっているのにナオは気づく。
自分ではない誰かが、自分を肯定して存在を証明してくれる。
それを目の当たりにしたとき、人は何事にも得難い充足感を得る。
まさに今ナオはその感情に満たされていた。
「あと、もう一つ。
以前申し上げた通り、私はナオ様の剣と盾です。
ナオ様が行かれるのなら、私もついて行きます。フフ。」
「ロレンツェ・・・・」
初めて出会った時と全く同じように、ナオはロレンツェのブラウスを涙で濡らす。
「ナオ様!ナオ様!!」
一頻り泣き続けた後、急にロレンツェの急かす声に驚き、ナオは顔をあげて目を開いた。
すると、辺り一面に眩い光に包まれて、目に見える全てが輪郭を失った。
ロレンツェが後ろに長谷部賢人を乗せる。ナオはすでに一人で馬に乗ることが出来るようになっている。
「なんですか、コレ!?」
始めてみる箱型の白い物体にロレンツェが驚く。山道の端に停めていた長谷部賢人の自動車だ。
「ロレンツェさん。
これは自動車と言いまして、その名の通り、馬や人力ではなく、自動的に動くんです。」
長谷部賢人はロレンツェに優しく説明した。ほうーっとロレンツェが関心する。
三人は自動車に乗り込み、山道を進んだ。
二頭の馬は縄を括り付けて、車と一緒に低速で走る。
「すごい、すごい技術ですね!
勝手に動いているし、馬車のような振動がない!」
ロレンツェは目を輝かせてキョロキョロしている。興奮が止まない。
「しかし長谷部さんはナオ様と同郷だと昨日おっしゃられていましたが、という事はナオ様もこの自動車なるものを知っていたのですか?」
「・・・・・」
ナオは聞こえないフリをして、ロレンツェの質問に答えなかった。いや、答える事が出来なかったというのが正解だろう。
しばらく走って大きな洞窟の前で車は止まる。
「ロレンツェ。降りて。
大事な話がある。」
ロレンツェと二人で後部座席に乗っていたナオはドアを開けて外にでて、少し離れた所でロレンツェを待つ。
謎な物体の自動車、今日のナオの雰囲気、ただ事ではない何かがあるのだろう。
そう考え、ロレンツェは既に緊張の面もちで構えていた。
「ロレンツェ・・・ごめん。
私はもとの世界に帰りたい。」
今にも泣き出しそうなほどの真剣で切ない表情だった。
「どういう事なのですか?」
不安な気持ちをぐっと抑えてロレンツェは言った。
「私は長谷部君と同じ所から来た。
でもそれはこの、グラン・シエクルという世界ではない、遠い異世界。」
「やはり、そうなのですね・・・。」
「うん。帰る事は諦めていたのだけど、こうして長谷部君がやってきた。
彼は今ならまだ帰れるだろうと言った。
その道がこの洞窟の奥。」
「今日の朝、全ての引き継ぎを書面にしたためて置いてきた。
それとみんなに手紙も。
急だし、無責任だという事もよくわかってる。
でも今、帰らなかったら次にまたチャンスがあるかわからない。」
「故国に帰りたいという気持ちはとてもよくわかります。しかし、理由はそれが全てなのですか?」
「・・・ちがう。」
「私は、本当の私はこんなじゃない・・・。」
ナオは重く、辛い言葉をポツリポツリと吐き出し始める。涙腺には涙が溜まり始めている。
「本当の私は長谷部君と同じ黒髪で34歳のどこにでもいる普通の女。自分に自信なんてない女。
それがこんな金髪碧眼の美少女になり、見た目で勝手に自信を持った。」
「これまでなんとかやって来たけど、でもすべてこの身体だからうまくいってた。
だけど元の自分と今の自分とを振り返ってみて、ちゃんと向き合ってみて、忘れていたことに気づいてしまった。
これは、本当の私ではないのだと。」
「気づいてしまって、自分というものを見失ってしまった。私は私という人間がわからなくなってる。
この世界に来てからの全てが虚構で、それがなくなってしまったらと想像すると喪失感で耐えきれない・・・・。」
「・・・だから、もとの世界で本当の私に立ち返って、もう一度やり直したい・・・。」
伏しているナオの顔から、大粒の涙が次々に地面に落ちる。身体は小刻みに震えている。
ナオの言葉を受け止めたロレンツェはゆっくりとナオに近づく。
そして、優しく抱きしめた。
「わかりました。お引き留めいたしません。
ただ、聞いていただきたいことがあります。」
背が大きいロレンツェはナオを自分の首もとにうずめながら静かに言った。
「確かにきっかけは見た目で自信を持てたということがあるかもしれません。
しかし、皇城での夜会のときも、国境都市ネルトのときも、そして海賊につかまってさえも、いつの時もナオ様の信念が、真心が、周りを動かしたのです。
それは紛れもなく、ナオ様の魂の意思であり、身体の美しさの力ではありません。
私はナオ様を敬愛しています。
それは見た目ではありません。素直で優しくて強がりで意地っ張りで、すぐ人と心を通わせてしまう・・・。
そんなナオ様が大好きなのです。
先ほど、ナオ様は自分の事がわからないとおっしゃいました。
これから先もわからないかもしれません。
でも、これだけは知っていてください。
ナオ様が自分を見失ったとしても、私がいます。
この1年、ずっとお傍で見てきました。ナオ様自身よりも、私の方がナオ様を知っています。
ナオ様の心が、魂が、ナオ様という存在がいかなるものか、いつでも、どんな時でも私が証明いたします。」
ロレンツェの言葉には力がこもっていた。同時にナオを抱く手にも力が入る。先ほどよりもロレンツェの体温までも上がっているのにナオは気づく。
自分ではない誰かが、自分を肯定して存在を証明してくれる。
それを目の当たりにしたとき、人は何事にも得難い充足感を得る。
まさに今ナオはその感情に満たされていた。
「あと、もう一つ。
以前申し上げた通り、私はナオ様の剣と盾です。
ナオ様が行かれるのなら、私もついて行きます。フフ。」
「ロレンツェ・・・・」
初めて出会った時と全く同じように、ナオはロレンツェのブラウスを涙で濡らす。
「ナオ様!ナオ様!!」
一頻り泣き続けた後、急にロレンツェの急かす声に驚き、ナオは顔をあげて目を開いた。
すると、辺り一面に眩い光に包まれて、目に見える全てが輪郭を失った。
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