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第六章 正体
34歳の出番はない武術大会
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「ナオ様!さすがにそろそろ起きてください!」
ロレンツェは寝台のナオの身体をゆすって必死に起こそうとする。
ナオは開いていたと思っていた目がまた開くことに気づく。
目にはロレンツェと皇城のナオの私室の天蓋が映りこむ。
「大丈夫ですか?きっとお疲れが出たのでしょう。
午前の諸々の政務はフィリップ様が肩代わりされております。」
訳が分からないまま、ナオは寝台の上のまま、身体を起こす。
ロレンツェは微笑むとナオに淹れたての紅茶を差し出した。
ナオは一口紅茶を含むと頭の中を整理し始めた。
「ロレンツェ。長谷部くんは?」
「ハセベクン?どなたですか?」
「いや、黒髪の私の同郷の・・・。」
「何をおっしゃられているのですか?さてはまだ寝ぼけておられますね。今日はもうだめですよっ。さすがに武術大会の決勝に間に合わなくなります。」
少しずつ理解してくる現実と比例して、だんだんナオの顔色が青ざめてくる。
「こっこれは・・・・信じられない、信じられない・・・・まさかの禁断の寝オチ!!!」
孤児院の帰りの辺りの出来事から全て夢だった事にナオは気づく。愕然となって肩を落とす。
『しかし、とてもリアルな夢・・・。
ああ、そうか・・・。どこかで帰りたいという気持ちがまだあったんだ。』
そう思うのと同時に夢の影響か、トラックに撥ねられた時の記憶が鮮明に蘇る。
否が応にも、もとの世界のナオはもう死んでしまっているという事実を思い出させられる。
それはもう認めざるを得なかった。
『それはそうと、隠れていた自分の気持ちに向き合わされた気がする・・・。
遅かれ早かれ何かのきっかけできっと悩んでしまったでしょうね・・・。でも』
ナオは顔を上げてロレンツェを見た。
ロレンツェはナオの今日の衣装を用意している最中だ。
「ありがとう、ロレンツェ」
前ふりもなく、ナオはロレンツェにお礼を言った。
ロレンツェはナオの突然の言葉に不思議そうな顔をしたが、すぐ笑顔になった。
『きっとあなたは現実でも同じことを言ってくれたでしょう。
私も、私もあなたという素晴らしい人の存在を証明できるわ。』
ナオは心の中で、そう呟いた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「おおう。やっと出てきたか、朝寝坊の小娘め。」
武術大会の会場となっている演習場にやって来たナオに賢老フィリップ・パスカルは声を掛ける。
特別に用意された主賓席の一つにフィリップは座っていた。
他にも貴族たちが何人も観戦していて、大会を楽しんでいた。
配下の騎士が出ていることが多く、あちこちで飛ぶ声援には野蛮な熱が入っている。
武術大会はラヴェルが企画し、主催を宰相ナオの名のもとで開催された。
武道を志す者ならだれでも参加可能、前日の予選を勝ち抜いた者が本日の決勝トーナメントに出場。すでに準決勝まで大会は進んでいた。
準々決勝で海賊の娘レルミタとフィリップ・パスカルの息子クリストフが当たった。
クリストフは普段からレルミタとの距離を詰めようといろいろ試行錯誤しているが、いつも暴力的に返り討ちにあっている。
今日こそはとばかりに力が入っていたが、やはりレルミタには勝てなかった。
クリストフは剣の実力がある方だが、レルミタは意に介せぬくらい抜群に強かった。最後はお尻に模擬剣を刺された。皇城内に嬌声とも悲鳴とも区別のつかない声が響き渡ったらしい。
準決勝は一戦目はスタインベルグ王国王子ブラハとナオの公式施設部隊の隊長ラヴェル。
「ブラハ殿!ラヴェル殿!頑張って!」
やっと主賓席に座ったナオが二人に声援を送った。
「仕方のないことですが、私の方が後に名前を呼ばれるなど屈辱!」
会場内に入ったラヴェルはとてつもない殺気を纏う。
「ラヴェル殿。今日は勝たせていただきます。」
当然、ブラハにも気合が入る。ナオが来場して、やっと見てもらいたい相手が来たのだ。
両者はファイティングポーズのように片手に剣、もう片方に盾を構える。騎士の間で基本の型として採用されている構えだ。
ラヴェルがすり足で一歩進んだかと思った瞬間にブラハが大きく踏み出す。
その勢いでブラハは盾で上半身を隠しつつ剣を大きく振りかぶり、袈裟懸けに斬りつける。
ラヴェルは受けずに後ろに跳んだ。
しかし空を斬ったブラハは手首を返し、剣をそのまま逆袈裟斬りにする。
それをラヴェルは盾に体重を乗せて押し付けるように防ぐと、脇に引きつけていた剣で突きを放つ。
体重が乗った盾に押され、重心を崩されたブラハだが盾でラヴェルの突きを上方に受け流す。
それと同時にかがみ込み、ラヴェルの右太もも目がけて斬り払う。
盾も剣も間に合わないと察知したラヴェルは、曲芸とばかりに手から拳一つ分先に延びている剣の柄でブラハの剣を防ぐ。だが、剣圧を防ぎきれず、剣の柄がラヴェルの太ももを激しく強打する。
しかしラヴェルはひるまず、左の盾ごとブラハに体当たりをして吹っ飛ばす。
体勢を崩したブラハにラヴェルは体当たりの勢いを加えて身体を回転させ、さらに慣性を乗せて両手で真横に寸胴切りをする。
盾でブラハは防ぐもその勢いに大きく弾き飛ばされ、片膝をつく。
その隙を逃さず、ラヴェルの剣戟が襲い掛かる。
体勢を崩したままブラハは五度ほど剣戟を受けるが、六度目の上段からの剣戟に狙いを定めてラヴェルの剣を大きく上に弾き返す。
ラヴェルの重心が少し浮いたその瞬間に、ブラハは足払いをして綺麗にラヴェルの足を刈り取った。
そして地面に仰向けに倒れたラヴェルの喉元に、ブラハの剣がかざされる。
「参りました・・・」
ため息の後、ラヴェルは目を閉じて降参した。
ものの4,5分程度の攻防であったが、速度、技術、膂力。全てに於いて、この大会一番の激しい攻防であった。
ラヴェルがブラハの手を借りて立ち上がると、息をのむのも忘れていた周りの観衆から盛大な拍手が起こる。
「ブラハ殿下。あそこで足払いとは・・・。ロレンツェの影響を受けていますね。私も、もっと精進します。」
ラヴェルはブラハのそう言い残して、医務室に下がる。悔しそうな表情ではあったが、最後に笑って去った。
「まっとうな剣技ではあなたに勝てませんよ。ラヴェル殿・・・。」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
準決勝2戦目。
海賊の娘レルミタと一般参加の騎士との対戦。
レルミタは肩が出ている露出の多い軽装だ。両手に一本ずつ、少し長めなダガーの模擬剣を手にしている。
対する騎士は黒い外套を纏ったままで、隙間から見える服やブーツも全て真っ黒だ。
髪色はブラハと似た明るい栗色の髪で年齢は三〇歳ほど。非常に険しい表情をしている。
手には両手剣を携える。
「それでは、始め!」
一応いる審判が声を掛ける。
レルミタが瞬時に黒衣の騎士に詰め寄る。相当に速い動きだ。
黒衣の騎士の前に来た瞬間、レルミタは右に飛び跳ね、回りこむ。
反応が遅れた黒衣の騎士に、レルミタのダガーの突きが襲い掛かる。
誰もがもう決まったと思った瞬間、髪が突風で舞い上がり、レルミタのダガーが宙を舞う。
黒衣の騎士が持つ、重いはずの両手剣が瞬く間にダガーを弾いていた。
レルミタの動きに完全に反応できていなかったのにも関わらず、ものすごい剣速で対応した。
だがレルミタはすぐに後ろに跳躍し、落ちてくるダガーを回収する。
そして回収した瞬間に再加速して黒衣の騎士の前に飛び込む。
体勢を低くして、ダガーを突き出そうとするレルミタに黒衣の騎士の剣戟が打ち下ろされる。
しかし、レルミタの突きは初めからフリで、そう見せかけて剣戟のあとに隙ができるであろう左側に跳躍していた。
が、しかし黒衣の騎士も予想してらしく、空を斬った両手剣を地面に当て、反動で左側に真横に切り返す。
その斬撃をレルミタは斬撃に飛び込むように横に宙返りをして躱した。
おおーっと会場内がどよめく。
だが次の瞬間に、黒衣の騎士は真横に空を斬ったまま、一回転してさらに速い速度で真横に斬りつける。
レルミタはたまらず、両のダガーでその斬撃を受けるが、その力に全く勝てず、吹っ飛ばされる。
しかし、飛ばされながらも身体を捻ってバランスを整え、綺麗に着地する。
そしてまた宙を飛んでいるダガーを跳躍してキャッチする。人二人分の背丈くらいはあるすごい跳躍力だ。
だが、次の瞬間レルミタが目にしたものは、自分と同じ高さまで跳躍している黒衣の騎士だった。
スローモーションのように黒衣の騎士の斬撃がレルミタの右肩に食い込んでいく。
「がはっ!」
斬撃の勢いで地面に激しく打ち付けられたレルミタ。
背中を強く打ち、呼吸ができなかった。
しかも右肩は間違いなく鎖骨が折れている。
「そっそれまで!!」
審判が慌てて、試合を中段する。黒衣の騎士はさらにレルミタに襲い掛かろうとしていた。
「大丈夫か!?レルミタ!」
試合を見ていたクリストフが我先にとレルミタに駆け寄る。
むき出しになっている右肩が見る見るうちに青黒く変色していく。
「てめえ!」
翻って黒衣の騎士を睨み付けようとしたクリストフだが、黒衣の騎士はすでにその場にいなかった。
ちっと舌打ちをしてクリストフはレルミタを抱えて医務室に走っていった。
「レルミタ、大丈夫でしょうか・・・。彼女が負けるなんて。
なんだか大変なことになってきました。」
「ナオ殿。お任せください。私が必ず勝ちます。」
ナオの隣でブラハは拳を握りしめた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
休憩後、決勝戦が始まる。
ブラハと黒衣の騎士が対峙している。
「レルミタの敵を取る。容赦はしない。」
ブラハは剣を黒衣の騎士に向け、言い放った。
それに対して黒衣の騎士はにやりと笑う。
その刹那、黒衣の騎士が猛然と走り込み、ブラハと打ち合う。
黒衣の騎士の膂力に驚くが、ブラハも負けてはいない。鍔迫り合いに力を籠める。
「女性に対しての紳士っぷり。マルゴ・アルマニャック様の教えを守られているのですね。」
鍔迫り合いの最中に、誰にも聞こえないほどの声で黒衣の騎士はブラハに囁いた。
ブラハの眉が曇り、さらに力を込めて剣を打ち払った。
「お前は何者だ!なぜ姉のマルゴを知っている!!」
激しく激高しているが、明らかにブラハは狼狽えている。
ブラハの姉、マルゴ。スタインベルグ王国王子ブラハのハトコの姉。
正確には十数年前に滅んだ亡国の王女マルゴ・アルマニャック。
物語は周りを巻き込んで大きく動き始める。
ロレンツェは寝台のナオの身体をゆすって必死に起こそうとする。
ナオは開いていたと思っていた目がまた開くことに気づく。
目にはロレンツェと皇城のナオの私室の天蓋が映りこむ。
「大丈夫ですか?きっとお疲れが出たのでしょう。
午前の諸々の政務はフィリップ様が肩代わりされております。」
訳が分からないまま、ナオは寝台の上のまま、身体を起こす。
ロレンツェは微笑むとナオに淹れたての紅茶を差し出した。
ナオは一口紅茶を含むと頭の中を整理し始めた。
「ロレンツェ。長谷部くんは?」
「ハセベクン?どなたですか?」
「いや、黒髪の私の同郷の・・・。」
「何をおっしゃられているのですか?さてはまだ寝ぼけておられますね。今日はもうだめですよっ。さすがに武術大会の決勝に間に合わなくなります。」
少しずつ理解してくる現実と比例して、だんだんナオの顔色が青ざめてくる。
「こっこれは・・・・信じられない、信じられない・・・・まさかの禁断の寝オチ!!!」
孤児院の帰りの辺りの出来事から全て夢だった事にナオは気づく。愕然となって肩を落とす。
『しかし、とてもリアルな夢・・・。
ああ、そうか・・・。どこかで帰りたいという気持ちがまだあったんだ。』
そう思うのと同時に夢の影響か、トラックに撥ねられた時の記憶が鮮明に蘇る。
否が応にも、もとの世界のナオはもう死んでしまっているという事実を思い出させられる。
それはもう認めざるを得なかった。
『それはそうと、隠れていた自分の気持ちに向き合わされた気がする・・・。
遅かれ早かれ何かのきっかけできっと悩んでしまったでしょうね・・・。でも』
ナオは顔を上げてロレンツェを見た。
ロレンツェはナオの今日の衣装を用意している最中だ。
「ありがとう、ロレンツェ」
前ふりもなく、ナオはロレンツェにお礼を言った。
ロレンツェはナオの突然の言葉に不思議そうな顔をしたが、すぐ笑顔になった。
『きっとあなたは現実でも同じことを言ってくれたでしょう。
私も、私もあなたという素晴らしい人の存在を証明できるわ。』
ナオは心の中で、そう呟いた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「おおう。やっと出てきたか、朝寝坊の小娘め。」
武術大会の会場となっている演習場にやって来たナオに賢老フィリップ・パスカルは声を掛ける。
特別に用意された主賓席の一つにフィリップは座っていた。
他にも貴族たちが何人も観戦していて、大会を楽しんでいた。
配下の騎士が出ていることが多く、あちこちで飛ぶ声援には野蛮な熱が入っている。
武術大会はラヴェルが企画し、主催を宰相ナオの名のもとで開催された。
武道を志す者ならだれでも参加可能、前日の予選を勝ち抜いた者が本日の決勝トーナメントに出場。すでに準決勝まで大会は進んでいた。
準々決勝で海賊の娘レルミタとフィリップ・パスカルの息子クリストフが当たった。
クリストフは普段からレルミタとの距離を詰めようといろいろ試行錯誤しているが、いつも暴力的に返り討ちにあっている。
今日こそはとばかりに力が入っていたが、やはりレルミタには勝てなかった。
クリストフは剣の実力がある方だが、レルミタは意に介せぬくらい抜群に強かった。最後はお尻に模擬剣を刺された。皇城内に嬌声とも悲鳴とも区別のつかない声が響き渡ったらしい。
準決勝は一戦目はスタインベルグ王国王子ブラハとナオの公式施設部隊の隊長ラヴェル。
「ブラハ殿!ラヴェル殿!頑張って!」
やっと主賓席に座ったナオが二人に声援を送った。
「仕方のないことですが、私の方が後に名前を呼ばれるなど屈辱!」
会場内に入ったラヴェルはとてつもない殺気を纏う。
「ラヴェル殿。今日は勝たせていただきます。」
当然、ブラハにも気合が入る。ナオが来場して、やっと見てもらいたい相手が来たのだ。
両者はファイティングポーズのように片手に剣、もう片方に盾を構える。騎士の間で基本の型として採用されている構えだ。
ラヴェルがすり足で一歩進んだかと思った瞬間にブラハが大きく踏み出す。
その勢いでブラハは盾で上半身を隠しつつ剣を大きく振りかぶり、袈裟懸けに斬りつける。
ラヴェルは受けずに後ろに跳んだ。
しかし空を斬ったブラハは手首を返し、剣をそのまま逆袈裟斬りにする。
それをラヴェルは盾に体重を乗せて押し付けるように防ぐと、脇に引きつけていた剣で突きを放つ。
体重が乗った盾に押され、重心を崩されたブラハだが盾でラヴェルの突きを上方に受け流す。
それと同時にかがみ込み、ラヴェルの右太もも目がけて斬り払う。
盾も剣も間に合わないと察知したラヴェルは、曲芸とばかりに手から拳一つ分先に延びている剣の柄でブラハの剣を防ぐ。だが、剣圧を防ぎきれず、剣の柄がラヴェルの太ももを激しく強打する。
しかしラヴェルはひるまず、左の盾ごとブラハに体当たりをして吹っ飛ばす。
体勢を崩したブラハにラヴェルは体当たりの勢いを加えて身体を回転させ、さらに慣性を乗せて両手で真横に寸胴切りをする。
盾でブラハは防ぐもその勢いに大きく弾き飛ばされ、片膝をつく。
その隙を逃さず、ラヴェルの剣戟が襲い掛かる。
体勢を崩したままブラハは五度ほど剣戟を受けるが、六度目の上段からの剣戟に狙いを定めてラヴェルの剣を大きく上に弾き返す。
ラヴェルの重心が少し浮いたその瞬間に、ブラハは足払いをして綺麗にラヴェルの足を刈り取った。
そして地面に仰向けに倒れたラヴェルの喉元に、ブラハの剣がかざされる。
「参りました・・・」
ため息の後、ラヴェルは目を閉じて降参した。
ものの4,5分程度の攻防であったが、速度、技術、膂力。全てに於いて、この大会一番の激しい攻防であった。
ラヴェルがブラハの手を借りて立ち上がると、息をのむのも忘れていた周りの観衆から盛大な拍手が起こる。
「ブラハ殿下。あそこで足払いとは・・・。ロレンツェの影響を受けていますね。私も、もっと精進します。」
ラヴェルはブラハのそう言い残して、医務室に下がる。悔しそうな表情ではあったが、最後に笑って去った。
「まっとうな剣技ではあなたに勝てませんよ。ラヴェル殿・・・。」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
準決勝2戦目。
海賊の娘レルミタと一般参加の騎士との対戦。
レルミタは肩が出ている露出の多い軽装だ。両手に一本ずつ、少し長めなダガーの模擬剣を手にしている。
対する騎士は黒い外套を纏ったままで、隙間から見える服やブーツも全て真っ黒だ。
髪色はブラハと似た明るい栗色の髪で年齢は三〇歳ほど。非常に険しい表情をしている。
手には両手剣を携える。
「それでは、始め!」
一応いる審判が声を掛ける。
レルミタが瞬時に黒衣の騎士に詰め寄る。相当に速い動きだ。
黒衣の騎士の前に来た瞬間、レルミタは右に飛び跳ね、回りこむ。
反応が遅れた黒衣の騎士に、レルミタのダガーの突きが襲い掛かる。
誰もがもう決まったと思った瞬間、髪が突風で舞い上がり、レルミタのダガーが宙を舞う。
黒衣の騎士が持つ、重いはずの両手剣が瞬く間にダガーを弾いていた。
レルミタの動きに完全に反応できていなかったのにも関わらず、ものすごい剣速で対応した。
だがレルミタはすぐに後ろに跳躍し、落ちてくるダガーを回収する。
そして回収した瞬間に再加速して黒衣の騎士の前に飛び込む。
体勢を低くして、ダガーを突き出そうとするレルミタに黒衣の騎士の剣戟が打ち下ろされる。
しかし、レルミタの突きは初めからフリで、そう見せかけて剣戟のあとに隙ができるであろう左側に跳躍していた。
が、しかし黒衣の騎士も予想してらしく、空を斬った両手剣を地面に当て、反動で左側に真横に切り返す。
その斬撃をレルミタは斬撃に飛び込むように横に宙返りをして躱した。
おおーっと会場内がどよめく。
だが次の瞬間に、黒衣の騎士は真横に空を斬ったまま、一回転してさらに速い速度で真横に斬りつける。
レルミタはたまらず、両のダガーでその斬撃を受けるが、その力に全く勝てず、吹っ飛ばされる。
しかし、飛ばされながらも身体を捻ってバランスを整え、綺麗に着地する。
そしてまた宙を飛んでいるダガーを跳躍してキャッチする。人二人分の背丈くらいはあるすごい跳躍力だ。
だが、次の瞬間レルミタが目にしたものは、自分と同じ高さまで跳躍している黒衣の騎士だった。
スローモーションのように黒衣の騎士の斬撃がレルミタの右肩に食い込んでいく。
「がはっ!」
斬撃の勢いで地面に激しく打ち付けられたレルミタ。
背中を強く打ち、呼吸ができなかった。
しかも右肩は間違いなく鎖骨が折れている。
「そっそれまで!!」
審判が慌てて、試合を中段する。黒衣の騎士はさらにレルミタに襲い掛かろうとしていた。
「大丈夫か!?レルミタ!」
試合を見ていたクリストフが我先にとレルミタに駆け寄る。
むき出しになっている右肩が見る見るうちに青黒く変色していく。
「てめえ!」
翻って黒衣の騎士を睨み付けようとしたクリストフだが、黒衣の騎士はすでにその場にいなかった。
ちっと舌打ちをしてクリストフはレルミタを抱えて医務室に走っていった。
「レルミタ、大丈夫でしょうか・・・。彼女が負けるなんて。
なんだか大変なことになってきました。」
「ナオ殿。お任せください。私が必ず勝ちます。」
ナオの隣でブラハは拳を握りしめた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
休憩後、決勝戦が始まる。
ブラハと黒衣の騎士が対峙している。
「レルミタの敵を取る。容赦はしない。」
ブラハは剣を黒衣の騎士に向け、言い放った。
それに対して黒衣の騎士はにやりと笑う。
その刹那、黒衣の騎士が猛然と走り込み、ブラハと打ち合う。
黒衣の騎士の膂力に驚くが、ブラハも負けてはいない。鍔迫り合いに力を籠める。
「女性に対しての紳士っぷり。マルゴ・アルマニャック様の教えを守られているのですね。」
鍔迫り合いの最中に、誰にも聞こえないほどの声で黒衣の騎士はブラハに囁いた。
ブラハの眉が曇り、さらに力を込めて剣を打ち払った。
「お前は何者だ!なぜ姉のマルゴを知っている!!」
激しく激高しているが、明らかにブラハは狼狽えている。
ブラハの姉、マルゴ。スタインベルグ王国王子ブラハのハトコの姉。
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