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第六章 正体
34歳が背負うべき業
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「私に勝てたら、全てお教えしましょう。ブラハ殿下。」
黒衣の騎士は薄気味悪い笑みを浮かべて言った。
「ならば!どちらにせよ覚悟するがいい!」
ブラハは言い終わる前に猛然と黒衣の騎士に飛びかかった。
体重を乗せて剣を振り下ろす。
黒衣の騎士は難なく両手剣で受け止め、はじき返す。
だが、立て続けにブラハは剣を振るう。
片手剣ではあるが、ブラハの剣戟はかなりの重さがある。そして剣速も常人のそれをはるかに超えているし、まず重い両手剣では速さについて行けない。
しかし、黒衣の騎士は両手剣で受け止めつつ、加速する連撃を体術も併せてひらりと躱す。
ブラハは遊ばれているのか、しばらく攻め続けるが全く優位には立てない。
そうなると体力を消耗するのはブラハの方だ。次第に剣速に鈍りが見えてくる。
「勢いは最初だけでしたな、殿下。もっと鍛えられよ。」
黒衣の騎士は勢いよくブラハの剣を弾いた後、大きく振りかぶる。
「そうなるよな!」
実はブラハは罠を張っていた。剣速は遅くなったのではなく、あえて遅くして隙を見せて油断を誘っていた。
ブラハは剣を持つ腕を弾かれたまま、盾を持つ左腕に力を込めて体当たりをしようとした。
黒衣の騎士は大きく振りかぶっている。その身体に体当たりが決まると誰もが思った瞬間、黒衣の騎士は右膝で盾を蹴り、さらに左足で盾を踏みつけてそのまま前宙をして翻った。
見事な曲芸に一瞬目を奪われるが、ブラハは盾で胴体を守りつつ、すぐさま突きを構えて突撃する。
しかし、黒衣の騎士はしゃがみ込み、その手の両手剣で足を薙ぎ払おうとする。
負けじとブラハは足を刈られる前にそのままの勢いで黒衣の騎士に向かって飛び込んだ。
黒衣の騎士は突きの剣は躱したが、飛び込んできたブラハによって盾ごと押し倒された。
「正統派の剣技の王族がこんなやり方をするとは・・・」
わが身の安全を振り返らず、文字通り飛び込んできたブラハ。思いもよらない行動に面くらって黒衣の騎士は対応できなかった。
盾ごと押し倒したまま、ブラハは剣を黒衣の騎士の首筋に当てた。
「本来なら気絶するまで殴り倒したいところだが、これで終わりだ。」
ブラハは黒衣の騎士に吐き捨てるように言う。
「いいや、まだですよ。殿下。
私はアルマニャック王国、マルゴ王女の従者マルク・ダシュトゥール。
私が今更、宰相様の前に現れたことの意味がお分かりになりませんか?」
黒衣の騎士は意味ありげな言葉を吐き、ブラハの動揺を誘った。
ブラハは当然のように術中に嵌まり、見事に動揺する。
ブラハは子供の頃、お遊びでチャンバラの相手をしてくれたマルクという優しい騎士の顔を思い出す。
だが、目の前にいる騎士は言われてみれば顔立ちこそその騎士だと思えるが、痩せて、苦労が深く刻まれた皺、冷たい視線、暗い表情、思い出の中にある騎士と同一人物とは想像できなかった。
「本当にあの、従者のマルク・ダシュトゥール?・・・何度も剣を教えてくれた・・・?」
黒衣の騎士はわかりやすい揺動にかかったブラハを見て口元に笑みを浮かべつつ、隙ができている脇腹に両手剣の柄で殴りつける。痛みで身体が浮いたブラハを、勢いをつけて押しのける。
そして黒衣の騎士は立ち上がった瞬間に、膝をついたままのブラハの首に剣を押し付けていた。
「ご無沙汰いたしております。ブラハ殿下。そして、この勝負は私の勝ちです。相変わらず、揺動に弱い。」
脇腹の痛みに顔を歪めつつ、ブラハは目を閉じた。
「わかった。私の負けだ。やはり貴公には勝てない。」
子供の頃のブラハはお遊びチャンバラでも真剣な剣の稽古でも、一度もマルクに勝ったことがなかった。
「ハハハ。覚えていてくださいましたか。」
その笑い声にようやくブラハは以前の知っている騎士だと確信した。
「積もる話は後にしよう。肋骨にヒビが入っていそうだ。」
「申し訳ございません。
しかし、私は宰相様とどうしても直にお話し出来る機会を作らなければならなかったものですので。」
黒衣の騎士マルクは手を差し伸べてブラハを立たせてあげる。
その後に審判が告げた。
「優勝者はマルク・ダシュトゥール殿!!」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ブラハに勝った黒衣の騎士マルク・ダシュトゥール。その騎士が初の武術大会の優勝者となった。
オルネア帝国の者が優勝出来なかったという事は不名誉な事ではあるが、誰でも優勝の可能性がある。
公平性が守られているというは世に伝わるだろう。
少しの後、表彰式が行われた。
三位まで表彰されるが、三位決定戦はレルミタのケガが重く実施されなかった。
ラヴェルとレルミタは同立三位という事になった。
医務室のレルミタの代わりに、なぜかクリストフが代理で表彰される。
「さあ、最後になりました。
それではマルク・ダシュトゥール殿。前に。」
表彰台の上からナオが言った。
後ろには賢老フィリップとオルネア帝国の騎士が控えている。
他国の騎士が宰相の面前に立つのだ。
何かしでかすかもしれない。騎士は全員鞘に手を掛けている。
黒衣の騎士マルク・ダシュトゥールが壇上に上がる。
ナオの前で片膝をつき、頭を垂れる。
「流浪の騎士マルク・ダシュトゥール殿。
今回の武術大会に於いて、見事なまでの剣技でございました。
我々オルネア帝国の騎士にとっても非常に大きな刺激になる事でしょう。
これにしたためた栄誉と報償を与えます。
それと、もし士官先がなければ我がオルネア帝国が受け入れます。
よろしければお考え下さい。」
ナオはマルク・ダシュトゥールを立たせ、証書を手渡す。
「さあ、列席の皆様!この素晴らしき騎士殿に盛大な拍手を!」
ワアー!との歓声と共に周りの音が全く聞こえなくなる程の拍手が沸き起こる。
「宰相様。」
拍手のせいでナオとマルクの会話は周りの誰にも聞こえない。それを見計らってマルクが話し掛けた。
「やはり、私の事は覚えておいでではないですか。」
「?。はい。初対面ではありませんか?」
「やはり、魔術師殿の言っていた通りですか・・・。」
ため息混じりにマルクは呟く。
「魔術の影響であなた様は過去をお忘れになっております。」
ナオはドキっとする。
だが、過去とは?同時に疑問も沸く。
「あなた様は十年以上前にオルネア帝国に滅ぼされたアルマニャック王国の第一王女。
マルゴ・アルマニャック様です。」
いやいや、本当の私は山田直です、と心の中で呟くがすぐに気づく。
『この身体の持ち主か!?』
「国王陛下と王妃が殺され、アルマニャック王国がオルネア帝国に滅ぼされた後、あなたは一縷の望みを賭けて辺境に住む魔術師に転生の秘術を用いてもらったのです。
それはマルゴ様のご自身の魂と引き換え行う秘術でした。
故国の復活を叶える事が出来る魂をその身に宿そうとしたのです。」
マルク・ダシュトゥールは眉間に皺を寄せて、真剣な表情で語った。嘘をついているようには見えない。
「私はマルゴ様、あなた様に最期まで付き従った従者です。
魔術師曰く、相応しい魂が見つかるまでマルゴ様は次元の狭間で眠りについているとのこと。
目覚めはすぐなのか、何年も先なのか、それとも百年を過ぎてしまうのか。
さらに転生する場所もわかりませんでした。
ですが、私の役目は記憶を失っているマルゴ様を導くこと。そのためにマルゴ様を探して、この十数年、諸国を渡り歩きました。
本当によかったです。私が生きているうちにマルゴ様は転生された。
私は役目を果たすことができる。」
ナオは目の前の悲壮感漂う騎士が、感情のままに話し続ける言葉に聞き入ってしまっていた。
騎士の話が真実味を帯びてくるにつれ、ナオの身体は血の気が引き、極度の緊張状態になっていく。
「・・・・なにかあなたの言葉を証明するものはありますか?」
頭がクラクラし始めて思考が鈍くなるが、ナオは自分を奮い立たせて言葉を吐いた。
すると騎士は懐から一枚の羊皮紙を開いて見せる。
それには鳥が羽を大きく開いたような紋様が描かれている。
「これはアルマニャック王国の紋章です。豊穣と再生を司る森の精霊鳥シャンボールを象ったもの。
転生の儀式の際、マルゴ様は故国の再生を誓いました。
その誓いを魔術師は魔術を用いてマルゴ様の身体に刻み込みました。
どこにとは申し上げません。お分かりになるはず。」
はっとなり、ナオは目を見開いた。ただ、意識は目線の先にはなく右肩の後ろを思い浮かべていた。
ナオの右肩の後ろには、目の前の羊皮紙の紋様と全く同じ形のアザがある。
アザの事は最初に自分の身体を確認したとき以来、すっかり忘れていた。
「あなた様がマルゴ様であることは間違いありません。
次元の狭間で眠られていた間は年を取りません。あの時と全く同じお姿。そしてアザがあることはあなた様の表情が物語っています。」
騎士は再度膝をついて敬礼した。
「どうか、あなた様の悲願を受け止め、叶えてください。
仇敵オルネア帝国から祖国アルマニャック王国を開放してください。
そのためには私はなんでもいたします。私の今生は全てあなた様に捧げます。どうか、どうか。」
膝をついて頭を垂れている騎士の頬に涙が伝わり、雫が床に落ちる。
十数年もの間、長い年月ひたすら悲しみに耐え、使命を果たすために尽力してきた。やっと見つけたその希望が今目の前にいる。この騎士の胸中は誰にも推し量れないだろう。
その気持ちを慮りたいが、今のナオは極度の緊張と動揺でその騎士の気持ちを受け止めきれない。
「マルク殿・・・。混乱していて今は受け止められません・・・時間を下さい・・・。」
それがナオが言えた精一杯の言葉だった。
この世界に転生したナオ。しかし、その身体はスタインベルグ王国ブラハのハトコであり、十数年前のオルネア帝国の侵略戦争で滅亡した国、アルマニャック王国の第一王女マルゴ・アルマニャック。
その身に宿している業はオルネア帝国に対する復讐の炎、それが真実だった。
黒衣の騎士は薄気味悪い笑みを浮かべて言った。
「ならば!どちらにせよ覚悟するがいい!」
ブラハは言い終わる前に猛然と黒衣の騎士に飛びかかった。
体重を乗せて剣を振り下ろす。
黒衣の騎士は難なく両手剣で受け止め、はじき返す。
だが、立て続けにブラハは剣を振るう。
片手剣ではあるが、ブラハの剣戟はかなりの重さがある。そして剣速も常人のそれをはるかに超えているし、まず重い両手剣では速さについて行けない。
しかし、黒衣の騎士は両手剣で受け止めつつ、加速する連撃を体術も併せてひらりと躱す。
ブラハは遊ばれているのか、しばらく攻め続けるが全く優位には立てない。
そうなると体力を消耗するのはブラハの方だ。次第に剣速に鈍りが見えてくる。
「勢いは最初だけでしたな、殿下。もっと鍛えられよ。」
黒衣の騎士は勢いよくブラハの剣を弾いた後、大きく振りかぶる。
「そうなるよな!」
実はブラハは罠を張っていた。剣速は遅くなったのではなく、あえて遅くして隙を見せて油断を誘っていた。
ブラハは剣を持つ腕を弾かれたまま、盾を持つ左腕に力を込めて体当たりをしようとした。
黒衣の騎士は大きく振りかぶっている。その身体に体当たりが決まると誰もが思った瞬間、黒衣の騎士は右膝で盾を蹴り、さらに左足で盾を踏みつけてそのまま前宙をして翻った。
見事な曲芸に一瞬目を奪われるが、ブラハは盾で胴体を守りつつ、すぐさま突きを構えて突撃する。
しかし、黒衣の騎士はしゃがみ込み、その手の両手剣で足を薙ぎ払おうとする。
負けじとブラハは足を刈られる前にそのままの勢いで黒衣の騎士に向かって飛び込んだ。
黒衣の騎士は突きの剣は躱したが、飛び込んできたブラハによって盾ごと押し倒された。
「正統派の剣技の王族がこんなやり方をするとは・・・」
わが身の安全を振り返らず、文字通り飛び込んできたブラハ。思いもよらない行動に面くらって黒衣の騎士は対応できなかった。
盾ごと押し倒したまま、ブラハは剣を黒衣の騎士の首筋に当てた。
「本来なら気絶するまで殴り倒したいところだが、これで終わりだ。」
ブラハは黒衣の騎士に吐き捨てるように言う。
「いいや、まだですよ。殿下。
私はアルマニャック王国、マルゴ王女の従者マルク・ダシュトゥール。
私が今更、宰相様の前に現れたことの意味がお分かりになりませんか?」
黒衣の騎士は意味ありげな言葉を吐き、ブラハの動揺を誘った。
ブラハは当然のように術中に嵌まり、見事に動揺する。
ブラハは子供の頃、お遊びでチャンバラの相手をしてくれたマルクという優しい騎士の顔を思い出す。
だが、目の前にいる騎士は言われてみれば顔立ちこそその騎士だと思えるが、痩せて、苦労が深く刻まれた皺、冷たい視線、暗い表情、思い出の中にある騎士と同一人物とは想像できなかった。
「本当にあの、従者のマルク・ダシュトゥール?・・・何度も剣を教えてくれた・・・?」
黒衣の騎士はわかりやすい揺動にかかったブラハを見て口元に笑みを浮かべつつ、隙ができている脇腹に両手剣の柄で殴りつける。痛みで身体が浮いたブラハを、勢いをつけて押しのける。
そして黒衣の騎士は立ち上がった瞬間に、膝をついたままのブラハの首に剣を押し付けていた。
「ご無沙汰いたしております。ブラハ殿下。そして、この勝負は私の勝ちです。相変わらず、揺動に弱い。」
脇腹の痛みに顔を歪めつつ、ブラハは目を閉じた。
「わかった。私の負けだ。やはり貴公には勝てない。」
子供の頃のブラハはお遊びチャンバラでも真剣な剣の稽古でも、一度もマルクに勝ったことがなかった。
「ハハハ。覚えていてくださいましたか。」
その笑い声にようやくブラハは以前の知っている騎士だと確信した。
「積もる話は後にしよう。肋骨にヒビが入っていそうだ。」
「申し訳ございません。
しかし、私は宰相様とどうしても直にお話し出来る機会を作らなければならなかったものですので。」
黒衣の騎士マルクは手を差し伸べてブラハを立たせてあげる。
その後に審判が告げた。
「優勝者はマルク・ダシュトゥール殿!!」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ブラハに勝った黒衣の騎士マルク・ダシュトゥール。その騎士が初の武術大会の優勝者となった。
オルネア帝国の者が優勝出来なかったという事は不名誉な事ではあるが、誰でも優勝の可能性がある。
公平性が守られているというは世に伝わるだろう。
少しの後、表彰式が行われた。
三位まで表彰されるが、三位決定戦はレルミタのケガが重く実施されなかった。
ラヴェルとレルミタは同立三位という事になった。
医務室のレルミタの代わりに、なぜかクリストフが代理で表彰される。
「さあ、最後になりました。
それではマルク・ダシュトゥール殿。前に。」
表彰台の上からナオが言った。
後ろには賢老フィリップとオルネア帝国の騎士が控えている。
他国の騎士が宰相の面前に立つのだ。
何かしでかすかもしれない。騎士は全員鞘に手を掛けている。
黒衣の騎士マルク・ダシュトゥールが壇上に上がる。
ナオの前で片膝をつき、頭を垂れる。
「流浪の騎士マルク・ダシュトゥール殿。
今回の武術大会に於いて、見事なまでの剣技でございました。
我々オルネア帝国の騎士にとっても非常に大きな刺激になる事でしょう。
これにしたためた栄誉と報償を与えます。
それと、もし士官先がなければ我がオルネア帝国が受け入れます。
よろしければお考え下さい。」
ナオはマルク・ダシュトゥールを立たせ、証書を手渡す。
「さあ、列席の皆様!この素晴らしき騎士殿に盛大な拍手を!」
ワアー!との歓声と共に周りの音が全く聞こえなくなる程の拍手が沸き起こる。
「宰相様。」
拍手のせいでナオとマルクの会話は周りの誰にも聞こえない。それを見計らってマルクが話し掛けた。
「やはり、私の事は覚えておいでではないですか。」
「?。はい。初対面ではありませんか?」
「やはり、魔術師殿の言っていた通りですか・・・。」
ため息混じりにマルクは呟く。
「魔術の影響であなた様は過去をお忘れになっております。」
ナオはドキっとする。
だが、過去とは?同時に疑問も沸く。
「あなた様は十年以上前にオルネア帝国に滅ぼされたアルマニャック王国の第一王女。
マルゴ・アルマニャック様です。」
いやいや、本当の私は山田直です、と心の中で呟くがすぐに気づく。
『この身体の持ち主か!?』
「国王陛下と王妃が殺され、アルマニャック王国がオルネア帝国に滅ぼされた後、あなたは一縷の望みを賭けて辺境に住む魔術師に転生の秘術を用いてもらったのです。
それはマルゴ様のご自身の魂と引き換え行う秘術でした。
故国の復活を叶える事が出来る魂をその身に宿そうとしたのです。」
マルク・ダシュトゥールは眉間に皺を寄せて、真剣な表情で語った。嘘をついているようには見えない。
「私はマルゴ様、あなた様に最期まで付き従った従者です。
魔術師曰く、相応しい魂が見つかるまでマルゴ様は次元の狭間で眠りについているとのこと。
目覚めはすぐなのか、何年も先なのか、それとも百年を過ぎてしまうのか。
さらに転生する場所もわかりませんでした。
ですが、私の役目は記憶を失っているマルゴ様を導くこと。そのためにマルゴ様を探して、この十数年、諸国を渡り歩きました。
本当によかったです。私が生きているうちにマルゴ様は転生された。
私は役目を果たすことができる。」
ナオは目の前の悲壮感漂う騎士が、感情のままに話し続ける言葉に聞き入ってしまっていた。
騎士の話が真実味を帯びてくるにつれ、ナオの身体は血の気が引き、極度の緊張状態になっていく。
「・・・・なにかあなたの言葉を証明するものはありますか?」
頭がクラクラし始めて思考が鈍くなるが、ナオは自分を奮い立たせて言葉を吐いた。
すると騎士は懐から一枚の羊皮紙を開いて見せる。
それには鳥が羽を大きく開いたような紋様が描かれている。
「これはアルマニャック王国の紋章です。豊穣と再生を司る森の精霊鳥シャンボールを象ったもの。
転生の儀式の際、マルゴ様は故国の再生を誓いました。
その誓いを魔術師は魔術を用いてマルゴ様の身体に刻み込みました。
どこにとは申し上げません。お分かりになるはず。」
はっとなり、ナオは目を見開いた。ただ、意識は目線の先にはなく右肩の後ろを思い浮かべていた。
ナオの右肩の後ろには、目の前の羊皮紙の紋様と全く同じ形のアザがある。
アザの事は最初に自分の身体を確認したとき以来、すっかり忘れていた。
「あなた様がマルゴ様であることは間違いありません。
次元の狭間で眠られていた間は年を取りません。あの時と全く同じお姿。そしてアザがあることはあなた様の表情が物語っています。」
騎士は再度膝をついて敬礼した。
「どうか、あなた様の悲願を受け止め、叶えてください。
仇敵オルネア帝国から祖国アルマニャック王国を開放してください。
そのためには私はなんでもいたします。私の今生は全てあなた様に捧げます。どうか、どうか。」
膝をついて頭を垂れている騎士の頬に涙が伝わり、雫が床に落ちる。
十数年もの間、長い年月ひたすら悲しみに耐え、使命を果たすために尽力してきた。やっと見つけたその希望が今目の前にいる。この騎士の胸中は誰にも推し量れないだろう。
その気持ちを慮りたいが、今のナオは極度の緊張と動揺でその騎士の気持ちを受け止めきれない。
「マルク殿・・・。混乱していて今は受け止められません・・・時間を下さい・・・。」
それがナオが言えた精一杯の言葉だった。
この世界に転生したナオ。しかし、その身体はスタインベルグ王国ブラハのハトコであり、十数年前のオルネア帝国の侵略戦争で滅亡した国、アルマニャック王国の第一王女マルゴ・アルマニャック。
その身に宿している業はオルネア帝国に対する復讐の炎、それが真実だった。
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