34歳独身女が異界で愛妾で宰相で

アマクサ

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第六章 正体

34歳の真実を知ってなお、溢れだす心

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 武術大会の後、ナオは一切の政務に手を付けず、私室に閉じこもった。ロレンツェさえ、用があったら呼ぶからと遠ざけた。
 戻ってからずっと寝台で毛布を被っている。

 ―――辛すぎる現実・・・。
 以前ブラハが話してくれた好きだったというハトコの姉、それが私。いえ、この身体だったなんて・・・。
 オルネア帝国が仇ということは皇帝を討たなければいけないということ?あの人を・・・?
でも最大の謎はなんで私なの?大した人間でもないのに救世主みたいに思われているの・・・?
 私にそんな大そうなことができるわけがない・・・。―――


 相変わらず血の気は引いたままで、毛布を被っているのにガチガチと寒さに震えている。
 頭もちゃんと働かない。時間ばかりが過ぎてゆく。

 コンコン。誰かがドアをノックした。
ナオはしばらくしてから、毛布から出た。

「・・・はい。」

「ナオ様。お休みの所、申し訳ございません。お加減はいかがですか?」

 ドアの向こうはロレンツェだった。 
ナオは体調が悪いと言って私室に下がっていた。

「うん。ぼちぼち・・・。」

「そうですか・・・。後で温かいスープでもお持ちします。
それと、ブラハ様がナオ様にお会いしたいと来られております。なんでも急用だとか。お会いになれますか?」

「・・・わかったわ。着替えてから行く。会議室にお通ししておいて・・・。
いえ、会議室だと気が滅入りそう。やはり屋上の庭園にお願い。」

「承知いたしました。」

 そう言ってドアの前からロレンツェの気配が消える。

 宰相服に着替えた後、ナオは屋上に来た。すでに日は落ちている。
 宮廷の庭師により、丁寧に育てられた花々。芍薬だろうか、ピンク色や赤色の美しい花が月夜に照らされて輝きを反射し、咲き誇っている。普段なら立てば芍薬ともいわれそうなナオだが、今日ばかりはその表情は花にまるで勝てそうにない。
 そんな表情を見て、ブラハはギョッとする。

「ナオ殿。すみません、かなりお加減が悪いようですね。」

 取り急ぎ、ブラハは謁見に来てしまった事を謝った。

「いえいえ。大丈夫です。ちょっとショックなことがあっただけですので・・・。」

 やはりあの事が。そう思ってブラハは歯を食いしばる。
そして深呼吸してブラハは話し始めた。

「先ほど、武術大会で優勝したマルク・ダシュトゥール殿と話しをしました。
 彼とは私が以前に面識がありました。幼い頃よく遊んだり、剣を教えていただいていました。」

 ナオはもう知ってしまったのか、と思ったがそれを確認する気力もなかった。

「単刀直入に言います。
ナオ殿の事、マルクから事情を聞きました。
ナオ殿の魂は他の世界から来た事、そして私のハトコであること。」

「あまりに現実離れしていて、とても信じられなかった・・・。」

 ナオと同様にブラハもショックを受けていたのだ。ブラハの肩がふるふると小刻みに震え始める。

「しかしいろいろな証拠もあって、それが事実だと受け止めるしかありません。
 なんと言ってもナオ殿の姿形が、私が大好きだったマルゴ王女そのままなのですから。」

 ブラハは顔を上げてナオを真っすぐ見る。
 心なしか潤んで見えるブラハの目には、様々な感情が入り混じっているようにも見えた。

「私はアルマニャック王国が滅んだとき、まだ子供だった。
 聞かされていたのは国王と王妃、そしてマルゴ王女までもが流行り病に倒れ、国が立ち行かなくなった所を隣国のオルネア帝国の庇護を受け、その後併合されたと・・・。
流行り病のため、国境は封鎖され葬式にも参列できない。
 ・・・ずっとそういうことなのだと思っていました。」

「だがしかし、真実は違った・・・。
マルクが教えてくれました。オルネア帝国の前皇帝が、アルマニャック国王と王妃を毒殺し、国を奪い取ったのだと。
 そして、九死に一生を得て王城を脱出したマルゴ王女と従者マルクは古き言い伝えにある魔術師を頼り、転生の秘術を使った・・・。
 そしてナオ殿、あなたが現れた・・・。」

 ブラハは全てを知り、そして受け入れようとしていた。そのためにナオと会う必要があったのかもしれない。
この事実を目の前でナオ自身が認めなければ、心のどこかで信じられない気持ちができてしまう。 
 ナオは真っすぐ目を見てくるブラハの目を力なく見返した。

「ブラハ殿・・・。あなたが今おっしゃられたことは多分、本当よ。
 この国の過去の事はわからないけど、私が違う世界から来たというのは本当・・・。
 私は・・・、私の魂はマルゴ王女ではないニセモノ・・・。
 もとの世界では何のとりえもない34歳のただの女。
 何か特別な力があるわけでもなく、なぜ私が選ばれて転生したのかわからない・・・。」

 ナオが自分自身が違う存在であることを認めてしまうということは、今までの全ての関係を否定することになる。全てが終わってしまう、ナオはそのことにわかっていた。
 だが、素直にその事実を認めることを選択した。

 ―――ああ、全て終わってしまう―――

 ブラハに抱き始めていた特別な感情も、大切だと思っていた何もかも、全てなくなってしまう。ナオはそう思わざるを得なかった。身体がさらに脱力感に襲われる。

 突如、血の気が引いて冷たくなっているナオの身体が温かい温もりで包まれる。手も動かせない。

「―――――!」

 ナオは赤面して、声にならない声を上げた。
ブラハはナオを強く抱きしめたのだ。
 驚きのあまり、ナオの指はピンと真っすぐなって硬直していたが、次第に和らいでいく。
 ブラハの温もりが徐々にナオの身体を温めていく。
 身体と共に恐怖に凍ってしまった心が、少しずつ解けていく。
 儚くくすんでしまった表情が、色づいていく。

「ナオ殿。私はあなたが好きです。
それは遠い国の昔のあなたでもなく、マルゴ王女でもない、今のあなたが好きです。」

 ナオを抱きしめたまま、ブラハはナオの耳元で囁いた。
 元々はマルゴ王女のものであるその麗しい瞳から涙が溢れだした。
 ナオは無言のまま、とめどなく流れる涙もそのままに、硬直が取れた手でブラハの腰を強く抱きしめた。

 そしてまるで遥か昔に決まっていたかのように自然に、とても自然に、ブラハとナオの唇が重なる。
 赤と桃色の芍薬の花が、二人だけの世界を鮮やかに彩った。




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