34歳独身女が異界で愛妾で宰相で

アマクサ

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第七章 叛逆

34歳から与えられた課題、見つけた心

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 ナオを乗せた馬車は山道に入る。護衛に騎兵が二人伴走している。
 この場所で襲われるのは何度目になるのだろうか、ナオたちにとっては悪所だ。
 やはりと言わんばかりに馬車の車輪に投擲され、馬車は急制動する。
 ナオも慣れたもので今度ばかりは頭は打たない。

「ナオ様!ご無事ですか!?」

 すでにいつものテンプレートのような気がする。ロレンツェは尋ねた。

「大丈夫よ!それより、周りは?」

「囲まれています。ナオ様はこのままで!」

 周囲は二十人ほどに取り囲まれている。ロレンツェはクリストフが置いていってくれた剣を取って外に飛び出た。護衛の騎士と襲撃者の戦闘は始まっている。
 皇城でロレンツェと戦った者と同じ仮面をつけた黒い外套を纏った暗殺者たちだ。かなりの実力を持つであろう。騎士二人では荷が重い。
 ロレンツェは落馬して斬られそうになっている騎士を間一髪で救う。
 そして救い様に相手の暗殺者を一閃する。

「大丈夫ですか!?」

 ロレンツェは騎士の身体を支えて起こす。

「ありがとうございます!
こいつら手強いです!」

 一人一人でもかなりの手練れだが、それが二十人ほどいる。
 ロレンツェはこれはまずいと判断した。

 「レルミタ!ナオ様と逃げて!」

 騎士の馬のお尻を叩いて、レルミタの方に走らせた。
 もちろんレルミタも御者台から降りて戦闘状態にあった。
 ただ、相変わらず露出の多い軽装だが、右肩は包帯で覆われていて、右手を使えていない。
 先の武術大会で、黒衣の騎士マルクに右の鎖骨を折られている。
 どんなに強くても多対1の戦闘には非常に不利だ。

「了解。すぐ戻る!」

 ナオにもその声は聞こえていた。
瞬時にナオも馬車を出る。
 先にナオが馬を捕まえて鞍に飛び乗る。馬に乗れるようになったが、まだ大した事はない。
 この瞬間に素早く乗れたのは奇跡に近い。

「レルミタ!」

 ナオは叫び、レルミタに手を伸ばす。
レルミタは愛用のダガーを鞘にすぐ戻して左手でナオの手を取って後ろに乗った。
 しかも、その時に暗殺者の顔面を踏み台にして蹴飛ばすことも忘れない。

「ロレンツェ!死なないで!
何としても生きて!死んだら許さないから!
すぐに応援を呼んでくる!」

 ナオは強く歯を噛み締めた。
 ロレンツェたちをそのままにしておきたくはない、だが今ナオがいても邪魔になるだけだ。
 断腸の思いでナオは馬を走らせた。
 だが数人の暗殺者が影に隠した馬に乗り、ナオの後を追いかけていく。
 横目でナオたちを見送るロレンツェ。
 今はその追手を追いかけるわけにはいかない。目の前の大勢の暗殺者たちを足止めしなければならない。
今生の別れになるかもしれない、そんな思いが頭によぎる。

「さあ!騎士様!反撃です!これ以上、暗殺者たちにナオ様の後は追わせません!」

 ロレンツェは騎士二人を集め、道を塞いだ。手を大きく広げ、ここは通さないと誇示する。
 暗殺者たちがじわりじわりと間合いを詰めてくる。
 ロレンツェは暗殺者たちに襲いかかった。
女性にしては大きな身体を、その迫力でさらに大きく見せる。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ナオたちは山道を疾走する。
二人で馬に乗るが、軽装の女性二人、そこまで馬の負担にならない。
 かなりの速さで走る。だが、追手が迫る。先ほどの暗殺者が馬で追いついてくる。
 ナオの後ろでレルミタがダガーで剣戟を繰り広げていた。
 左手一本しか使えないが、レルミタはうまく攻撃をさばいていた。
 これがレルミタが前で馬を操り、ナオが後ろだったら絶望的だっただろう。
 追手は三人。すでに二人は蹴散らしている。
 最後の一人とレルミタは剣戟を交わしていたが、突如レルミタは相手の馬を蹴飛ばした。
 その馬がよろけて体勢を崩したところの前に、ちょうど岩が隆起していた。
走っている勢いのまま、馬は岩にぶつかり横転した。もちろん暗殺者も一緒にだ。

「やった!レルミタ、ナイス!」

 ナオが歓喜の声を上げる。レルミタも何か言って応えたが、ナオの耳には聞こえなかった。
 激しい剣戟をしたし、右肩が痛むのだろう。息が荒く、苦痛に顔が歪んでいる。

 それから少し走って、森が開け、広い空間に出る。フィリップの屋敷の前についたのだ。
 相変わらず堅固な塀に囲まれている。

「誰かいませんか!
私はオルネア帝国宰相ナオ・クレルモン=フェラン!
フィリップ・パスカル殿から庇護を受けるよう、言われてきました。
開門をお願いします!」

 ナオは正門の前に着くや否や、大声で叫んだ。
 だが、刻は夜明け前に差し掛かっていた。東の空がうっすらと明るい。
そんな時間だったため、守衛の反応が鈍い。

「早く・・・早くしないとロレンツェたちが・・・」

 ナオはそわそわと落ち着きがなかった。
 はっとレルミタが殺気を感じて、今来た森に振り返る。
レルミタの目には数多の矢が映った。

「ナオ様!!」

 レルミタはナオを巻き込んで馬を飛び降りた。
盾となった馬に無数の矢が刺さる。
 森の中に伏兵がいたのだ。門の前で一度止まるであろうことをわかっていての埋伏だ。
 その後も矢が降り注ぐ。
レルミタはナオに覆いかぶさってナオを守る。
 矢の雨が止んだ時、ナオに顔に生暖かいものが垂れてくる。
ナオは恐怖で目をつぶってしまっていたが、それに気づいて目を開けた。
 自分の顔を拭うと、手には真っ赤な血がべっとりと付いていた。
 そして目の前にレルミタの顔があった。
 レルミタはナオに覆いかぶさっていたが、両手で何とか上体を少しだけ起こした。苦痛に歪んだ顔だが、ナオが無事で安心したのか、少しだけ笑みを浮かべる。
 レルミタ顔から、手から血が流れている。
レルミタに触れていたナオのベージュのワンピースは真っ赤に染まっていた。

「レルミタ・・・私を守って・・・?」

 レルミタはもう力が入らないのか、ドサッとナオの横に倒れこんだ。

「レルミタ!レルミタ!」

 ナオは何とか血を止めようとするがあまりに傷が多すぎて慌ててしまう。レルミタは背中に無数の矢を受け止めていた。致命傷だった。

「一瞬でも・・・ナオ様を・・守ることができて・・・良かった・・・ゴプッ」

「しゃべらないで!」

 レルミタは血を吐き出す。内臓にも矢が届いていた。

「以前いただいた・・・課題はいまだ・・・よくわかりません・・・」

「ただ・・・ナオ様には・・・死んでほしくないと・・思った・・・ナオ様の事、大好きになってるみたいです・・・」

 既に視点がなかなか定まらないが、レルミタはナオを目に映した。
 そして、レルミタらしからぬ、柔らかく慈愛に満ちたほほ笑みを浮かべた。
 ナオはレルミタを抱きしめる。レルミタの体温がみるみるうちに下がっていくのが伝わって来る。

「やだ!・・・やだ!やだ!」

 ナオは子供のように泣きじゃくった。ここがレルミタの今わの際ということを感じていた。
 突如誰かにナオの腕が掴まれ、レルミタから引き離される。
 瞬く間にナオは縄で縛られた。

 薄れゆく意識の中でレルミタはナオを縛った男を見た。
 その男はナオを縛った後、レルミタに近づいてきた。
 遠くでナオがレルミタに向かって泣き叫んでいるのがぼんやりと聞こえる。

「こうなると、ざまあねえな。これで弟の仇は取ったぜ。」

 この男の言葉がレルミタが聞いたこの世の最期の言葉となった。




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