34歳独身女が異界で愛妾で宰相で

アマクサ

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第七章 叛逆

34歳の聖人に貢ぎ物

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 タリス島の軍隊は、オルランドの船に注目していたサヴァディンの海賊たちに闇夜に紛れて近づいた。
 手漕ぎのガレー船でサヴァディンの帆船に衝角で突撃し、そのまま乗り込んだ。
完全に不意を突かれたサヴァディンの海賊は衝角で穴を空けられた船を捨て、海に飛び込んでいく。
 あっという間に包囲は崩れた。

「ちきしょう!引け引け!!覚えてやがれ!!」

 悪役らしい捨て台詞も忘れない。
 ジャドは尻尾を巻いて逃げていったかと思いきや、母船に帰る前にタリスのガレー船に拿捕された。

 オルランドの船にタリス島のガレー船一隻ともう一隻、帆船が近づいてくる。

「よう、ナオ嬢ちゃん。無事かい?助けにきたぜ。」

 船べりから顔を出すナオに、ガレー船からトレスが話しかけた。

「トレス殿!!」

 ナオを助けたタリス島の海賊の頭。いや今はもう海賊ではない、タリス島の軍隊だ。
タリス島の軍隊長トレス、レルミタの父親だった。
 ナオは歓喜の声を上げたが、次の瞬間に顔が曇った。

「おおう。なんとか間に合ったようだな。」

 近づいてきた帆船がオルランドの船と並ぶ。
甲板から声を掛けてきたのは、賢老フィリップ・パスカルだった。
一緒にフィリップの息子クリストフと公式私設部隊オーパス・ワンの隊長ラヴェルもいる。

「み、みんな!!無事だったの!?」

 ナオは度肝を抜かれた。まさか、この場に三人が来るとは思ってなかった。

「どうして・・・?」

「レルミタだよ。」

 クリストフが言う。

「ええ!?レルミタは無事なの!?」

 ナオの表情が一気に明るくなる。
だが、クリストフはそのナオの表情から目を離して首を横に振った。

「レルミタは、ワシの屋敷の前で・・・・レルミタは絶命していた。
だが、彼女は自分の血で地面にサヴァディンと記して逝った。」

 ナオは血の気が引いていくのを感じる。

 ―――やはり、死んでしまった・・・。
それでも最後の瞬間までナオを守ろうと、ダイイングメッセージまで・・・―――

 閉じたナオの目から涙が溢れ、その場で立ち尽くす。
 少しの間、誰も口を開くことができず、静寂に包まれる。それを打ち破るように、トレスが口を開く。

「おっと、そんな顔すんな。
あんたが助かったんだ。娘としては上出来だろう。」

 ガレー船から脇目でナオを見ていたレルミタの父トレス。
娘を失ったことをすでに知っていたトレス。悲しみを隠すような笑顔をナオを見せる。

「トレス殿・・・。すみません、すみません・・・レルミタを、私は・・・。」

 ナオは泣き続け、トレスに謝ることしかできなかった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ナオはオルランドの船からそのオルネア帝国の船に乗り込んだ。
 これ以上は巻き込めないからとオルランドの船は出発してもらった。

「ナオ様!」

 ナオは船室の一室に来た。
全身を包帯で包んだ女性が声をあげて、身体を起こす。

「ああ、無事でよかった!ロレンツェ!」

 ナオは寝台の上のままのロレンツェを抱きしめた。感動のあまり、きつく抱きしめた。

「ナオ様・・・。嬉しいのですが・・・・痛いです。」

「ああ!ごめん!」

 ロレンツェはナオの慌てぶりを見て、相変わらずですね、と笑顔になる。
 ロレンツェとナオが別れてからの事、虜囚になってからの事。積る話もあって、しばらく女子会が開かれた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「さあて、どうするかのう。」

 戦いの後、アッという間に夜明けになった。海に反射する朝日が眩しい。
 フィリップが乗ってきたオルネア帝国の軍船の甲板にジャドと数名の部下が縄で縛られている。
サヴァディンの他の海賊たちもそれぞれの船で捕らえられて、その場で処分の決定待ちだった。

「ちきしょう。殺すなら早く殺せ。
首を刎ねてパアッとやりな!俺自身が海の女神への贈り物だぜ!」

 頭のジャドは強がって息巻く。他の部下は恐怖に恐れおののいている。
それもそのはず、長年の宿敵、お互いに多くの恨みを持つタリスの棟梁トレスが目の前にいるのだ。
 生きて帰れないと考えるのが普通だ。

「おい、ジャド。
お前が俺の娘を射殺したんだってな?」

「・・・ああ、そうだ。俺の弟の仇だったからな。」

「そうか。なら、今度はお前が娘の仇になったわけだ。」

「そうだ。だから早くやれよ。
今度は俺の女がお前を殺しに行くからよ。首を洗っとけよ。」

 ジャドは鼻で笑って言い捨てた。
 それをトレスはため息交じりに見下す。そして話始めた。

「宰相ナオ殿が・・・。」

「なんだ?あの女がどうした?」

「お前を憎むなと言ってる。」

「でたな!聖人様!アーッハハハハ!」

「そうだ。あの聖人様はお前を憎むなと言ってる。
憎むなら私を恨めってな。泣きながら懇願してきたよ。」

「ああ、言いそうだな。ほんと狂ってるよ、聖人様は。」

「そうだな。娘を殺されて、仇が目の前にいて何もしないやつなんかいねえ。
だが、ナオ嬢ちゃんの言うことも正しいかもしれねえ。」

「何言ってんだ?」

「お前今、今度は俺の女がこのトレスを殺しに来ると言ったろう?
そのまんま恨みの螺旋じゃねえか。」

「そんなの当たり前じゃねえか!それが仇を殺す代償だ!」

「だろう?
だが、俺はまだ死ねねえんだ。
 レルミタは、娘はナオ嬢ちゃんを守れてよかったと言って死んだ。
あの、タリスの狂気と言われた、冷酷非情なレルミタがだぞ?
俺は娘を変えたナオ嬢ちゃんを、レルミタの心を汲んで守っていってやりてえ。
 だから、私怨で殺されるわけにはいかねえんだ。」

「トレス・・・お前・・・。」

「ジャド!何代も続く、タリスとサヴァディンの怨恨もこれで終わりにしよう!
海賊行為と首切りの祝儀をやめると約束するなら逃がしてやる!」

 トレスは複雑な心境を抑えて、はっきりとジャドに言った。
 それに対して、ジャドは目を伏せてしばらく沈黙する。
 潮騒とカモメの声だけが響く。

「・・・・わかった。約束する。
 サヴァディンの島頭として誓う!
 サヴァディンの海賊はすべて解散する。首切りの祝儀も取りやめる!!」

 ジャドは括目して立ち上がり、周りの拿捕されている船にも聞こえるように、非常に力の籠った声でいった。

「そして!サヴァディンはイスタリカ王国と手を切る!
これからはオルネア帝国の宰相ナオ殿に従属する!!」

 フィリップもラヴェルもトレスも、甲板にいた全ての人間が驚く。

「ジャド・・・お前それじゃあ、ナオ嬢ちゃん個人にサヴァディンの島全て差し出すって意味じゃねえのかよ・・・。」

 トレスは狼狽えて、確認の意味を込めて聞き直す。

「そうだ。オルネア帝国なんか知らねえ。
だが、宰相ナオ殿の生き様は全てを捧げるに値する。今、俺たちがこうして前を向いて話してるのもすべてナオ殿のおかげだろ?」

「はははは!間違いねえ!潔いのは俺も好きだぜ!」

 甲板上がトレスとジャドの大きな笑い声で包まれる。
 そこにロレンツェと話し終わったナオが船室から出てきた。

「あら?どうしたの?」

 目の前に大笑いする二人。それを驚きの目で見つめる周りの人々。異様な光景だ。
 不思議に思っているナオにラヴェルが口を開いた。

「それが・・・、サヴァディンの島頭のジャドが・・・サヴァディンの島全てをナオ様に差し上げる言ってます・・・。」

「はいっ!!?」


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