34歳独身女が異界で愛妾で宰相で

アマクサ

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終章 選択

34歳と二人の心情

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 ナオがサヴァディンに拉致された後、ブラハはスタインベルグ王国に帰還していた。
本人としてはナオを救出に向かいたかったのだが、側役の必死の説得に、しぶしぶ帰国した。
 帰ってからスタインベルグ国王に、他国に肩入れし過ぎだときついお灸をすえられ、しばらく外遊も禁止された。大量の政務をあてがわれる。
 側役にナオの情報を集めるよう命を下すが、届く情報は悪いことばかり。
 あまつさえ、ナオはイスタリカ王国と結託して皇帝暗殺を企てたと流言がでする始末。

「ナオ殿・・・・。」

 バリン!
 空になったガラスの酒杯が床に落ちて粉々に砕けた。
 ブラハはテーブルに突っ伏している。
 目を閉じていると、ナオの姿が浮かんでくる。
 無邪気な子供の様な笑顔。視線を外すことを許してくれない怒った顔。酔って顔を赤らめ、甘い香りと妖艶な色気を出す表情。思い出す顔はどれも碧眼が魅力的に輝く。

 会いたい。今すぐに会いたい。

 感情が胸を締め付ける。つらい恋心がブラハを苦しめていた。
 苦しみを埋めるためにワインをあおり、それがまた感情を決壊させる。
 しばらくの間、ブラハは酒に飲まれてしまっていた。

 あくる日、ブラハは意を決して国王に面会に来た。
二人以外は人払いしてもらう。

「どうした?大事な話か?」

「はい。父上はアルマニャック王国のマルゴ王女を憶えておいでですか?」

「・・・ああ、もちろんだ。
あんなことがなければブラハの嫁にと考えていたからな。」

「最近大変な事実を知りました。」

「なんだ?マルゴ王女が生きていたとでもいうのか。」

「半分冗談のおつもりでしょうが、お察しの通りです。
マルゴ王女はさる魔術師によって眠らされ、十数年前と変わらぬ姿でオルネア帝国で覚醒しました。」

「まさか!そんなことがあるのか!?」

「信じられないでしょうが、事実です。
そのマルゴ王女がオルネア帝国宰相のナオ・クレルモン=フェランです。」

「なんと!最近のオルネア帝国の変貌はマルゴ王女によるものだったのか!」

「はい。それが私がオルネア帝国に固執した理由です。」

「そうか。しかし、それではアルマニャック王国の真相を知ってしまったのだな。
 病で国が滅んだなどとブラハの為を思っての嘘だったが、すまなかった。」

 ブラハの気持ちを察して、国王は謝罪の言葉を述べた。

「父上。私は大丈夫です。気にしないでください。
 ですが、どうしてもお願いがあります。」

「言わずともわかっている。
宰相ナオを救出に行きたいのだろう?」

「はい。ナオ殿はイスタリカ王国に捕らえられていると睨んでいます。」

「あい、分かった。行くがよい。
海軍第二大隊、第三大隊を率いて行け。
イスタリカ王国の小狡い破壊工作にはうんざりだ。たまにはこちらから仕掛けて内部を掻きまわしてやるがよい。
 たとえイスタリカ王国と戦争になったとしても構わん!」

「父上!ありがとうございます!すぐに出発します!」

 翌日、ブラハは出航の準備に取り掛かった。
 二つの大隊は総勢四百人もの軍人で構成される。
 大型帆船も十隻が出航前の船着場に居並ぶ。壮観である。
 それに完全武装を配備する。
 出発の時刻が後僅かと迫った時に、ブラハに伝令が届いた。
 ナオに関する情報だ。
それを見たブラハは怒りで顔をしかめる。さらに、その書状をグシャリと握り潰した。
 そしてブラハは踵を返し、スタインベルグ国王のいる王城へと足を向けた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 ナオは叛逆罪の嫌疑を晴らしたその場で、今度は皇帝自身に姦通罪を言い渡された。
全く覚えの無い事ではなかった為、うまく反論出来ずに投獄された。
 場所はオルネア皇城内の西の白虎宮の地下牢獄に繋がれた。
 火を放たれて半焼してしまった朱雀宮の代わりに今はこの白虎宮に皇帝は居を移している。
 すでに投獄されてから一週間が過ぎようとしていた。
 その間にナオは誰とも会わせてもらえず、ただ時間だけが過ぎていく。

「そろそろ頭は冷えたか?」

 誰かの声がする。
 顔を上げてその声の先を見るといつも誰もいない。この一週間何度もあった幻聴だった。
 今度もか、そう思ってナオは顔を上げた。

「陛下・・・。」

 ずっと言葉を発していなかった為にそれ以上の言葉をナオは発する事が出来ない。
 今度ばかりは幻聴ではなく、目の前の鉄格子の向こうに皇錫を杖代わりに皇帝が立っていた。
 しばらく二人の間に沈黙が流れるが、先にナオが口を開く。

「・・・お身体はまだよくなられないのですね。」

 皇錫を杖代わりにして体を支えている皇帝をナオは心配した。
 重苦しい雰囲気が少しだけ和らぐ。

「うむ。火災の時に相当に煙を吸ってしまってな。未だに身体が痺れていう事を聞かん。」

「しばらくゆっくり休んで治療して下さい・・・。」

 ナオの言葉に皇帝は無言で頷く。
その後、真剣な表情をしてナオに尋ねる。

「それにしてもだ。
なぜ、貴様は投獄されたかわかるか?」

「誰か他の男性と通じたと思われたから・・・。」

「そうだ。だが貴様はそんなことはするまい。
 だが、それを余が信じる事が出来なかった。」

「貴様がまたスタインベルグ王国のブラハに奪われるかもしれないと事実が我慢できなかった・・・。
 だからどこにも行かないように貴様を鳥カゴに閉じ止めた。
 余はブラハに嫉妬したのだ・・・。」

「陛下が私の事で嫉妬をした・・・?」

 あまりにありえない事で、ナオは信じる事が出来なかった。
 だが皇帝としての恥も外聞もなく赤裸々に語り、感情を隠し立てしない表情をナオは見た。
それが本当なのだと理解させられる。

「もう一度言う。余の傍で、余の隣で見張っていてくれ。
 ずっと・・一緒にいてくれ・・・。」

 皇帝の右目から一筋の涙がこぼれ落ちた。もちろん、ナオは皇帝の涙など見た事もなかった。いや、ナオだけでなく、この十数年間誰も見た事がない。
 皇帝自身がマルゴ王女を失い涙した後、悲しみのあまり本当の感情というものを凍らせてしまっていた。
 悲しみにでも喜びにでも、涙を流した事などはなかった・・・。
 
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