34歳独身女が異界で愛妾で宰相で

アマクサ

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《ブラハ・ルート3》34歳とブラハの最終話

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 ナオ達補給部隊は進路を変更して元々のナオの故国である、アルマニャック地方に向かう。
 目指すは王都であった、都市シュノン。
 アルマニャック地方は広大な葡萄産地であり、毎年素晴らしいワイン産出する。この地域の主要産業だ。
 その葡萄畑が広がる緩やかな丘を幾つも超えると都市シュノンがある。
 行軍中、待ち伏せなどを気にして進むが、見晴らしがいい丘に埋伏の気配はなかった。
 なんとか無事に翌日の夕方には、都市シュノンまで到着する。

 突然現れたスタインベルグ王国軍に都市シュノンの人々は驚く。
 街の混乱を起こさないようにと、城壁に囲まれた都市の外れに補給部隊は野営地を整える。
 ナオと元指揮官、ロレンツェは警戒されて閉じられている城門で領主と対面した。

 その場でこれまでの経緯と自分がマルゴ王女であることを告げる。
 にわかには信じてもらえないだろうと思っていたが、王女の顔を知っていたアルマニャック領主はあっさりと信じてしまう。亡国前は王女の家庭教師をしていたこともあったのだという。

 開門してもらい、都市シュノンに入場したナオと数名はアルマニャック領主の屋敷に向かっていた。
  ナオたちの進む大通りと沿うように川が流れている。ナオはその川に架かる石橋を渡るとき、ふと馬を止めた。
 
「ナオ様?何か思い出したのですか?」

 ロレンツェがナオに声をかける。
便宜上、ナオはマルゴ王女としての過去の記憶を失っていことにしている。だが、別人であるナオは思い出すもなく、知らないのだ。
 それなのに、なぜかこの場所が気になってしまった。
石橋の下の川は透き通るようにきれいで、小さな魚が泳いでいるのが見えるほど。
 川の畔には水草やら草花が自然のままに群生している。

『・・・ルゴねえちゃん!』

 突然、子供の声がした気がしてナオはあたりを見回した。
 しかし、傍のロレンツェも反応していない。
ナオは幻聴か、と心を落ち着かせるために目を閉じた。

『せーの!・・・』

 瞼を閉じた一瞬、誰かの手を取って石橋から川に向いている映像が脳裏によぎる。
ナオは驚いて目を開けた。
 自分の手を見て、映像の手と比較する。
同じ手だった。

『この身体が記憶している思い出・・・。
そしてあれは幼い時のブラハ殿・・・。』

 自分の知らない記憶に少し恐怖を感じながらも、同時にどこかなしかしさも感じる。

『ああそっか、前に話してくれたお漏らしを隠しために川に一緒に飛び込んだのってここからなんだ・・・。』

 子供のころのブラハの思い出に触れてナオの心は微笑んだ。一刻も早く、ブラハに会いたくなる。

『この都市にいればもっと思い出すこともあるのかな。』

 ブラハの事、自分の身体の事。自分の知らない時間を知りたい。そんなことも思ってしまった。

「ナオ様?」

「ああ、ごめん。先を急ぎましょう!」

 うかうかしていたらブラハがどうなるかわからない。ナオは気を引き締めて馬を進めた。
 その後、アルマニャック領主の館で今後の方針を話し合うナオたち。
 ナオの下した決断は誰しもが驚愕した。
しかし、それが最善であることには間違いなかった。
 


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「く・・・ここは・・・?」

 うす暗い中でブラハは目を覚ました。
身体を起こそうにも全身に力が入らない。見ると所々に切り傷があり、流れた血が赤黒く固まっている。
 やっとのことで身体を起こして辺りを見回す。
血の匂いで充満しているそこは、石壁に囲まれていて鉄格子が嵌められている。
 どうやら牢獄に入れられているようだ。
その牢には他に三人ほど倒れている。

「みな無事か・・・?」

 なんとか寄り添ってブラハは体を揺すってみる。
触れる手は温かい。まだ生きているようだ。

「ブラハ王子・・・。」

 目を覚ました男たちがブラハの名を呼んだ。
その場の三人はみな満身創痍ながらも生きていた。屈強なブラハの側近たちならではだ。

「ここは王城の牢獄のようだな。さて、どうするか・・・?」

 武器は持ってないが全員甲冑のままで、牢に放り込まれたらしい。流血以外に固い甲冑のまま気を失っていたこともあり、全身に痛みや痺れがある。

「ブラハ王子、これを。」

 側近の一人が革袋の水筒をブラハに渡す。身に着けていた貴重な水だ。

「ありがとう。みな体は辛そうだが、少し休めば動けそうだな?」

「はっ」「もちろんです。」「直ちにでも。」

 凛と引き締まる側近の顔に少し安堵を覚える。
そこにカツンカツンと誰かが近づく足音が聞こえた。
 四人に緊張感が走る。
 足音は牢の前までたどり着いた。イスタリカ王国の軍服を着ている。

「おい、お前らの中にブラハ王子はいるか?」

 牢をのぞき込んでイスタリカ王国の軍人は不躾に言った。

「無礼な奴め!貴様らは誰だかわからないで投獄しているのか!?」

 憤慨した側近が吠える。

「お?なんだ、いるじゃん。ブラハ王子。こっちこっち。」

 イスタリカ王国の軍人はブラハに向かって手招きする。
 怪訝な顔でブラハはその人間を見る。

「あなたは確か、クリストフ・パスカル殿!?」

「はい、せいかーい。助けに来たよー。」

 おもむろに懐から牢の鍵を取り出して見せる。
ナオと行動を共にしていた賢老の息子は元盗賊。戦後の王城に忍び込むなど、造作もないことだった。

「状況わかってる?」

「いや。気を失っていて、戦闘から何日たったさえもわからない。」

「だろうね。派手に負けたみたいだからね。」

「返す言葉もない・・・。それより、父上はスタインベルグ国王は無事か!?」

 父親の身を案じる言葉にはクリストフは首を横に振るだけで答えた。
ブラハはぎりっと歯を食いしばる。
 悲しさが膨らもうとするが、気をしっかり保とうとする。
今はこの状況を何とかしなければならない。

「まあ、ブラハ王子が生きていただけでも儲けものだ。ナオ嬢が喜ぶよ。」

「ああ、そうか。あなたはナオ殿が遣わしてくれたのだな。」

「もちろん。じゃなきゃこんな危ないとこ来ないよ。
ブラハ王子がイスタリカ王国軍と戦ってからすでに四日が過ぎている。
 挟撃で散開したスタインベルグ王国軍の騎士たちはまた集合して王都近くで陣を敷いてるよ。
それに明日には援軍が到着するだろう。」

「援軍?
ああ、ナオ殿が手配してくれたのだな。タリスとサヴァディンの軍隊か。」

「ああ、まあそれもあるがな。お楽しみってことで。」

 ブラハに軽く答えたクリストフは作戦を伝えて、その場を後にした。
ブラハたちは保管庫にあった武器を元の牢に隠し持ち、錠も開いていると気づかれないように細工をしておく。
 総勢三十名ほどの他の牢に入れられていたスタインベルグ王国の騎士たちも同様にする。
 そして翌日を迎える。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「じゃあ、一番槍行っちゃってください!」

 ナオは補給部隊の元指揮官に命じる。
華を持たせられた指揮官は嬉々として軍議場を後にする。

 ナオたちは重い怪我人を置いてアルマニャック領を出て、王都ナーエを包囲していた。
 合流したタリスとサヴァディンの軍隊も一緒だ。合わせて、アルマニャック領の騎士、スタインベルグ王国の敗残兵も集めて統率している。
 対するイスタリカ王国軍は王都内に駐屯していて、高い城壁を盾に籠城戦の構えだ。
 だがそれを崩すのが、先に侵入していたクリストフの役目。王都の住民と結託することに成功していた。
 配下の数人と共に住民を率いて、城壁に集まるイスタリカ王国軍の背後をつく。
 兵士ではない住民のため、大した戦力にはならないが、混乱を起こすには充分だった。
 ナオたちの勝利で、難なく王都の城壁の攻防戦は終結する。
 残るは王城に立てこもるイスタリカ王国軍のみだ。

「そろそろ出発だ!」

 牢獄のブラハは声を上げた。
虎視眈々と出番を伺っていたスタインベルグ王国軍の側近の近衛騎士たち。
 気力も体力も回復し、我先にと地下牢獄を駆け上がっていく。知った己が城。ためらいはない。

『ナオ嬢たちが王都を落とした後、王城を攻めるから、そしたら混乱に乗じて中から引っ掻きまわしてくれ。開門もよろしく。』

 クリストフの指示通り、目指すは王城の門。
ブラハたちはあっという間に門近くまでつく。
 そこに数人の兵士に守られながら奥に避難しようとしている人物がいた。
それは、見覚えのある顔だった。

「オルネア帝国元宰相ラリュー・デュモン!!貴様か!!」

 ブラハは激昂した。
捕まったはずなのに、このスタインベルグ王国にいる。
ブラハがオルネア皇都に侵攻したタイミングを見計らった、早すぎるイスタリカ王国軍の侵攻。
 全てはこの男が手引きした。
この男が全ての元凶なのだと一瞬のうちに悟る。

「その男だけは絶対に逃がすな!その場で断罪せよ!」

 ブラハの狂気が混じった声が飛ぶ。近衛騎士たちは従順にブラハの思惑通りの行動を起こす。
 恥も外聞もない情けない命乞いが響いた後、断末魔がその場に轟く。
 かくして、ナオ、ブラハ、皇帝にまつわる諸悪の根源が大した見せ場もなくあっさりと消えることとなった。

『この男のことにもっと早く気づいていたら・・・。』

 今更ながらの後悔の念に、ブラハは唇を噛んだ。
 そして、夜が訪れる前にスタインベルグ王国の波乱に満ちた戦いは終結した。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 王城内の安全が確認できた後、ナオが入城してきた。
 ブラハの顔を見て、安堵の笑顔を浮かべる。その瞳にはうっすらと輝きが滲んでいる。

「ブラハ殿!!」

「ナオ殿!」

 声を掛けられて振り返ったブラハはナオを呼ぶ。
嬉しさが込み上げる。だが、ナオの隣の男を見て急激に血の気が引く。

「皇帝陛下・・・。なぜ・・・?」

 ナオの隣にはオルネア帝国皇帝がいたのだ。

『先日、血が流れる争いをしたばかりなのに。
ナオ殿を奪い合う戦いをしたばかりなのに。
ナオ殿は私といることを選んだはずなのに。』

 ブラハは動揺し、深い寂寥感せきりょうかんに襲われた。
 打ちひしがれているブラハをしり目に皇帝は大笑いをする。

「クァーハッハッハッ!!貴殿のその顔を見れただけでもわざわざこの地まで来た甲斐がある!
 情けないにも程がある!自分が得たものを信用できないとはな!いや滑稽滑稽!!」

 皇帝の言葉に苛立ちを覚えながらもブラハはハッとなってナオを見た。
 ナオはブラハを温かい眼差しで見つめていた。
邪な気持ちなどない。
ただ無事でよかった、会えてよかったという真っすぐな気持ちでいっぱいの眼差しだった。

「ナオは貴殿を助けたいがために、ばつの悪い余の所まで夜通し駆けてきて懇願したのだ。
 ナオが来たときは本当に笑ったぞ。どこまで無神経なんだとな!」

「ナオ殿・・・・そんなことまで・・・。」

 少しでもナオを疑ってしまったことをブラハは恥じる。さらには、自分のために無理をしてくれたことに感動を覚えずにはいられない。

「余は貴殿を助ける見返りにナオを要求したのだが、断られた。
 しからば問うぞ。
貴殿がどれだけナオに価値を感じているのかをな!助力の礼で示すがよい!」

 面白くなって嬉々としている皇帝に、ナオがわき目で冷たく見据える。

「ブラハ殿。これは皇帝のたちの悪い冗談ですから。」

「ははは。冗談でも、私もスタインベルグ王国も九死に一生を得たことはも違いないですから。
可能な限り礼は尽くします。
皇帝陛下。ご助力、本当にありがとうございました。」

「よかろう。謝辞はありがたく受け取っておく。
さて、貴殿ら二人をいつまでも見ていたくはない。
早々に帰るとしよう。」

 言葉通り、皇帝とオルネア帝国の軍勢はその日のうちにスタインベルグ王国を後にした。
 残されたブラハとナオたち。
 これから戦禍に荒れた王都を復興させるのに非常に時間を費やすことになる。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 数か月後、ブラハは崩御した父王の代わりに戴冠し、スタインベルグ国王になった。
若き王の誕生に国は沸き、復興は加速度的に進む。
 最北のワイン産地でもあるスタインベルグ王国はお祝い事をワインで祝うという風習があった。
 王城にストックされている厳選されたまだ名のないワインに名前を付けて国民に下賜される。
 やはりというか、ブラハはナオに重きを置いた名をつける。

”マルゴー”

 それが国王戴冠で振舞われたワインの名前になった。

 一つ、そのお祝いの晩餐で事件があった。
 自分の名がついて恥ずかしいと思いながらも、そのおいしいワインを浴びるように飲むはずだったナオが、晩餐の途中からワインを飲めなかった。
突如、気持ち悪くなり、吐き気を催した。つわりだ。
ナオの妊娠が発覚したのだ。
 だが、それはブラハの子ではなかった。
皇帝の子だった。
 後日ナオからそのことを打ち明けられると、ブラハは喜んで自分の子にすると誓った。いわゆるプロポーズなのだが、順序があべこべなのがブラハらしい。


 そして、先王の喪が明けた翌年―――


「スタインベルグ国王ブラハ・スタインベルグ殿。
あなたはナオ・クレルモン=フェラン殿を王妃とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

「誓います。」

「ナオ・クレルモン=フェラン殿。
あなたはスタインベルグ国王ブラハ・スタインベルグを夫とし、健やかなるときも―――」

「はい、誓います。」

 ナオとブラハはアルマニャックの都市シュノンの大聖堂にて結婚の儀を執り行っていた。
 ブラハは真っ白なスタインベルグ王国の礼服を身に着けていて、頭に国王の額冠をつけている。
 最近はちょっと大人に見られたいと、茶色いあごひげが揺れている。
 ナオは純白のドレスで着飾った。腕と胸元が大きく開いたシルクのドレスで、首元から胸元までを半透明なシフォン素材の華やかなレースが飾る。手にはこれも丁寧に仕立てられたレースのオペラグローブをつけ、白薔薇とクリスマスローズの花で作られたブーケを持つ。
 先頭の客席の傍らには赤毛の男の赤ちゃんをロレンツェが抱える。
 誓いの言葉が終わり、ナオの顔にかけられた白いベールが上げられる。

 ブラハとナオは見つめ合う。
ナオから見るとブラハは少し緊張しているように見えた。
 そんなブラハの表情にクスッとナオは笑ってしまう。すると、つられてブラハも微笑む。
その眼差しはとてもやさしく、穏やかだ。

「それでは誓いの口づけを。」

 二人の唇がゆっくりと近づく。

ドラマのように時間がゆっくりと進む。

トクントクンと幸せを鳴らす胸の鼓動が心地よい。

近づくにつれ、伴侶となる人の熱を感じる。

そして、すべての感覚が集中しているその柔らかな唇が重なる。

たった数秒のことなのだけれど、そのつながりの証は深く深く心に刻まれた。


 ―――ブラハ、愛しています。


 唇を離した後、ナオは心の中の声でそう伝えた。
偶然か、その瞬間に答えたかのようにブラハは微笑んだ。
 幸福感、一体感、充足感。
一言でこの気持ちを表現する言葉はない。
たくさんの感情が手を繋いで踊っている。
ナオは今も前の世界でも、こんな素敵な気持ちになったことなどはなかった。
 
 ―――あ、あった。一言で表現する言葉。

 幸せ―――

 そんな当たり前な言葉が実はすべてを表現することに、なんだかおかしく思えた。
 一人でクスッと微笑むナオの手をブラハが取った。

「さあ、行こう!」

 ナオの目を見て、力強くブラハは言った。
ナオの手をしっかりと握ってブラハは真っ赤な絨毯が敷かれたヴァージンロードを共に行く。
 祝福にかけつけた人たちからお祝いの言葉がかけられる。

「ナオ様・・・。ぎれいでず・・・。」

 赤ちゃんを抱くロレンツェはもう言葉になっていない。涙が赤ちゃんに垂れていて、赤ちゃんは楽しそうにだあだあ言っている。

「ナオ殿。素晴らしいぞ。」「キュンキュンしちゃいましたー!」

 見た目によらず、ぐしゃぐしゃに泣いている賢老フィリップとその横の元侍女のクリスティーヌ。
クリスティーヌはどうやらフィリップと一緒になったらしい。

「おめでと!俺もすぐかな?」「ばーか、やだよー?」

 相変わらずな軽いノリでクリストフが言う。それを小ばかにするタリス島のトレスの娘、レルミタの姉フィンカだ。意外と馬があうらしく恋仲らしい。

「ナオ嬢ちゃん。素敵だよ。今その姿見たらレルミタも喜ぶだろう。
 クリストフ、お前には娘はやらん。」

 タリス島のトレスも祝福してくれる。クリストフへのツッコミは触れないでおこう。

かしら。おめでとう。トレス?じゃあフィンカは俺にくれ。」

 サヴァディン群島のジャドは何気にすごいことを言っていた。

「ナオ様!おめでとうございます!ではトレス殿、私にフィンカ様を!!」

 公式私設部隊オーパス・ワンの隊長ラヴェルは現在は皇帝の近衛騎士団に戻っているらしい。あなたは節操というものを覚えなさい、とナオは軽く笑う。

「おめでとうございます。アルマニャック国王陛下もきっと喜ばれるでしょう。」

 マルゴ王女最後の従者、マルク・ダシュトゥールは達観した表情でお祝いを述べた。

 その他、たくさんの人々がナオたち二人を祝福してくれた。
そして、末席にいたのは。

「ふん。貴様はやはり美しいものだな。
貴様のかわりに、余の子供はもらっていくとしようか。」

「・・・陛下。それは困ります。」

 一年ぶりに会ったのに、なんとも言えない冗談にナオは苦笑いを返した。

「ははっ、冗談だ。二人を祝福しよう。」

 国交を復活させたスタインベルグ王国とオルネア帝国。
 オルネア帝国はというと皇帝自ら執政を取り、空前の発展を遂げているさなかだ。
補佐として宰相には賢老フィリップが当たっている。
 その善政を敷く皇帝を、圧政者だという者はいなくなっていた。
 これから先の話だが、他に子供を作らなかった皇帝は、晩年そのナオの子供にオルネア帝国を継がせることとなる。

 大聖堂の門が開かれ、ナオとブラハが一礼をする。
そして振り返り、退出しようとした瞬間に、

「「「おめでとうございます!!!!!」」」

 外で控えていた、たくさんのアルマニャック領の住民がフラワーシャワーと一緒に声を掛ける。

 驚いたナオは目を丸くしたが、すぐに気を取り直し、笑顔に花を咲かせた。
そこに、ゴォォ!!と突如一陣の強い風が吹いた。


 その風の音の中でナオは確かに、はっきりと聞いた。

 ナオがこの世界に来るときに聞いた声。マルゴ王女の声で。
 

 ありがとう――――


 ナオはその瞬間に聞こえた一言に、全ての意義が詰まっている様に感じた。

『ああ、私の生き方でマルゴ王女は納得してくれたんだな。
 よかった。

こちらこそ。
私にもう一つの生を与えてくれて、ありがとう。』

 ナオは雲一つない青く輝く空を見上げて、心に思った――――






 現在の地球とは全く違う異世界、グラン・シエクルという世界があった。
その大陸の大部分を国土とするオルネア帝国に1人の女性が迷い込んだ。
 現代の地球の日本の女性であって、34歳の寂しい独身女だった。
 現代では本人の良さを生かすことはできなかったが、この世界に来た女性はあっという間にオルネア帝国の皇帝の愛妾にされて、さらには宰相になった。
 そして誠実に生きた結果、現代では見つけることができなかった伴侶と結ばれることができた。

 

 34歳独身女が愛妾にされて宰相となって、最後には王妃となる。


 これはそんな女性のシンデレラストーリー。


 まっすぐに生きた女性の物語。 

 


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