6 / 51
父ウィリアムの憂い
しおりを挟む
◇◇◇
神々の住まう森と大海に接する肥沃な土地を有するナイトレイ侯爵領邸の執務室
シルヴィアの父ウィリアム・ナイトレイ侯爵閣下は、先代から仕える優秀な家令ヨハンと共に、シルヴィアの専属子守兼護衛を務めるマリーからの報告を受けている。
「あの病を境に、ヴィーはすっかり変わってしまった。お前達はこの変化をどう見る」
「死の淵より生還し、悟りの境地に至った者のような佇まいを纏っておいででございます。シルヴィア様の憂いを帯びた表情を垣間見た瞬間、幼子には見えなくなりました。おいたわしいかぎりにございます」
「シルヴィア様の本質はお変わりないのですが、違和感がございます。シルヴィア様は、完璧な淑女であることを悟られまいと、幼子のように振る舞っていらっしゃるようなのでございます」
別人のように大人びたシルヴィアの言動に、ナイトレイ侯爵の者たちはみな戸惑っていた。
「うむ。ヴィーは相変わらず、鍛錬と読書に励んでいるのか?」
「はい。隠しておいでですが、知識は既に私《わたくし》を超えておられます。毎日、枯渇寸前まで魔力を放出し、気を失うようにおやすみなさいます」
「相分かった。これからも、ヴィーを頼む」
「畏まりました」
マリーは、優雅な淑女の礼をとり、退室した。
「既にあのマリーの知識を超えているとは、誠であろうか」
「御館様もご承知の通り、マリーは、実家の伯爵家を継いでも異論は出まいという程、優れた逸材でございます」
「相手の力量を見誤ることはないか」
「左様にございます」
ウィリアムは、「ふー」と深く息を吐いた。
◇◇
魔力持ちが国を治める。
グランドール大国建国より約三百年間、治政は安定している。
原則、王位も爵位も世襲制ではない。
王位継承権一位の者が王位を継ぐ。
王位継承者が継承権を放棄することは、ほぼ不可能だ。
王位継承者の結婚は、王の承認が必要である。
◇◇
国最強の私兵を有するナイトレイ侯爵家。その軍力は国王軍を凌駕していた。
ウィリアム・ナイトレイ侯爵は王位継承権一位に在りながら、「放棄する」と一方的に宣言し、領地へと移った。御陰で、こうして、家族みな、仲良く領地で暮らすことが出来ている。
王城への呼び出しをのらりくらりと煙に巻いているが、半年に一度くらいは、登城している。馬で片道二週間かかる道程を、最低限の護衛と共に移動し、王城に二週間ほど滞在する。
◇
愛娘シルヴィアの変化に、ウィリアムは翻弄されていた。
「あぁ、可愛いヴィーが、心配だ。嫁には出さず、私の手元に置く」
「畏まりました。婿養子を取り、分家なさるのがよろしいかと存じます」
「私より弱い男など認めぬ!」
「守護神と崇められる御館様より強い者など、神より他におりますまい」
「ならば、神を婿に取る!」
「御意」
シルヴィア可愛さに翻弄され迷走するウィリアムの迷言を、冷静沈着の権現と称される家令ヨハンは、当然のように快諾した。
娘を持つ父親ならば「ご尤も!」と賛同される会話であろう。だが、侯爵令嬢であるシルヴィアには、年近い第一王子との婚約が、まことしやかに囁かれている。
王室の意向を退けることなど、出来ようはずもない。打診されてからでは、遅いのだ。
なんとしても、先手を打たねばならぬ。
つい先日、愛娘を失いかけたのだ。王室との婚姻など、愛娘を人質に差し出すことと同義。
ウィリアムに、そのような愚かな選択肢などあろうはずがない。
◇◇◇
神々の住まう森と大海に接する肥沃な土地を有するナイトレイ侯爵領邸の執務室
シルヴィアの父ウィリアム・ナイトレイ侯爵閣下は、先代から仕える優秀な家令ヨハンと共に、シルヴィアの専属子守兼護衛を務めるマリーからの報告を受けている。
「あの病を境に、ヴィーはすっかり変わってしまった。お前達はこの変化をどう見る」
「死の淵より生還し、悟りの境地に至った者のような佇まいを纏っておいででございます。シルヴィア様の憂いを帯びた表情を垣間見た瞬間、幼子には見えなくなりました。おいたわしいかぎりにございます」
「シルヴィア様の本質はお変わりないのですが、違和感がございます。シルヴィア様は、完璧な淑女であることを悟られまいと、幼子のように振る舞っていらっしゃるようなのでございます」
別人のように大人びたシルヴィアの言動に、ナイトレイ侯爵の者たちはみな戸惑っていた。
「うむ。ヴィーは相変わらず、鍛錬と読書に励んでいるのか?」
「はい。隠しておいでですが、知識は既に私《わたくし》を超えておられます。毎日、枯渇寸前まで魔力を放出し、気を失うようにおやすみなさいます」
「相分かった。これからも、ヴィーを頼む」
「畏まりました」
マリーは、優雅な淑女の礼をとり、退室した。
「既にあのマリーの知識を超えているとは、誠であろうか」
「御館様もご承知の通り、マリーは、実家の伯爵家を継いでも異論は出まいという程、優れた逸材でございます」
「相手の力量を見誤ることはないか」
「左様にございます」
ウィリアムは、「ふー」と深く息を吐いた。
◇◇
魔力持ちが国を治める。
グランドール大国建国より約三百年間、治政は安定している。
原則、王位も爵位も世襲制ではない。
王位継承権一位の者が王位を継ぐ。
王位継承者が継承権を放棄することは、ほぼ不可能だ。
王位継承者の結婚は、王の承認が必要である。
◇◇
国最強の私兵を有するナイトレイ侯爵家。その軍力は国王軍を凌駕していた。
ウィリアム・ナイトレイ侯爵は王位継承権一位に在りながら、「放棄する」と一方的に宣言し、領地へと移った。御陰で、こうして、家族みな、仲良く領地で暮らすことが出来ている。
王城への呼び出しをのらりくらりと煙に巻いているが、半年に一度くらいは、登城している。馬で片道二週間かかる道程を、最低限の護衛と共に移動し、王城に二週間ほど滞在する。
◇
愛娘シルヴィアの変化に、ウィリアムは翻弄されていた。
「あぁ、可愛いヴィーが、心配だ。嫁には出さず、私の手元に置く」
「畏まりました。婿養子を取り、分家なさるのがよろしいかと存じます」
「私より弱い男など認めぬ!」
「守護神と崇められる御館様より強い者など、神より他におりますまい」
「ならば、神を婿に取る!」
「御意」
シルヴィア可愛さに翻弄され迷走するウィリアムの迷言を、冷静沈着の権現と称される家令ヨハンは、当然のように快諾した。
娘を持つ父親ならば「ご尤も!」と賛同される会話であろう。だが、侯爵令嬢であるシルヴィアには、年近い第一王子との婚約が、まことしやかに囁かれている。
王室の意向を退けることなど、出来ようはずもない。打診されてからでは、遅いのだ。
なんとしても、先手を打たねばならぬ。
つい先日、愛娘を失いかけたのだ。王室との婚姻など、愛娘を人質に差し出すことと同義。
ウィリアムに、そのような愚かな選択肢などあろうはずがない。
◇◇◇
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
女神様、もっと早く祝福が欲しかった。
しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。
今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。
女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか?
一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる