殲滅された小国の姫

とうたら

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恩人

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エドワードの意識が戻ったのは、魔獣出現から二十五刻(五十時間)が経過した五月十四日の朝だった。

空腹感で目覚めたのはいつ以来だろうか。
此処はナイトレイ侯爵邸の客室だが、どうやって、戻ったのか思い出せない。
とにかく、何か食べたい。
空腹過ぎて他に何も考えられない。

エドワードは起き上がると呼び鈴を引いた。

間もなく、家人と共にハリス医師がエドワードの元を訪れた。

「エドワード殿、ご気分は如何かな」
「空腹で気を失いそうです」
「そうだろうと思い、取って置きの品を用意したよ。二日振りの食事は、コンソメスープだ。私はこれに目がなくてね。じっくり三日間かけて仕込んだ究極の逸品をゆっくり堪能していただきたい」

透明に澄んだスープは、時間と手間を要する贅沢の極みと断言できる味だった。

五臓六腑に染み渡る。
思わず「はぁー」と深い溜息を吐いてしまうほどに美味しい。
生きていることに感謝せずにはいられない。

エドワードがスープを飲み干したことを確認すると、ハリスは本題に入った。

「実に興味深い現象が、エドワード殿の身に起きた訳だが、覚えておられることを、お聞かせ願いたい」

挙式の翌朝、ガルシア伯爵領へ帰宅するために館を出る際に、早朝訓練中のアルバートとシルヴィアに見送られたエドワードは、帰路を急いだ。
湖で馬に水を飲ませ、草を食ませていると、近くで民のただならぬ叫び声が響いた。

「私は騎乗し駆け付けました。辺りは既に血の海でした。私は魔法で魔獣達に対抗しましたが、圧倒的な魔力差で相手にすらならなかったのです。馬が湖に引きずり込まれ、他の魔獣が私の腹に喰い付き、臓物を引きずり出されたあたりで記憶が途切れています。正直に申しますと、今ここでハリス先生と話し、美味いスープを頂けたことが、まったく理解できません。あの時、私は死んだはずなのです。あの恐怖と痛みは夢などではない」
「確かに、夢ではありません。診察したところ、先日診た古傷すらも消えている。エドワード殿は魔獣遭遇以前より、健康体になっている。信じられない様な奇跡的現象が、エドワード殿を救ったのです。兵士の話では、民も無傷で、魔獣出現の痕跡さえも跡形なく消えたとの事でした」
「では、その兵士達が私を運んでくださったのですね」

「ええ」と肯定しながらも、「運んだのは兵士達ですが、今回は御館様が早々に動かれたのです」とハリス医師は、話を続けた。
「先駈けにゲイル騎士小隊が館を出た直後、エデン地区の警鐘がなり、後発にロペス中隊を率いて御館様が出陣されました。このことも実に興味深い」
「警鐘の前に、というのは、小隊が魔獣警邏に館を出たということでしょうか」
「いいえ、違います。確かに魔獣の出現は日の出直前と日の入り直後が多い。ですが、警邏はしておりません。そして明らかに、出現した魔獣を討伐し、被害者を救護するための人員と装備でした。てっきり、私も呼ばれると思ったくらいです。エデンで魔獣が出現したことを、いったいどなたが察知されたのでしょうか。御館様に直接お伺いするより他ないようですね」
「私も命の恩人に礼をしたい」
「では早速、御館様へ御報告に参りましょう」

二人が執務室を訪れると、そこには、ウィリアムと家令スチュワードのヨハン、ウィリアム専属執事バトラー兼護衛のフィルが居た。

「エドワード殿、ご無事で何よりだ。先に発たれたガルシア伯爵夫妻には、エドワード殿が目覚められたことを、早速お知らせしよう。魔力の方も回復されたのか」
「お陰様で回復致しました。死の淵から私を救ってくださった恩人へお礼がしたいのですが、どなた様なのでございますか」
「お気持ちは確と伝えます。私が十分に労います故、安心されよ」

ウィリアムは、シルヴィアに関する事をハリスとエドワードに話すべきか、暫く考えを巡らせた。

ハリスには分かっていることだけでも話しておくべきだろうか。エドワード殿は当事者だが、部外者。どこまで話せば納得するか。そもそも、納得させる必要すらない。

エドワードはウィリアムに話す気はないと聡ると、跪き懇願した。

「ナイトレイ侯爵閣下。私は一介の研究員に過ぎませんが、日々、医療の進歩に尽力しております。この身に起きた奇跡の真相をどうしても知りたいのです。お願い致します。命の恩人とお引き合わせ下さい。ナイトレイ領で見聞きした一切の出来事は、決して口外しないと改めて魔法契約書を交わします。どうか、私の願いをお聞き届け下さい」

こうなったら、この青年は梃子でも動かないだろう。

「うむ。相分かった。フィル、契約書を用意せよ」
「御意」

フィルは、ナイトレイ侯爵家に関する一切を秘匿する為に用意された魔法契約書を、エドワードに読み上げた。

その契約は、ナイトレイ侯爵家との主従関係を誓う内容である。国家機関に勤めるエドワードは、国との魔法契約も交わしているが、医師の守秘義務に近いので、問題はない。

エドワードはためらうことなく、署名し、血判を押した。

「早速、呼ぶとしよう。ハリスも立会うか」
「お願い致します」

エドワードとハリスは、どの様な人物が現れるのか、期待に胸を膨らませながら、執務室のソファーに腰掛け待っていた。

フィルに連れられて、エドワードとハリスの前に現れたのは、愛らしいシルヴィアと大型犬のルフだった。後に続く御仁はいない。

貴族の二人は、驚きを表情に出したりはしなかったが、ウィリアムに対し優雅な淑女の礼カテーシーを執るシルヴィアと、大型犬に対し臣下の礼を執るウィリアム達に大いに戸惑った。

◇◇◇
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