花の名前で、さよならを

鳴海

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3話 彼岸花

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僕は、決して愛してはいけない人を愛してしまった。

僕は喰種だ。
人間を捕らえ、喰らって生きる存在。

そして今、ある少女が檻の中に入れられ、食われる時を待っている。

「……また、泣いてんの?」

少女は鼻をすすり、小さく肩を震わせた。

「お母さんに会いたいよ……」

「……そうか」

僕は少女の監視役だった。
少女は毎晩、決まってこの時間になると泣き出す。

正直、もういい加減うんざりしていた。
それなのに——

その泣き顔に、ふと胸がときめいてしまう。

きっと、一目見た瞬間から恋に落ちていたんだろう。
不覚にもほどがある。

こんな想い、抱いてはいけない。
必死に消そうとするのに、消えたと思えばまた現れる。

もう、どうしようもなかった。

腹が減り、僕は食堂へ向かおうとする。

「ねぇ」

背後から声をかけられ、女が腕に胸を押し付けてきた。

「やめろ。離せ」

「そんなこと言わないでよぉ」

甘ったるい声が、不快感をさらに増幅させる。

「……気持ち悪い」

「はぁ!?うざっ!」

吐き捨てるように言って、女は去っていった。

普通なら、ああいう女にときめくものなのだろうか。
だけど僕は、嫌悪感しか抱かなかった。

——ああ、早く少女に会いたい。

こんな感情、初めてだった。

必要最低限の食料だけを持ち、僕は檻の前へ戻る。

中を覗くと、少女は気持ちよさそうに眠っていた。
小さな口をむにゃむにゃと動かしていて、思わず頬が緩む。

しばらく目を離したその瞬間、少女は泣き出した。

「お母さん……!」

「どうした?」

「いやだ……家に帰りたいよ……」

「それは……」

言いかけた言葉に、重ねるように問いかけられる。

「……ダメなの?」

「ああ。僕に言われても無理だ」

「そっか……でも、あなたは優しいから好き。
お兄ちゃん、優しいもん」

「僕は、優しくなんかない」

優しくなんてない。
だって、君が逃げないよう監視しているんだから。

君から見れば、僕は敵だ。

それでも——

君のためなら、僕は自分を犠牲にしてもいい。

「大丈夫。お兄ちゃんは優しいよ」

そう言って、少女は少し大人びた表情を見せた。

——ああ、もう決心はついた。

僕は、君が好きだ。

「ねぇ、ここから逃げたいだろ?
だったら、僕の言う通りにして」

「え? 出られるの!?」

「ああ。言う通りにすればな」

「やった!ありがとう!」

天使みたいな笑顔だった。

僕は鍵を取りに行き、檻を開けた。

「早く、逃げろ!!!」

「お兄ちゃんは?」

「僕のことはいい。振り返らずに行け!
僕も、あとで行くから!」

「……うん!」

少女は走り去っていった。

本当は、待ってほしかった。

「あいつだ!人間の味方をした喰種は!」

背後から迫る、怒号。

「裏切り者!」

——どうか、無事に逃げられていますように。
——家族のもとへ帰れていますように。
——幸せでありますように。

決して、後ろを振り返らないで。

僕は、死ぬ寸前まで少女の幸せを祈った。



「お兄ちゃん……まだかな?」

芝生に寝転び、少女は空を見上げて呟く。

その隣で、彼岸花が静かに咲いていた。



fin

彼岸花の花言葉
・情熱
・独立
・あきらめ
・再会
・悲しい思い出
・想うはあなたひとり
・また会う日を楽しみに
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