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1話 世界が普通だった日
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別れた翌朝、
私は泣いていた。
声は出なかった。
布団に顔を押しつけて、
息を殺すみたいにして、
ただ涙だけが落ちていった。
どうして泣いているのか、
もう整理はできなかった。
寂しいとか、悔しいとか、
そんな言葉よりも先に、
体が反応してしまっていた。
それでも、
仕事には行かなければならなかった。
顔を洗って、
泣いた痕が残らないように目を冷やして、
何事もなかったみたいな顔をつくる。
その作業が、やけに機械的で、
自分が自分じゃないみたいだった。
電車の中では、
周りの人たちが普通に一日を始めていた。
スマートフォンを見ている人、
眠そうに立っている人、
誰ひとり、
私が昨日、世界を失ったことなんて知らない。
それが、少しだけ救いで、
少しだけ残酷だった。
仕事中、
私はちゃんと笑って、
ちゃんと返事をして、
ちゃんと役に立っていた。
それができてしまう自分に、
ほっとする気持ちと、
裏切られたような気持ちが同時に湧いた。
――こんなふうに過ごせてしまうなら、
私の恋は、
本当はそんなに大したものじゃなかったんじゃないか。
そんな考えが浮かんでは、
慌てて消した。
帰り道、
駅に向かう途中で、
ふと足が止まった。
彼と一緒によく歩いた道だった。
何度も並んで歩いて、
他愛もない話をして、
ときどき手をつないだ、
あの道。
同じ景色なのに、
彼だけがいなかった。
それに気づいた瞬間、
喉の奥が一気に詰まって、
視界がにじんだ。
駅のホームに立つと、
彼と待ち合わせた改札が目に入った。
少し遅れて来る彼を待ちながら、
私はいつも柱にもたれていた。
今は、
その柱だけがそこにあった。
電車が来る音がして、
私は俯いたまま、
涙が落ちないように必死だった。
帰りに寄ったスーパーでは、
何を買えばいいのか分からなくなった。
二人分で買っていたもの。
彼が好きだったお菓子。
一緒に食べるつもりで選んでいた惣菜。
かごを持ったまま、
立ち尽くして、
気づいたらまた泣いていた。
ここでも、
世界は普通だった。
値札は変わらず、
店内放送が流れて、
レジには列ができている。
私だけが、
取り残されていた。
家に帰って、
鍵を閉めた瞬間、
力が抜けた。
今日一日、
ちゃんと生きてしまった。
泣いて、
働いて、
歩いて、
思い出して、
それでも終わらなかった。
あのときの私は、
まだ知らなかった。
この「終われなかった一日」が、
のちに
私を救うことになるなんて。
私は泣いていた。
声は出なかった。
布団に顔を押しつけて、
息を殺すみたいにして、
ただ涙だけが落ちていった。
どうして泣いているのか、
もう整理はできなかった。
寂しいとか、悔しいとか、
そんな言葉よりも先に、
体が反応してしまっていた。
それでも、
仕事には行かなければならなかった。
顔を洗って、
泣いた痕が残らないように目を冷やして、
何事もなかったみたいな顔をつくる。
その作業が、やけに機械的で、
自分が自分じゃないみたいだった。
電車の中では、
周りの人たちが普通に一日を始めていた。
スマートフォンを見ている人、
眠そうに立っている人、
誰ひとり、
私が昨日、世界を失ったことなんて知らない。
それが、少しだけ救いで、
少しだけ残酷だった。
仕事中、
私はちゃんと笑って、
ちゃんと返事をして、
ちゃんと役に立っていた。
それができてしまう自分に、
ほっとする気持ちと、
裏切られたような気持ちが同時に湧いた。
――こんなふうに過ごせてしまうなら、
私の恋は、
本当はそんなに大したものじゃなかったんじゃないか。
そんな考えが浮かんでは、
慌てて消した。
帰り道、
駅に向かう途中で、
ふと足が止まった。
彼と一緒によく歩いた道だった。
何度も並んで歩いて、
他愛もない話をして、
ときどき手をつないだ、
あの道。
同じ景色なのに、
彼だけがいなかった。
それに気づいた瞬間、
喉の奥が一気に詰まって、
視界がにじんだ。
駅のホームに立つと、
彼と待ち合わせた改札が目に入った。
少し遅れて来る彼を待ちながら、
私はいつも柱にもたれていた。
今は、
その柱だけがそこにあった。
電車が来る音がして、
私は俯いたまま、
涙が落ちないように必死だった。
帰りに寄ったスーパーでは、
何を買えばいいのか分からなくなった。
二人分で買っていたもの。
彼が好きだったお菓子。
一緒に食べるつもりで選んでいた惣菜。
かごを持ったまま、
立ち尽くして、
気づいたらまた泣いていた。
ここでも、
世界は普通だった。
値札は変わらず、
店内放送が流れて、
レジには列ができている。
私だけが、
取り残されていた。
家に帰って、
鍵を閉めた瞬間、
力が抜けた。
今日一日、
ちゃんと生きてしまった。
泣いて、
働いて、
歩いて、
思い出して、
それでも終わらなかった。
あのときの私は、
まだ知らなかった。
この「終われなかった一日」が、
のちに
私を救うことになるなんて。
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