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第三章
二十話
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目を覚ますと、陽光が目に染みた。身を起こそうとして気付く。忍を抱きこむように肢体を絡ませたまま、瞬がぐっすりと眠っている。さすがに体格の違いすぎる瞬にこの体勢で抱え込まれると、手荒な方法でしか外せない。一瞬力を込めて上半身を抜き出そうと試みるが、想像以上にがっちりホールドされている。諦めて瞬の腕の中に身を委ねて、改めてその顔立ちを鑑賞してみる。彫りの深い男らしい造形はもとより、眉もきりっと力強く、鼻筋もくっきりと通っている。忍とは対照的なイエローベースの肌はほどよく焼けて、常日頃は本人の人懐こい性格やまっすぐな笑顔の幼さで意識もしないが、こうしてみると随分と色気過剰も甚だしい。ギャップ萌え、という言葉が脳裏をよぎる。こんな見た目で中身が素直すぎるとこれば、大抵の女性は頼もしさと庇護欲に振り回されて大変なことになるのではないかと思ってしまう。もっとも瞬があそこまで甘え切るのは忍に対してだけで、瞬にとっては望みもしないまま晒す羽目になったのだろうが、幼子のように涙を零して震える指先で縋ってくる姿を見たことがあるのは忍だけだ。つい、無数にいるであろう瞬に焦がれる人間たちへの優越感に浸る。
握りしめている相手の手が光へ導いてくれることに何の疑いも持たない瞬の幼さは、性質の悪い人間に引っ掛かればすぐに奈落へと落とされる弱点だ。今まで数知れない虐待と暴力に晒されてきたというのにそれでも人を信じてしまう性格は――いや、いい。これから先、死ぬまで彼を守り抜けばいい。
昨晩贈ったcollarは瞬の好みも考慮したネイビーの革のチョーカーで、フロントセンターのシルバーの凝った細工飾りで留める形だ。瞬がそうしようと思えばいつでも外せるものを選んだのは、瞬のためでもあるが忍自身のためでもある。きっと瞬は外さないでいてくれるからだ。
不意に喉を襲った渇きと痛みで咳が漏れる。昨日あまりにも水に浸かりすぎたせいだろうか。口中に滲む血液の匂いに、粘膜を傷つけてしまったかと眉根を寄せる。嗅覚の良い瞬がはっと瞼を開けた。
「……忍……? どっか、怪我してるか……?」
不安に苛まれる瞬の指が絡めとっていた忍の躰を滑る。少し思案して、二の腕をちらりと視線で指してやった。
「腕を少しね。大丈夫だよ、大したことはないから」
覗き込んだ瞬が傷跡に額を押しつける。見ればすぐにわかってしまう、それが瞬の指先がつけたものであることは。記憶にないことが余計に恐ろしい。意識もないまま忍を傷つけたのかと。抱きすくめられたまま、縋りついている瞬の背を撫でてやる。その躰に刻まれている火傷の痕の方がよほど痛々しいのだ。
「大丈夫だから、ね? こんな小さな傷はすぐに治るよ。もう痛みもない。心配しないで」
小さく掠れた喉が再度咳をする。唾を飲み込んで血の匂いを消すが、瞬が気づかないわけがなかった。見開かれた瞳の中で震える虹彩を見つめ返して、大丈夫、と忍が囁く。
「咳をしすぎただけだよ。すぐに治る。大丈夫」
瞬がかぶりを振る。そんなわけがない。忍の咳はそれほどひどい症状ではない、何か他に理由があるに違いない。
「病院、行こう――」
不安のあまり、締め付けられるように頭が痛む。細い体が今にも消えてしまいそうで、しがみつく腕の力が強くなってしまう。何か大変な病気なのではないか……命にかかわるような、そんな病だったら……?
「帰ろう、帰ってすぐ検査に行こう。頼むから……お前に何かあったら俺……」
震え始めてしまう瞬の躰に冷や汗が滲んでいる。不安が伝染したかのように、忍の心にもわずかに翳りが落ちた。
何度言い聞かせても帰ると言ってきかない瞬のために、予定を繰り上げ東京に戻った忍はそのまま訪れた病院でいくつかの検査をこなした。疑いあり、と言われるままに喀痰検査も行い、提出する。不安のあまりせっかくの有給期間ずっと忍に貼りついていた瞬に負担をかけないよう、仕事を抜け出して結果を聞きに診察室の椅子に腰かける。
「……──これから、ステージを調べていくことになるけれどね。君は肺がんです。進行度合いによっては手術や抗がん剤での治療も必要になっていくでしょう。ご家族は?」
医師の言葉に思考回路が凍り付く。なぜ、という思いを押し殺して後日の検査の日程と説明をメモに記し、半ば茫然としながら帰路につく。忍の様子に瞬が怯えてしまわないよう、細心の注意を払って二週間をやり過ごした忍に、その後の細胞診の結果が絶望を伴って落とされた。
「……ご家族に伝えた方がいいでしょう。君の癌の進行はすでにステージ3です。……転移もしている。手術は難しいでしょう」
真っ白に霞んでゆく意識の中で、呟くように尋ねる。
「……余命は」
「…………二年。もちろん、それ以下になることもあります」
握りしめている相手の手が光へ導いてくれることに何の疑いも持たない瞬の幼さは、性質の悪い人間に引っ掛かればすぐに奈落へと落とされる弱点だ。今まで数知れない虐待と暴力に晒されてきたというのにそれでも人を信じてしまう性格は――いや、いい。これから先、死ぬまで彼を守り抜けばいい。
昨晩贈ったcollarは瞬の好みも考慮したネイビーの革のチョーカーで、フロントセンターのシルバーの凝った細工飾りで留める形だ。瞬がそうしようと思えばいつでも外せるものを選んだのは、瞬のためでもあるが忍自身のためでもある。きっと瞬は外さないでいてくれるからだ。
不意に喉を襲った渇きと痛みで咳が漏れる。昨日あまりにも水に浸かりすぎたせいだろうか。口中に滲む血液の匂いに、粘膜を傷つけてしまったかと眉根を寄せる。嗅覚の良い瞬がはっと瞼を開けた。
「……忍……? どっか、怪我してるか……?」
不安に苛まれる瞬の指が絡めとっていた忍の躰を滑る。少し思案して、二の腕をちらりと視線で指してやった。
「腕を少しね。大丈夫だよ、大したことはないから」
覗き込んだ瞬が傷跡に額を押しつける。見ればすぐにわかってしまう、それが瞬の指先がつけたものであることは。記憶にないことが余計に恐ろしい。意識もないまま忍を傷つけたのかと。抱きすくめられたまま、縋りついている瞬の背を撫でてやる。その躰に刻まれている火傷の痕の方がよほど痛々しいのだ。
「大丈夫だから、ね? こんな小さな傷はすぐに治るよ。もう痛みもない。心配しないで」
小さく掠れた喉が再度咳をする。唾を飲み込んで血の匂いを消すが、瞬が気づかないわけがなかった。見開かれた瞳の中で震える虹彩を見つめ返して、大丈夫、と忍が囁く。
「咳をしすぎただけだよ。すぐに治る。大丈夫」
瞬がかぶりを振る。そんなわけがない。忍の咳はそれほどひどい症状ではない、何か他に理由があるに違いない。
「病院、行こう――」
不安のあまり、締め付けられるように頭が痛む。細い体が今にも消えてしまいそうで、しがみつく腕の力が強くなってしまう。何か大変な病気なのではないか……命にかかわるような、そんな病だったら……?
「帰ろう、帰ってすぐ検査に行こう。頼むから……お前に何かあったら俺……」
震え始めてしまう瞬の躰に冷や汗が滲んでいる。不安が伝染したかのように、忍の心にもわずかに翳りが落ちた。
何度言い聞かせても帰ると言ってきかない瞬のために、予定を繰り上げ東京に戻った忍はそのまま訪れた病院でいくつかの検査をこなした。疑いあり、と言われるままに喀痰検査も行い、提出する。不安のあまりせっかくの有給期間ずっと忍に貼りついていた瞬に負担をかけないよう、仕事を抜け出して結果を聞きに診察室の椅子に腰かける。
「……──これから、ステージを調べていくことになるけれどね。君は肺がんです。進行度合いによっては手術や抗がん剤での治療も必要になっていくでしょう。ご家族は?」
医師の言葉に思考回路が凍り付く。なぜ、という思いを押し殺して後日の検査の日程と説明をメモに記し、半ば茫然としながら帰路につく。忍の様子に瞬が怯えてしまわないよう、細心の注意を払って二週間をやり過ごした忍に、その後の細胞診の結果が絶望を伴って落とされた。
「……ご家族に伝えた方がいいでしょう。君の癌の進行はすでにステージ3です。……転移もしている。手術は難しいでしょう」
真っ白に霞んでゆく意識の中で、呟くように尋ねる。
「……余命は」
「…………二年。もちろん、それ以下になることもあります」
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