スパダリ社長の狼くん

soirée

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第四章

九話

 病室を受付で聞いて、瞬の好きないくつかのスイーツとコーラを買った手提げ袋を片手に指示されたフロアへ向かう。三階、南病棟Aフロア。
(302……303。305、ここか)
 患者の名前を確認するまでもなく、中から反抗的な瞬の声が響く。揶揄われているのか、怒気を隠しもしていない。珍しいこともあるなと首を傾げながら、スライドドアをノックする。
「瞬。入ってもいい?」
「忍!」
 すぐにぱっとドアが開く。まだ術前の彼にとってはただただ退屈なだけの入院だ。ベッドに入ってすらいない上、社内で忍に会えるわけでもない状況で表情全体から寂しかったと伝わってくるのに笑ってしまう。明日は少し仕事を早めに片付けてきてやろうかと考えた。抱きつきたいのを堪えているような瞬の背の高い髪を腕を伸ばして撫でてやる。
「何、俺が撫でるとあんな塩対応なのにお義兄さんには素直なんだねぇ」
 部屋の中から響いた声に忍が視線を上げる。お義兄さん? と首を傾げる。瞬が慌てた。
「違う、ええっと……なんでもないんだよ、あとでちゃんと話すから」
 ああ、と忍が察する。要は男性同士の関係をどう説明していいのかわからず適当に誤魔化した結果こうなったのだろう。意地の悪い視線を瞬に向ける。白々しく答えた。
「ええ、義弟は僕にはべったりで。何か失礼がないといいのですが」
「し、忍……」
瞬が消え入りそうな声になる。本当は忍からはっきりと恋人なのだと説明して欲しかったのだろうが、そうそう都合よく動いてはやれない。それは忍だって同じなのだから。少しくらいは意趣返しをしてもいいだろう。
「弟さん、随分とまぁ反抗期。なかなか素直にならないもんだから手を焼くね。21歳で小児外科に預けられたらそうなるのも無理はないけど。明日の手術は予定通りですので少しでも不安なことがあれば言って欲しいんだけどな」
「そうなの? 瞬、医師の言うことは聞かなきゃダメだよ。分かってるんだろうに」
 ベッドに腰を下ろして尋ねた忍に瞬が必死で訴える。
「ちが、だってこいつ俺のこと本当に幼児みたいな扱いするから、だから……」
「せめてこの人、って言おうか。どうした? かなり苛ついてるだろう?」
 瞬の言葉にできない蟠りを素早く見抜いて忍が穏やかに問いかける。瞬が泣きそうな顔になるのを見てとって、矢田に断りを入れた。
「すみません、一度席を外してください。落ち着きましたらナースコールでご連絡しますから」
「なるほど、こういう扱いを受けてるからか……」
 小さく呟いた矢田の独白を聞き逃さず耳に入れながら、会釈をする。すぐに切り替えるように頷いて朗らかな笑みで病室を後にした矢田を見送り、瞬に向き直る。まだ病室の端で固まっている瞬を落ち着かせるように穏やかに名前を呼ぶ。
「瞬、もう大丈夫だよ。何があった? 話してごらん、泣きそうな顔をしているよ」
 ふらふらと歩み寄ってきた瞬が忍に縋り付くようにベッドに頽れる。
「俺、そんなガキなのか……?なんでこの歳で小児外科なんか……それにあいつ、最初からずっと俺のこと幼児かなんかみたいな扱いですげえムカつくっ……あんな野郎とあと一週間もこんなとこいたらおかしくなる、帰りたい……帰りたい、忍がいい」
 忍が困ったなと小さく微笑む。瞬の精神年齢の幼さを見抜かれてしまったか、と。今の瞬はまさに思春期に近い精神構造で、幼さとそれに見合わないプライドが混然としている。子供扱いされたくないといいながらもこんなにもすぐに縋ってしまうあたりは甘えたい本音があるのも事実で、それでも本人がそれを認めたがっていないせいでややこしいことになる。静かに髪を撫でて言い聞かせる。
「瞬、君は今すごく不安定な時期なんだよ。君は有給を取った時にも焦っていたよね、僕に追いつきたい、もっと人に何かを与えられる存在になりたいって。いい事だよ。そして少しずつその通りに君は成長してきている。でも、人は一朝一夕に大人にはなれない。君は今気持ちばかりが先に立って、精神がそれに追いついていない。どうして、どうして、って悔しい思いばかりがあるよね。そんな時に人から子供扱いをされると余計に腹が立ってしまう、それが今の君。分かるかな、周りはそんなに悪意を持って君に接しているわけじゃないんだよ。君の素直な性格を好いて君の魅力として扱っているだけなのに、君がハリネズミになってしまっているだけなんだ。そう言う時は深呼吸をしてごらん。そして僕の言葉を思い出してね。君のペースでいいんだよって」
 それでも瞬が悔しそうに両手を握るのを微笑んで開かせてやる。
「君は子供じゃないよ。充分に人の痛みがわかる優しい大人だ。大丈夫」
 肯定の言葉ばかりを落とすのは、瞬の甘えたい心を否定しないでいてやるためだ。瞬本人のためにと苦言を落とすことは容易いが、追い詰めるばかりでは人は育たない。時には認めて甘えさせてやらないと心を拗らせたまま思いもよらない方向に捻じ曲がってしまう。特に瞬のような自罰傾向の強い相手には否定は時に鋭すぎるナイフになってしまうのだ。ただでさえ自分で自分を追い詰めているのに、忍までもが厳しくしすぎてしまうと瞬の逃げ場は無くなってしまう。それに今は忍から離れて本当は不安な心も抱えているのだから、甘えさせてやるのは大切なことだ。トントンと背中に回した手で優しくあやす。
「大丈夫だよ。ね。一週間、頑張ろう。こういう経験も君をまた大人にしてくれる。君は今何だって吸収して君の糧にできる時期だ。何一つ無駄なことなんてない。僕もそばにいるから」
 そうだ、と思い出したように声を上げてスーツの懐を探る。取り出したのは、スタイリッシュな黒のお守りだ。ぴしっと袴を着せつけたようなデザインで、よくSNSで縁結びのお守りとして見るものだ。
「ふふ、神社に特注なんてなかなか言い出しにくかったよ。君に上げたいと思って。僕のも同じデザインで作ってもらった。見えないけど、内側に君のには僕の名前が、僕のには君の名前が刺繍してあるそうだよ。ずっと一緒だ。今はとりあえずこれをあげる。退院したら2人でエンゲージリングを買いに行こう。君の好きなデザインで、内側に刻印も入れて。僕も揃いでね」
「……いいのか?! すげえ……すげえ嬉しい、忍……ありがとう、お前って俺の機嫌取るのうますぎるだろ……?!」
 ぱっと明るくなる瞬の表情に愛しさが込み上げる。この顔を見られるなら何だってしてやれる。

 そのまま何とか言い聞かせて瞬をベッドに着かせ、ナースコールで矢田を呼ぶ。ややして響いた靴音に顔を顰める瞬に、悪戯っぽく「こら」と耳をつねってやる。
「ああ、ご機嫌回復。顔色良くなったね。お義兄さんすごいな」
「矢田先生。僕からも少し。あまり瞬を子供扱いしないでやってください、彼にだってプライドがあります。僕からのお願いです」
 ぎょっとしたように瞬が目を見開く。そんなことを忍に言わせる気はなかったのに、と狼狽えた手が忍の手を取る。いいんだよ、と忍が微笑んだ。
「そう? んじゃ、俺なりに子供扱いはやめよっかな。ごめんね。んじゃ、今後の術後の退院までのスケジュール、説明するからね」
 特に気を悪くした様子もなく矢田はさらりと流す。だが、忍はふとその物言いに何かを感じ取った。何だろう、言葉で言い表すことはできないが、ほんの僅かな……違和感。胸騒ぎがする。静かに視線を据えて説明を聞きながら、矢田を観察する。
 白衣の似合う長身は瞬よりもさらに上背があるかもしれない。何かスポーツをやっていたことが伺える、筋肉の付いた均整の取れた体。外科医という特性上なのか、ツーブロックの短髪は黒髪のまま、白くも黒くもない標準的な焼け方の肌の薬指に、指輪をはめていた痕跡。既婚者だった、ということか。身のこなしに隙がない。もしかするとやっていたスポーツは、忍と同じく武術の類かもしれない。忍ほどの腕前でも相手のレベルがよくわからない。おそらくは、同等の能力の相手だ。つい癖のようなもので、立ち合えばどう動けば勝てるだろう、と目算する。体格差がありすぎる。真っ向勝負は不利な相手だ。そしておそらく──Glareも忍と同格かそれ以上のDom。
「おーい。お義兄さん。聞いてます?」
 矢田の声にハッとする。瞬までもが心配そうにこちらを見ていた。
「……すみません。少し疲れていて」
 咄嗟に当たり障りのない言い訳を口にする。嘘ではない、瞬が不在の中、タスクの多くを自己管理している忍の仕事は増えている。それに加えて今は佑のケアも必要になっているのでセキュリティ事業部にも積極的に足を運んでいるのだ。それでも帰宅をしても部屋で迎えてくれるのはピー助のみ。疲れていないわけがない。
「……大丈夫か?」
 不安に揺れる瞬の瞳を見返して、微笑んでやる。安心させるようにしっかりと頷いてやる。
「大丈夫だよ。君は君のことだけを考えていればいいからね」
「んー、なんか聞いてなかったっぽいから後でメールで送っておこうか。メアド聞いてもいいですかね」
 矢田のセリフに驚く。医師がこんなところで個人的に連絡先を交換するなど聞いたことがない。矢田が苦笑した。
「いやいや、説明しても聞いてられないくらい疲れてるのは見りゃ分かりますよ。大丈夫です、必要な説明送ったら消去しますから」
 そう言われると断れない。聞いていなかったのは忍なのだから──なし崩し的に連絡先を交換する。不覚だったと眉間を揉む。普段ならば、相手の観察をしながら話を聞く程度簡単にこなせるのに。
 そんな忍の細い体の線を眺めた矢田の視線に、瞬がふと先ほど忍が覚えたのと同種の違和感を抱く。
何だろう。かけるべきボタンが違うような……

 



 一通りの世間話を終えて、寂しくてたまらないという顔をする瞬を宥めすかして病室を出る。矢田が付いてくるのに特に不信は覚えないまま、並んで病棟を歩く。
「お義兄さん。義弟さん甘やかしすぎですよ」
 矢田の言葉に苦笑を返す。分かっているが、こればかりは。あと少ししかこんな時間は残されていないのだから……。
「僕は……余命が二年です。今しか甘やかしてあげられないので」
「だったら尚更、もっと強くしといたほうがいいんじゃないですかね」
 切り込むような矢田の声にまつ毛を伏せる。
「人は……闇雲に殴りつけても強くはなりません。今はこれでいいんです。あの子のために」
「ふーん……」
 矢田が曲がり角で忍に手を振る。
「喫煙所行きますんでね。あとでメール送りますんで楽しみにしててくださいね」
 その言葉にまた忍が小さな違和感に眉根を寄せる。
 信用していいのか、とエラー音のように何かが……。

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