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第四章
十話
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矢田が喫煙所でタバコの煙を吐き出す。
「覚えてねーな。あれは」
忍の小綺麗に整った顔と細い体の感触を思い返す。あれほど蹂躙してやったのに綺麗さっぱり忘れている事実に苛立ちが募る。それとも蹂躙されたからこそ思い出せないのか……だとしたら、と背筋がゾクゾクと震える。
何も知らない子供に絶望を刻み込む快感。世間知らずの、まっさらだからこそ恐れを抱かない相手に服従を強いる悦楽……小児外科を目指した理由がこんなものだと知れば、きっと世の多くの人間は白い目を向けるだろう。だからこそ、堂々と掛け違えたボタンを見せつけながら気付かせない術を身につけた。違和感の正体に気づく頃にはもう這い上がれない沼の中に落ちている雛鳥は、矢田に助けを求めることしか叶わない。瞬のことも見ているだけで苛立ちを覚えるが、矢田の本当の目的は長谷部から名前を聞いたその瞬間から忍の方だ。もう一度、這いつくばらせて赦しを乞わせてみたい。美しい顔を歪めて泣きながらもう解放してくれと懇願する姿を見たい……。美しいものは、汚すために美しくあるのだ。雪のように一点のシミも無いものは、踏みつけて泥まみれにしてこそ価値がある。
「もう一度記憶をトばすほど壊してやりたいよな。あの坊やをイジってやれば血相変えて飛んでくるだろ」
メインディッシュの前には前菜を。瞬の素直な性格を闇へ突き落とすのも愉しそうだ、忍ほどでは無いにしろ──退屈凌ぎ程度には。口元が笑みを刻む。
当直ではなくとも、総合病院の仮眠室はたとえ一晩程度泊まっても何も言われはしない。表面上激務をこなす矢田が泊まり込んで何をしていたとしても、バレなければ……そして最悪の場合としてバレて懲戒免職になったとしても、矢田の腕であれば次はすぐに見つかる。外科医としての能力は伊達ではない。
「一週間の耐久コースに2名さま。どっちが先に壊れるかな」
矢田の婚前の苗字は、秋平。秋平透。嵌まるはずのない最悪のピースがここでまた一つ、ぴたりと合った。
「覚えてねーな。あれは」
忍の小綺麗に整った顔と細い体の感触を思い返す。あれほど蹂躙してやったのに綺麗さっぱり忘れている事実に苛立ちが募る。それとも蹂躙されたからこそ思い出せないのか……だとしたら、と背筋がゾクゾクと震える。
何も知らない子供に絶望を刻み込む快感。世間知らずの、まっさらだからこそ恐れを抱かない相手に服従を強いる悦楽……小児外科を目指した理由がこんなものだと知れば、きっと世の多くの人間は白い目を向けるだろう。だからこそ、堂々と掛け違えたボタンを見せつけながら気付かせない術を身につけた。違和感の正体に気づく頃にはもう這い上がれない沼の中に落ちている雛鳥は、矢田に助けを求めることしか叶わない。瞬のことも見ているだけで苛立ちを覚えるが、矢田の本当の目的は長谷部から名前を聞いたその瞬間から忍の方だ。もう一度、這いつくばらせて赦しを乞わせてみたい。美しい顔を歪めて泣きながらもう解放してくれと懇願する姿を見たい……。美しいものは、汚すために美しくあるのだ。雪のように一点のシミも無いものは、踏みつけて泥まみれにしてこそ価値がある。
「もう一度記憶をトばすほど壊してやりたいよな。あの坊やをイジってやれば血相変えて飛んでくるだろ」
メインディッシュの前には前菜を。瞬の素直な性格を闇へ突き落とすのも愉しそうだ、忍ほどでは無いにしろ──退屈凌ぎ程度には。口元が笑みを刻む。
当直ではなくとも、総合病院の仮眠室はたとえ一晩程度泊まっても何も言われはしない。表面上激務をこなす矢田が泊まり込んで何をしていたとしても、バレなければ……そして最悪の場合としてバレて懲戒免職になったとしても、矢田の腕であれば次はすぐに見つかる。外科医としての能力は伊達ではない。
「一週間の耐久コースに2名さま。どっちが先に壊れるかな」
矢田の婚前の苗字は、秋平。秋平透。嵌まるはずのない最悪のピースがここでまた一つ、ぴたりと合った。
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