徒然短編集

後醍醐(2代目)

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お題『一雫の涙が頬を伝った時、私は笑っていた。』

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  一雫の涙が頬を伝った時、私は笑っていた。そして私は、一枚の絵を前にただ佇んでいた。

  私は、高校で美術部に入った。昔から絵を描くのは好きだったし、しかし中学には残念ながら美術部は無く、私にとっては念願の美術部だった。そして何より、私は周りの誰よりも絵が上手いという自信があったのだ。そして実際そうだったらしく、入部してすぐに同級生は勿論、先生にも先輩にも褒められたのだ。それからの日々は正に順風満帆、幸せな毎日だった……のだが、ある日の事だ。
「ヘッタクソ」
  最初は、意味がわからなかった。字面だけが耳に入ってきて、それが『下手くそ』と理解できて始めて彼女の存在を認識した。
「丁寧で形だけは整ってる。でもね、アンタのそれは絵じゃない。線が形を作ってるだけよ」
  いつも教室の隅の方で一人黙々と描いてる先輩だった。
「そこまで言うなら、先輩の作品も見せてくださいよ」
「は?ちょっと待……」
  自分の絵に自信があった私は、それがただの嫉妬だと思っていた。先輩の静止も無視して、先輩が描いていた絵を見た。そして……私は言葉を失った。キャンパスいっぱいに広がるそれは、最早絵と呼べる代物では無い。まるで『一つの世界』だった。キャンパスとはただの絵を描く媒体では無く、『頭の中だけにある、キラキラした幻想の世界を覗くための窓』である。等と言われてしまえば、思わず頷いてしまいたくなるような絵であった。成程、確かにこんな絵を描くのならば私の絵なんて……
「クソっ、まだ途中だったのに!」
  先輩は突然、その絵を破って捨てた。
「な、何してるんですか、勿体ないですよ!」
「勿体ない?バカ言うな!この絵は途中だった。未完成品、つまりは不完全……そんな物を人に見せるなんてもっての外だ!作品に見た人の目線が混ざる」
「何言ってるかわからないですよ!見られたくないなら他所で描いたらどうですか?」
「ここしか描く道具が無いんだよ、部の道具を借りてるんだ」
  私は驚いた。昔から自分の画材道具を持っていて、絵を描き続けていたからこその技術と思っていたのに、そうでは無かったからだ。
「……お前、絵を描くのは好きか?」
「え?はい。だから、美術部に入ったんですよ」
「本当に絵を描くのが好きなのか??」
  ハッとして、思わず黙ってしまう。
「描いた絵に目線が混ざるってのは正にその事だ。『もっと褒められたい、もっと認められたい』その意思で描いた物は自分が描きたかった物から離れてしまう。それは胸を張って『自分の作品』と言える物では無い」
「……わかりました」
「ん?」
  私は、さっきまで描いていた絵を破り捨てて先輩にこう言った。
「勝負です、先輩。先輩が卒業するまでの二年間の間に、先輩に『上手だね』と言わせて見せます!」
その言葉に、先輩はニッと笑って
「受けて立つ!」
  と答えた。それから、私の戦いは始まったのだった……


  あの日から、約二年が過ぎた。変わり者で、クラスでも部活でも避けられていたボクにはほぼ思い出のない学生生活も、ここで終わる……となる筈だった。だがのおかげで、名残惜しいと思える程度の思い出はできた。有言実行と言わんばかりに、あの日から毎週の様に後輩は絵を見せてきた。その熱意は認めるべき物だったが、だからといって評価を甘くする事は無い。この二年、ボクは後輩の絵を否定し続けたのだった。その甲斐あってか後輩の画力はメキメキと上がって、更に絵への思いが高まったのか美大を目指し始めた様だ。結局勝負はギリギリ私の勝ち逃げで終わったが、この上達速度ならば美大も夢じゃないだろう。さて、そろそろ帰ろうか。校門から出た直後、もう一度だけ振り返ったボクの目には美術室への廊下を走る後輩の姿が見えた。入れ違い……か。まあいいさ、言葉は要らない。全ては残した絵に描いてあるのだから……


  急いで来たというのに、美術室にはメモと絵が一枚置いてあるだけで誰も居なかった。メモには『絵を見ろ、最後の作品をあげよう』と書いてある。……先輩が画材道具を持ってなかったのはそこまで裕福な家庭じゃないからで、先輩は家計の負担にならないように大学には行かず働く事になっているらしい。働き始めたら、ゆっくり絵を描く時間も無いだろうからもう辞めると言っていたので、正に最後の絵なのだ。……誰よりも才能も実力もあった先輩が絵を諦めたのに、中途半端な私が美大を目指すという事に負い目を感じて少し距離を置いてしまっていたのだが、それでも先輩は最後の作品を私の為に残してくれたのだ。そう思うと、胸が締め付けられそうになる。私は、意を決してその絵を見た。そこには、相変わらず素晴らしい幻想の世界が描かれていて……二人の少女が微笑み合っていた。、人の為の絵を描くことを嫌い、常に自分の為に絵を描いていた先輩。だがどうだろう、この絵の二人の少女はまるで私と先輩の様ではないか。それに気づいた途端、私の中で感情が弾けた。私を先輩の中の世界の一部として認めてくれていた事への嬉しさと、終ぞ絵を褒めて貰えなかった悔しさと。そして一雫の涙が頬を伝った時、私は…………
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