言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹

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成り立てほやほや王女殿下の初仕事

09 再度、少年と話をする

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 私が号令を出してからは早かった。

 瞬く間にテントは片付けられていく。

 生きる屍に噛まれ重症を負い、まだ意識が戻らない先兵は、荷馬車へと運ばれ寝かされた。仲間の先兵も一緒に。

「あの少年が気になるか?」

 皆の作業を見ていた私に、イシリス様がそっと寄り添い尋ねてくる。

「気にならないといえば、嘘になりますね……」

 駆け出した少年を、私は追い掛けなかった。監視も付けなかった。せっかく助かった命を、ここで散らすのも、私たちと一緒に来て生きながらえるのも、自分自身で決めることだって思ったから。とても冷たいと、思われるかもしれないけど。

「それは違うぞ。ミネリアは冷たくはない。優しすぎるほど優しいぞ」

 イシリス様が必死で否定してくる。

「私が優しいなんて、そんなことを仰るのはイシリス様くらいですわ」

 思わず、苦笑が漏れる。

「ミネリアがどう思おうと、ミネリアは優しい。帰ったら、あの女にも訊いてみろ。俺と同じことを言うぞ」

 リアス様が?

 私とイシリス様が他愛もない話をしていると、聖騎士が私たちに近付き膝を付くと告げた。

「聖獣様、ミネリア王女殿下、至急お伝えしたいことが」

 てっきり、作業が終わったことの報告だと思ったけど違うみたいね。

「どうした?」

「何か予期せぬことでも起きましたか?」

 イシリス様と私は聖騎士に尋ねる。

「先ほど保護した少年なのですが、ポーションを盗みだし、マント町に向かったようですが、町には入る勇気がなくて、聖獣様の結界内で腰を抜かしております。いかがいたしましょうか?」

 作業もほぼ終わった状態で、少年を保護するのか、それとも、そのまま放置して去るのか、判断ができないから訊きにきたのね。

 それにしても、ポーションを盗みだすなんて、自分で治療しに行こうと思ったの? 無謀すぎるわね。それでも、大事な姉を救いたかった。気持ちは痛いほどわかるわ。治療師が特級ポーションを取りに飛び出したから、ポーションのある場所を把握できたのね。

 私はイシリス様に視線を向け小さく頷いてから、聖騎士に告げた。

「少年の所に案内しなさい。最終意志を確認します」

「畏まりました」

 私たちは聖騎士と共に少年のいる場所へと向かった。

 マントの町から距離をとっているとはいえ、生者の気配は敏感に感じ取るものね、生きる屍は。習性とはいえ、忌々しい。

 イシリス様が張った結界の外は、生きる屍がうようよしていた。数時間とは全然違う状況に、引き際を間違えないでよかったと、内心私は思った。

「生きる屍が怖くて、動けませんか?」

 私は腰を抜かしてカタガタ震えている少年に向かって話し掛けた。

「煩い!! 姉ちゃんを助けてくれないなら、話し掛けるな!!」

 少年は私を見ると、そう怒鳴ってきた。聖騎士とイシリス様が動こうとするのを、私は手で制した。

「ポーションを盗み出した泥棒が大きな口を叩きますね」

「あんなにいっぱいあるんだから、少しぐらいいいだろ!!」

「よくありませんわ。あれは、ベルケイド王国の民のものです。他国の者のものではありませんわ」

「あんたにとったら、他国の平民は人間じゃないんだな」

 少年は私を怒りの目で見てくる。

「もしそうなら、貴方を命懸けで助けた先兵たちを助けたりはしませんわ。イシリス様の手を借り、特級ポーションを使ってまで。なぜなら、私が命じたのはマントの町を見てくること。人命救助は命じていませんわ」

「あんたは、姉ちゃんを助けてくれなかった!!」

 少年はなおもくって掛かってくる。

「そうですか……つまり、貴方は、もう助からない貴方の姉を助けるために、我がベルケイド王国の兵を死なせても構わないと仰るのですね。彼らにも家族がいるのに」

 結界の外に視線を向けながら私は言う。

「そっ、それは……」

 少年は言葉に詰まった様子で俯く。

「私がここに来たのは、貴方の意志を確認するためです」

 私の台詞に、少年はビクッと体を竦ませるが、顔を上げることはなかった。私は構わずに告げた。

「間もなく、私たちはここを撤退します。暫くは結界は維持されますが、時間が経てば解除されます。この場に留まるか、私たちに付いてくるか決めなさい。よいですね。……言っときますが、私たちは二度、貴方を助けることはしません。わかりましたか?」

 これ以上、少年に時間を費やすことはできない。私は言うだけ言うと、踵を返した。

「やっぱり、ミネリアは優しいな」

 イシリス様がニコニコと微笑みながら言ってきた。

「どこがです?」

 突き放した言い方しかしなかったのに。結構、厳しいことも言った。なのに、それが優しいって。

「ミネリアは少年が持っていたポーションを取り上げなかっただろ? それに、少年に親切にも現実を教えてやって、生き残る道を示してあげた。優しいからだろ」

「それは……別に、優しさからではありませんわ」

 改めて言われると、居た堪れないわね。

「ミネリア王女殿下はとても優しく、凛々しくあらせられます。ゆえに、我ら聖騎士たちも、安心して命を預けられるのです」

 同行していた聖騎士までもそう言い出すから、なおさら、居た堪れなくなった。若干赤くなった顔は、イシリス様のおかげで見られなくてすんだけど、ちょっと苦しい。

「ジッとして、ミネリア。もしかして、君はミネリアのことを……」

 イシリス様がとんでもないことを言い出した。

「まさか!! これは、聖騎士たちの主従としての総意です。それ以上の他意はありません」

「その言葉に嘘はないな」

「ありません!!」

 イシリス様は聖騎士を訝しげに見ると言った。

「なら、今回は見逃してやろう」

「有難き幸せ!!」

 絶対、全身冷や汗まみれね。可哀想に、萎縮してるわ……全く、イシリス様は!! 後でお説教だわ。

「えっ、何で!?」

 焦るイシリス様を私は無視すると離れた。

「ごめんなさいね。後で、叱っておきますから、許してくださいね」

 私は聖騎士に謝った。

 若干引かれてるのは何故かな?



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