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雛の刷り込み
「……この王国は、こんなにも、貞操観念が低いとは知らなかったよ」
そう淡々とアルお兄様は言いながら、こめかみをピクピクさせて紅茶を飲んでいる。
ユニと私は床の上で正座させられていた。
「アルお兄様、単刀直入に言います。ユニと正式に婚約したいです。というか、します。これは決定事項です。邪魔をしてきても、絶対に婚約します。如何なる手を使っても、婚約します」
一気に言ってやった。
「…………そのために、外堀を埋めてきたわけか。訊くが、泊まるようユーニスに強要されたわけではないよな?」
アルお兄様の口調は穏やかだけど、とても冷え冷えとしていた。実際、凍った。
(さ、寒い……魔力漏れてる。部屋が一気に凍り付いたよ)
「俺は帰らせようとした!!」
ユニが速攻否定する。冷気が喉を刺激して、激しく咳き込んだ。
(ここはちゃんと否定しないと。ユニの評価に関わるわ)
「私の意思で、深夜、ユニの部屋に行きました。そのまま泊まることを決めたのは、私自身です。誰にも強要されてはいません」
否定すると、室内は、いつもの状態に戻った。ホッと胸を撫で下ろす。
「あのさ……アイナ、とても恥ずかしいことを言ってる自覚ある? それで確認だけど、何もなかったよね?」
あまりにも正直になり過ぎたみたい。
アルお兄様がこめかみを揉みながら確認する。執事さんと侍女さんはさすがだね、表情一つ変えてないよ。
何故か、ユニの顔は赤くなっていたけど。
「まぁ……自覚はあります。これでも、元伯爵令嬢でしたから。それで、何もなかったというのは、どういう意味ですか? 一緒の部屋で寝ただけですよ、同じベッドでは寝ていません。それに、一緒の部屋で寝るのは始めてではありませんし」
「始めてじゃない……」
(あっ、また魔力が)
アルお兄様の意図が分からなくて、私は首を傾げる。反対に、ユニは理解しているようで、焦りながら叫んだ。
「俺はソファーで寝た!! 同室だったのは 旅をしていたからだ!!」
必死で弁解するユニの姿を、物凄く冷たい目で、アルお兄様は見下ろした。
「つまり、床は同じではなかったのだな?」
「同じじゃない!!」
ユニは全身で否定する。私は何故か面白くなかった。再度、アルお兄様は確認している。
(何を確認してるの? そこまで必要なのかな?)
私を無視して、あーだこーだ言ってるのを聞いていて、ふと、話の論点がズレてきているのに気付いた。なので無理矢理、軌道修正したよ。
「あの!? 何度も繰り返しますが、私たちは婚約を希望します。理由は、この方法でしか、私の隣にユニがいられないからです。もし受け入れないのなら、このまま王族に入ることなく、二人で旅をすることを許してくれますか?」
(半分脅しよね。でも、これが本音)
私の本音と覚悟を聞いたアルお兄様は、盛大な溜め息を吐いた。
「それは出来ないよ、アイナ。君はグリリアス王国において重要な存在であり、我が王国の第一王女なのだから……しょうがない、少しの遠出ぐらいなら、なんとか……」
アルお兄様が、物凄く譲歩してくれているのが分かる。
婚約に関して、そもそもアルお兄様に決定権はない。それに、私が提示した無茶な選択も、王権という権力の前では意味のないことも理解していた。なのに、真剣に考え、頭ごなしに否定してこないアルお兄様に、私は情を抱いていた。
「分かりました。旅の件は一旦諦めますが、婚約の件は、アルお兄様から口添えしていただけると助かります」
(自分勝手で我が儘な願いよね)
理解しながらも、私は正座したまま頭を下げる。隣で、ユニも頭を下げた。
「……頭を下げるってことは、ユーニス、君は私の妹と婚約したいのか?」
「ああ」
不愉快と怒りマックス状態で、アルお兄様はユニに詰め寄る。ユニも負けていない。
(ユニ~~!!)
胸がジワ~と熱くなってきた。嬉しくてたまらない。同時に、ホッとしている自分がいた。自覚はあるの、凄く強引だったって。ユニからしたら、汚い成長不良の子供に懐かれただけ。
ユニは、雛の刷り込みに近いと考えているかもしれない。たぶん、アルお兄様はそう考えてる。
(否定はしないよ。正直、雛の刷り込みのようなものだったし)
それでも、一緒にいたいと切に願った。差し出された手を離したくなかった。
ずっと、手を繋いでくれると嬉しいよ。でも、いつかは繋いだ手を離される日が来るって思ってる。繋ぎ続けられるなんて思えるほど、目出度くないよ。
ユニが誰かに恋をするまで、私がその隣にいてもいいよね。簡単に離したりはしないけど……たぶん、とても愚図ると思う。
「しょうがない。国王陛下に打診はしてみよう。でもね、直接、自分の口から言う方がいいんじゃないか。未来は自分の手で切り開かないと意味がない。それで、グリリアス王国までだが、帰りはのんびり馬車の旅をしながら帰ればいい」
確かに、アルお兄様の言う通りだね。
それでも、頭から否定されなかったことが、私はとても嬉しかった。私は立ち上がって頭を深々と下げた。
「ありがとうございます!!」
「一応、護衛は付けるから。邪魔にはならないように言っておくよ。ただ、節度は守るように」
「重ねての配慮、ありがとうございます!!」
思わず、歓喜の声を上げちゃった。ユニは顔を赤くして興奮気味。アルお兄様は、何とも言えない表情をしていたよ。
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