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第二章 ラッシュ港攻略

光と闇【SIDE:ユリウス王子】

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 兄であるアークと過ごした記憶は殆どない。

 それでも、双子の兄がいることは知っていた。その兄の名前がアークだってことも知っていた。ただそれだけだ。寝食を一緒にしたことはなかったし、遠くから数回見たことがあるくらいだった。

 アークは特別な選ばれた存在。
 
 しかし、俺はそこら辺に転がっている石ころと同じ、価値のない存在だ。

 そんな俺が王子として生かされている理由は、アークの身代わり、影武者になるためだった。事実、物心がつく頃から繰り返しそう父上から言い聞かされていた。

 だけど、五歳の誕生日に、裏と表、闇と光が一瞬で入れ替わった。

 それからずっと十年間、俺は光の中を歩いて来た。これから先も歩いて行けると信じていた。その努力もし続けた。

 根拠なんて全くない。それでも、そう信じていた。鍛錬の痛みにも耐えてきた。

 なのにーー

 今日この日、闇は光に、光は闇へと変換した。呆気ない程に。ほんの一瞬で元に戻った。

 …………俺の十年間は何だったんだ?

 崩れるように両膝を付き座り込む。天を仰いでも答えは返ってこない。

 冷たい雨がポツリポツリと降り出す。

 いや、これが答えか……初めから、神は俺を認めていなかったんだ……俺は只の器に過ぎなかったんだ……

「それは違います。ユリウス王子。我々は王子を認めています。王子は器ではありません。我が主です。自信をお持ち下さい。我々は、ユリウス王子の頑張りを常に側で見ていましたから」

 意図せずに吐露していた胸の内を、側に控えていた護衛騎士が否定する。

「…………無様な俺でもか?」

「無様なら、私たちの方が酷いでしょうね。何も出来ませんでしたから」

 その口調と護衛騎士の表情は、噛み合ってはいなかった。悲痛な表情の中に悔しさが混じる。その表情を見て、ユリウスの中で何かが溶けていった。

「…………何も出来なかったのは、俺も同じだ。謝罪することも出来なかった。今なら分かる。俺は手を付いて、地面に頭を擦り付け謝らなければならなかった。真摯に」

 自分より遥かに苦しんできた兄に対して。
 
「そうですね。私たちは剣を抜くのではなく、謝罪しなければならなかった。アーク王子に」

 俺たちはまた選択を誤った。その付けは、必ず我が身に降り注がれる。

「今から、俺に出来ることはあるだろうか?」

「やることなら一杯あるぞ」

 その声に俺も護衛騎士たちも顔を上げる。発したのは冒険者の一人だった。あの緊迫した中で唯一最後までアークと対等にわたりあった人物だ。

「今更悔いても仕方がない。罪は罪。知らなかったとはいえ、俺たちはアーク様を偽勇者だと思っていた。広場に晒された聖なる方二人の亡骸を見て、罪人だと決めつけた。無知なせいでな。そのツケがこれだ。なら、ツケを払うのは俺たちしかいないだろ。これから、この国は更に魔物に支配される。俺たちに残された道は足掻くことだけしかないんじゃないか?」

 その台詞に、完全に折れた心に僅かだが光が差し込んだ。一条の光だが、暗闇の中ではその光も眩しい。

 そうだ。それしかない。この国は近いうちに歴史上から姿を消すだろう。なら、俺がするべきは破滅をただ待つのではなく、少しでも破滅を遅らすことじゃないか。その間に、僅かでも民を他国に逃がすことが出来れば……正直難しいと思うが、やるしかない。

「ありがとう。君たちのおかげで、こんな俺でもやるべきことが分かった。そうと決まれば王宮に戻ろう。そして、陛下から玉座を奪い取る。君たちも手伝ってくれるか?」

 俺は頭を下げ頼んだ。しかし、冒険者たちは首を横に振った。

「俺たちは政治に関与はしない。ただ魔物を狩るだけだ。まぁ俺たちも、王都に帰らないけないんだ。それまでは一緒だな」

「それで十分だ。宜しく頼む」

 俺はもう一度冒険者たちに頭を下げた。護衛騎士たちもだ。そこに、王子も貴族も存在しない。一人の人間として頼み込む姿だけだった。

「ああ。承知した」

 冒険者たちはニカッと笑った。
 
 この一歩は地獄へと続く一歩だ。それでも、俺たちの足取りはとても軽かった。
 

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