18 / 68
第二冊 絵本
老紳士(1)
しおりを挟む春さんと椿野彰が共に旅立って、二か月が経った。
霜がコンクリートを凍らせていた季節も漸く終わり、堀沿いに植えられた桜の樹が一斉に満開になった頃だ。
一人の老紳士が、紫の袱紗に包まれた絵本を持って神楽書店を訪れた。
一目見て、私は身なりのいい老紳士だなと思った。
着ている物もそうだけど、自然と出る立ち居振る舞いが洗練されていて、老紳士の育ちの良さを物語っている。歳をとっても、滲み出る優雅さは健在のようだ。
「お待ちしておりました。高藤様ですね」
私は遠方からお越しになったお客様にソファを勧める。固い椅子は膝と腰に負担が掛かるからね。
店内に入ってきたのは老紳士だけだった。おそらく、供の者は外に待たせているのだろう。
「こんにちは、お嬢さん。貴女が、今の神楽書店の店主ですね?」
老紳士は真っ直ぐ私を見詰める。
表情は柔和だ。なのに反して、その視線の強さに私は一瞬怯みそうになった。どうにか踏みとどまる。
確かに老紳士の視線は鋭く強い。
だけど、睨んでるとかじゃなくて、マイナスの印象は全く感じなかった。他のお客様のような、戸惑った表情や困惑した感じも受けない。
その代わりて言っていいのかな。何かを確かめるような、試されているようなそんな感じがした。
たぶん……始まってるんだと思う。
高藤さんが入って来たと同時に観察したように、彼もまた私を観察しているのだ。その目は、私よりもとても厳しいものだと感じた。それだけ、抱く想いは強いんだろう。嬉しくなった。
(気を引き締めないとね)
たからこそ背筋をピンっと伸ばす。
「はい。神谷祐樹といいます」
ソファに腰を下ろした老紳士に、私はコーヒーじゃなく桜茶と鶯餅を用意した。鶯餅の餡は彼が好きな粒あんだ。
茶菓子を見て、老紳士はここに来て初めて微笑む。
「……神楽さんは、よい後継者に恵まれたようだ」
向かいに腰を下ろそうとしていた私に、老紳士は優しい声で告げる。
(よかった……。一次試験は合格したようね)
「ありがとうございます。まだまだ若輩者ですが、そう言って頂けると嬉しいです」
一次試験が合格したことよりも、神楽さんのことを知っている人に認められたことの方が嬉しくて、私は自然と微笑んでいた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
117
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる