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第四冊 手帳

不器用だけど仕方ないじゃない

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「やっぱり、怒ってるんじゃん」

 箸でおかずを突きながらボヤく。お腹が空いてるのに食欲がない。勿論、理由は決まってる。

 拒否したあの日から二日、朱里様たちは姿を見せなかったからだ。今まで、こんなに長く姿を見せなかったことはなかった。

 胸がやたらざわつく。苛々する。

『はい、祐樹。おかずで遊ばない』

 ご飯をよそった茶碗を渡しながら、父さんは軽く私を叱る。

「だって……」

 一向に食べようとしない私を見て、父さんは軽く溜め息を吐く。

『早く食べないと冷めるよ』

 全然食欲がわかない。大好物の豚肉の生姜焼きだったのに。私って、そんなにメンタル弱かったかな。折角作ってくれた父さんに悪いけど、箸を置く。

『祐樹……』

「父さん。私、間違ってないよね」

 不安にかられて尋ねてしまう。

『間違ってないよ。父さんも祐樹と同じ考えだから』

 うん。父さんも断ってた。微笑む父に、私はぎこちないけど笑みを返す。

「私ね、朱里様たちに偉そうに言ったけど……どんな契約だったとしても、ちゃんと向き合って考えたいの。例えそれが、正しくて最良な道だったとしても」

 結果、大切な仲間を怒らせてしまっても。

『祐樹のその真摯な気持ち、ちゃんと皆に伝わってる。だから、ゆっくり考えて答えを出しなさい』

 そう言うと、父さんは私の頭に手をやる。中途半端な状態だから、父さんの手は私に触れることは出来ない。だけど、確かに父さんの手の温かみを感じることが出来た。

 安心したのか、猛烈にお腹が空いてきた。そんな私を見て、父さんは笑う。

『冷めてしまったな。今、温めてくるから待ってて』

 そう言って、キッチンに消えた父さんの後ろ姿を見送る。

 昔と変わらない後ろ姿。

(ほんと、夢のよう……)

 今でも信じられない。

 あれから三日もたったのに、今だに夢だと思ってしまう。私が胸に抱いている願望を見ているだけだと。特にこんな時はね……。

 朱里様がいたら絶対こう言うよ。

『そんなに不安なら、何故迷う。さっさと、不安を除去したらどうだ』って。矢那さんも蒼も陸も紺も、悩む私は馬鹿だって呆れてるだろうな。うん、絶対影で言ってそう。

 簡単に想像出来て、苦笑が漏れる。

 ほんと、私って不器用で融通が利かないよね。でもさ……これが私なんだよね。つくづく損な性格だよ。呆れるくらい。

『祐樹、どうかした?』

 温め直した皿をテーブルに置く。苦笑してる私を気遣う。

「ううん、何でもない」

 笑って誤魔化す。父さんはそれ以上訊いてこなかった。こういうところ、ほんと助かる。

 それじゃあ、気持ちを切り替えて父さんの料理を堪能しましょうか。マジ、美味しそう~~。生姜と醤油の匂いが堪らない。

「頂きます」

 手を合わせる。

『はい。どうぞ』

 熱いほうじ茶を淹れながら、父さんは昔通りに答える。

「あのね、父さん。ご飯を食べた後でいいから、少し時間もらえないかな? どうしても訊きたいことがあるの」

 今日あったことを報告するみたいに、気楽な口調で尋ねる。

『分かった。何でも答えるよ』

 身構えずに、父さんは答える。

「ありがとう」

『どう致しまして。ほら、早く食べないと温め直したのに冷めてしまうよ』

「うん」

 冷めたら大変。二度も温め直したら、肉が固くなっちゃう。折角の生姜焼きなのに。

(う~~ん、美味しい!! やっぱり、父さんの生姜焼き最高~~)

 
 
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