7 / 70
6 ここで、例の質問です
しおりを挟む「桜井さん、疲れたでしょ。取り敢えず、部屋に行きましょう」
診察室を出ると、山中さんが当たり前のように私を気遣う。やっぱり、病室のことを部屋っていうのね。
「はい」
病院がリゾートホテルみたいだから、病室もホテルのような部屋なのかな。ちょっと楽しみ。病院なのにね。
そんなことを思いながら、山中さんと並んで歩く。病室は渡り廊下の先みたい。ホテルでいう別館ね。途中、こじんまりとした庭があったけど、綺麗に手入れされていた。
木の根元では、柴犬二匹が重なりあって寝ていた。そのすぐ横には猫が三匹丸まって寝てたよ。皆仲良し。もっと近くで見たい。写真撮りたい。撮らなきゃいけないでしょ。なのに、
「ほんと、可愛いですよね。見ているだけで癒やされますよね。写真撮りたいですか? 時間はゆっくりあるので、後からでお願いします」
思わず立ち止まり、窓ガラスにへばりつく私の後ろから、少し呆れた山中さんの声がした。
「……わかりました」
後ろ髪を引かれながら、渋々私は離れる。しかし、どうしても、チラリチラリと窓の外に視線が向く。そんな私を、山中さんは苦笑しながらも歩き出す。
絶対、後で撮りに来るんだから。山中さんに付いて行きながら、私は心の中でそう誓った。
渡り廊下を過ぎると、山中さんは立ち止まる。
「ここから先が、居住スペースになっています」
そこは、ペンションのロビーのような場所だった。木材をたくさん使ってある。テーブルや椅子も。ソファは違うけど。アットホーム的なこじんまりとした感じかな。結構好きかも。
「ガラリと雰囲気が変わりましたね」
率直な感想だった。
「居住区だからね。ホテルみたいだと疲れるでしょ。左側の通路の先は食堂になってるから、後で顔出してみるといいですよ。二十四時間開いてますから」
「えっ!? 二十四時間ですか!? まるでコンビニじゃないですか!?」
「僕もそう思う。医者や看護師は深夜勤務があるからね、必然的にそうなったらしいですよ。一応、アルコールも置いてるけど、ほどほどにしてくださいね。もちろん、検査前は駄目ですよ」
「わかってますよ。それより、いいんですか? 一応、私、病人ですけど」
そもそも、検査入院中なのに?
「食事制限がないからね。まぁ、飲み過ぎは駄目だけど。後、コンビニは右側の通路の先にあるから。そこは、夜九時で閉まるから注意して」
「わかりました」
完全に逆よね。それでも、病院内としては遅くまで開いてる方だわ。急に入り用がある品もあるだろうし。助かる。
「後、病院の紹介に書いてあったから知っていると思うけど、基本、ご飯は無料だから。もちろん、デザートや飲み物も。ただ、アルコールやタバコなどの嗜好品はお金が掛かるから。コンビニの商品も」
驚いたことに、ここでは入院に掛かる費用が全て無料となっている。タダだよタダ。その代わりと言ってはなんだけど、検査の際に採取した血液やデータをサンプルとして、研究機関に提供すること。都市伝説並に稀な病気だもの、サンプルは喉から手が出るほど欲しいよね。私も、後世に役立つのなら喜んで提供するわ。
一階の説明を一通り終えると、移動し、山中さんはエレベーターのボタンを押す。
「まるで、豪華客船のようですね」
食堂が夜遅くまで開いてて、嗜好品だけが有料なところが。
「乗ったことがあるんですか?」
驚いた顔をして、山中さんは私を見る。
「ないですよ。そんなお金ありません。でも、一度は乗ってみたくて、パンフレットを集めてましたね」
「その気持ちわかります。僕は千葉にある遊園地のパンフレットを集めてましたね」
エレベーターが止まり、扉が開いたので二人で乗り込む。山中さんは答えながら、五階のボタンを押した。
「そこなら、普通に行けませんか?」
「男一人でですか?」
「いやいや、山中さんなら普通にモテるでしょ」
「全くと言っていいほど、モテませんよ」
苦笑する山中さんを見て、「どこが?」と突っ込みそうになったわ。会った初日に、そこまで気さくに話せるってすごいことだよ。
もしかして、牽制しあってもてないってこと?
イケメンはイケメンなりの苦労が色々あるみたいね。凡人には絶対わからない苦労がね。
和やかに話していると五階に着いた。エレベーターのドアが開く。山中さんと一緒に降りる。ふと、山中さんが訊いてきた。
「ところで、桜井さん、山と海どちらがいいですか?」
ここで、未歩ちゃんが言っていた例の質問ね。
「もちろん、海。海が一番」
私が言ったんじゃないわよ。未歩ちゃんだ。
「僕は桜井さんに訊いてるんだが」
「陽ちゃん、遅い!! 待ちくたびれたよ」
山中さんの台詞を無視して、未歩ちゃんは私からキャリーバッグを奪い取る。
「おい!! 未歩!!」
山中さんが怒鳴る。
「早く、早く、桜ちゃん。こっち、こっち」
待ち切れずに、未歩ちゃんが手を振り私たちを呼ぶ。
「もしかして、海と山って、部屋のことですか?」
「正解。窓から見える景色だよ」
なるほど。
「ちなみに、山中さんは?」
「僕は山側」
「未歩ちゃんは海側ですね」
そんな会話をしてると、焦れたのか、未歩ちゃんが大声で私たちを呼ぶ。ほんと元気だね。
「何、グズグズしてるのよ!! 二人とも。早く!!」
「わかった」
「今、行くわ」
私と山中さんは顔を見合わせてから、未歩ちゃんのところまで駆け寄った。
すぐ来ない私たちに、未歩ちゃんはむくれている。私と山中さんは、そんな未歩ちゃんを見て笑みを浮かべる。
この入院生活、楽しくなる予感しかしないわ。少なくとも、退屈はしないわね。写真撮影もしなきゃいけないし。反対に忙しいかも。
「何、笑ってるのよ!!」
「「ごめん、ごめん」」
私たちは笑みを浮かべたまま謝る。ますますむくれる未歩ちゃん。
妹って、本来、こういうものかもしれないわね。
不意に思い出す。
かつて、家族であった人たちのことをーー
私は慌てて、十五年以上前の思い出を心の奥深く押し込め蓋をした。
20
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる