俺は妹が見ていた世界を見ることはできない

井藤 美樹

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6 ここで、例の質問です

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「桜井さん、疲れたでしょ。取り敢えず、部屋に行きましょう」

 診察室を出ると、山中さんが当たり前のように私を気遣う。やっぱり、病室のことを部屋っていうのね。

「はい」

 病院がリゾートホテルみたいだから、病室もホテルのような部屋なのかな。ちょっと楽しみ。病院なのにね。

 そんなことを思いながら、山中さんと並んで歩く。病室は渡り廊下の先みたい。ホテルでいう別館ね。途中、こじんまりとした庭があったけど、綺麗に手入れされていた。

 木の根元では、柴犬二匹が重なりあって寝ていた。そのすぐ横には猫が三匹丸まって寝てたよ。皆仲良し。もっと近くで見たい。写真撮りたい。撮らなきゃいけないでしょ。なのに、

「ほんと、可愛いですよね。見ているだけで癒やされますよね。写真撮りたいですか? 時間はゆっくりあるので、後からでお願いします」

 思わず立ち止まり、窓ガラスにへばりつく私の後ろから、少し呆れた山中さんの声がした。

「……わかりました」

 後ろ髪を引かれながら、渋々私は離れる。しかし、どうしても、チラリチラリと窓の外に視線が向く。そんな私を、山中さんは苦笑しながらも歩き出す。

 絶対、後で撮りに来るんだから。山中さんに付いて行きながら、私は心の中でそう誓った。

 渡り廊下を過ぎると、山中さんは立ち止まる。

「ここから先が、居住スペースになっています」

 そこは、ペンションのロビーのような場所だった。木材をたくさん使ってある。テーブルや椅子も。ソファは違うけど。アットホーム的なこじんまりとした感じかな。結構好きかも。

「ガラリと雰囲気が変わりましたね」

 率直な感想だった。

「居住区だからね。ホテルみたいだと疲れるでしょ。左側の通路の先は食堂になってるから、後で顔出してみるといいですよ。二十四時間開いてますから」

「えっ!? 二十四時間ですか!? まるでコンビニじゃないですか!?」

「僕もそう思う。医者や看護師は深夜勤務があるからね、必然的にそうなったらしいですよ。一応、アルコールも置いてるけど、ほどほどにしてくださいね。もちろん、検査前は駄目ですよ」

「わかってますよ。それより、いいんですか? 一応、私、病人ですけど」

 そもそも、検査入院中なのに?

「食事制限がないからね。まぁ、飲み過ぎは駄目だけど。後、コンビニは右側の通路の先にあるから。そこは、夜九時で閉まるから注意して」

「わかりました」

 完全に逆よね。それでも、病院内としては遅くまで開いてる方だわ。急に入り用がある品もあるだろうし。助かる。

「後、病院の紹介に書いてあったから知っていると思うけど、基本、ご飯は無料だから。もちろん、デザートや飲み物も。ただ、アルコールやタバコなどの嗜好品はお金が掛かるから。コンビニの商品も」

 驚いたことに、ここでは入院に掛かる費用が全て無料となっている。タダだよタダ。その代わりと言ってはなんだけど、検査の際に採取した血液やデータをサンプルとして、研究機関に提供すること。都市伝説並に稀な病気だもの、サンプルは喉から手が出るほど欲しいよね。私も、後世に役立つのなら喜んで提供するわ。

 一階の説明を一通り終えると、移動し、山中さんはエレベーターのボタンを押す。

「まるで、豪華客船のようですね」

 食堂が夜遅くまで開いてて、嗜好品だけが有料なところが。

「乗ったことがあるんですか?」

 驚いた顔をして、山中さんは私を見る。

「ないですよ。そんなお金ありません。でも、一度は乗ってみたくて、パンフレットを集めてましたね」

「その気持ちわかります。僕は千葉にある遊園地のパンフレットを集めてましたね」

 エレベーターが止まり、扉が開いたので二人で乗り込む。山中さんは答えながら、五階のボタンを押した。

「そこなら、普通に行けませんか?」

「男一人でですか?」

「いやいや、山中さんなら普通にモテるでしょ」

「全くと言っていいほど、モテませんよ」

 苦笑する山中さんを見て、「どこが?」と突っ込みそうになったわ。会った初日に、そこまで気さくに話せるってすごいことだよ。

 もしかして、牽制しあってもてないってこと?

 イケメンはイケメンなりの苦労が色々あるみたいね。凡人には絶対わからない苦労がね。

 和やかに話していると五階に着いた。エレベーターのドアが開く。山中さんと一緒に降りる。ふと、山中さんが訊いてきた。

「ところで、桜井さん、山と海どちらがいいですか?」

 ここで、未歩ちゃんが言っていた例の質問ね。

「もちろん、海。海が一番」

 私が言ったんじゃないわよ。未歩ちゃんだ。

「僕は桜井さんに訊いてるんだが」

「陽ちゃん、遅い!! 待ちくたびれたよ」

 山中さんの台詞を無視して、未歩ちゃんは私からキャリーバッグを奪い取る。

「おい!! 未歩!!」

 山中さんが怒鳴る。

「早く、早く、桜ちゃん。こっち、こっち」

 待ち切れずに、未歩ちゃんが手を振り私たちを呼ぶ。

「もしかして、海と山って、部屋のことですか?」

「正解。窓から見える景色だよ」

 なるほど。

「ちなみに、山中さんは?」

「僕は山側」

「未歩ちゃんは海側ですね」

 そんな会話をしてると、焦れたのか、未歩ちゃんが大声で私たちを呼ぶ。ほんと元気だね。

「何、グズグズしてるのよ!! 二人とも。早く!!」

「わかった」

「今、行くわ」

 私と山中さんは顔を見合わせてから、未歩ちゃんのところまで駆け寄った。

 すぐ来ない私たちに、未歩ちゃんはむくれている。私と山中さんは、そんな未歩ちゃんを見て笑みを浮かべる。

 この入院生活、楽しくなる予感しかしないわ。少なくとも、退屈はしないわね。写真撮影もしなきゃいけないし。反対に忙しいかも。

「何、笑ってるのよ!!」

「「ごめん、ごめん」」

 私たちは笑みを浮かべたまま謝る。ますますむくれる未歩ちゃん。

 妹って、本来、こういうものかもしれないわね。

 不意に思い出す。

 かつて、家族であった人たちのことをーー

 私は慌てて、十五年以上前の思い出を心の奥深く押し込め蓋をした。


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