俺は妹が見ていた世界を見ることはできない

井藤 美樹

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66 優しいキス

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「泣き疲れて寝ちゃったね」

 子供みたい。まぁ、体は子供だけど。私は眠った未歩ちゃんの頭を撫でる。明日の朝、絶対目が腫れてるわ。

「ああ、少しでも吐き出せてよかった」

 陽平さんがホッとした顔で、未歩ちゃんを見ている。私と同じように心配していたからね。

「陽平さん、運べます?」

 運ぶ気満々の陽平さん。結構な距離ありますよ。足元も不安定だし。正直、今の陽平さんにはかなり難しいかな。

「運べる」

 ちょっと、ムッとしながら答える陽平さん。意外と意固地な所あるんだよね。でも、よろけて危なかっしい。陽平さんより、断然私の方がまだマシそう。

「いや、難しいと思いますよ」

 そう言いながら、ひょいと未歩ちゃんを抱き上げたのは兄さん。隣には、お祖父ちゃんもいた。皆、心配してたんだね。

「兄さん、ありがとう」

 陽平さんは面白くなさそう。無茶をして、未歩ちゃんが怪我をしたら困るでしょ。

「これくらい、たいしたことない。一葉……」

「何?」

「……いや、なんでもない」

 兄さんは私から顔を逸した。

 ほんと、兄さんは不器用だね。でも、その不器用さが心地良い。私が無理してないか心配してくれたんだよね。

 大丈夫とは言えない。それが嘘だと、兄さんは気付くから。私にだって、色々思うことはあるの。時には、現実に押し潰されそうになることもあるわ。立ち止まりそうにもなる。未来があるなら、立ち止まることもできる。逃げ出すこともね。

 でもね、私には時間がないの。立ち止まれる場所も退路もないの。

 だから、立ち止まらない。逃げもしない。前を向いて、今という瞬間を精一杯生きるの。だって、もったいないでしょ。

「変な兄さん。今日は未歩ちゃん、家で寝かすよ。いいよね、陽平さん」

「ああ、構わない」

「わかった」

 短いやり取りの後、特にこれといった会話もなく、私たちは帰路についた。



 未歩ちゃんと一緒に寝るのは久し振りね。

 ベッドに入ると寒いのか、未歩ちゃんがしがみついてきた。それを見た陽平さんは、何故か複雑な表情を浮かべている。それがおかしくて、私は笑ってしまった。

「大人気ないですよ、陽平さん」

「いつもなら、一葉が……」

「私がなんです?」

「うっ、もういい。お休み」

 掛け布団を頭から被る陽平さんを見て、また笑ってしまった。

 結婚してからかな。こんな風に気楽に話せるようになったのは。陽平さんが意外にも可愛いことも知ったし。ほんと、幸せだよ。

「陽平さん、まだ希望出してませんよね。何か、したいことないんですか?」

 良い機会だし訊いてみた。愛する陽平さんのためだもの、絶対叶えてみせるんだから。

「……もう、叶っているので、特にないな。一葉は?」

 真剣な表情で、陽平さんは訊いてくる。

「私も特にないかな」

 全然、思い浮かばない。

「豪華客船は?」

 たった一度交わした会話を覚えててくれたんだ、嬉しい。

「それは、来世で乗ります、陽平さんと。今は……少しでも、この幸せな時間が続くことを願ってるかな」

「僕もだ……」

 泣きそうな笑みを浮かべながら、陽平さんは私に優しいキスをくれた。



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