1 / 64
私は君に嘘を吐く
しおりを挟む無機質な部屋。
あるのは、リクライニングができる鉄製のシングルベットと、備え付けの小さなテレビ、あとは小さな棚だけ。
そこが、私の世界。
私の全てだった。
まるで、繭の中のような世界だと思う。
(繭か……我ながらいい例えね)
色がないところも似てる。ううん、違うわ。色はあるの。ただ……一色なだけ。私は人生の大半を、白色に囲まれた世界の中で生きてきた。
だから、花の匂いも風の匂いも、雨が降った後のコンクリートの焦げた匂いも知らない。だから、想像するの。もちろん、クレープ屋さんとかのお菓子の甘い匂いも知らないよ。だって、嗅いだことがないから。知っているのは、ツーンと鼻に来る消毒液の匂いだけ。
でもね、やっと私は色と匂いがある世界に出られるの!! ずっと羽化できなかった芋虫が、蝶になれるんだよ。
そう、私は蝶。
鮮やかで綺麗な羽はないけどね。それでも必死で飛ぶよ。限られた時間を精一杯生きるためにね。
そして、私が生まれた世界を心に刻み込むために。
私は飛ぶの――
三月の半ば、蓮君が期末テストの補習で遅くなったので、今日はコンビニで買った肉まんを二人で公園で食べることにした。少し風は冷たいけど、ポカポカ陽気だからそんなに寒くない。
う~ん、ホカホカの肉まん美味しいな。
食べることに夢中になっていると、蓮君が唐突に喧嘩を吹っかけてきた。
「前から思ってたけど、お前悩みねーだろ」
それ、女子や友だちに言ったら絶対嫌われるワードだからね。まぁ、心が広い私は許してあげるけど。
そんな失礼なことを言ってきたのは、北林蓮君。私が外の世界に出て、初めて話した同年代の男の子。今は遊び仲間かな。口は悪くて、目付きも悪くて、態度も悪いけど、本当は誰よりも優しくて、世話好きで心が温かい人。
そして、私の大好きな人。
「失礼な、悩みぐらいはあるわよ。でもね、今が楽しくて、悩みが全部吹っ飛んじゃうんだよね~」
素直に答えたら、なんか、残念な子を見るような目をされたよ。
「吹っ飛ぶんだったら、悩みねーのと一緒だろ」
冷静な突っ込みありがとう。
呆れながらも、私の話し相手をしてくれる。こんな面倒くさい女ほっとけばいいのに。心配するほど優しい人だよ、蓮君って。
「悩みぐらいあるわよ!! これでもね」
怒って見せたら、蓮君に鼻で笑われた。信じてないわね。
「本当か~どうせ、たいしたことじゃないんだろ? 明日の放課後、何を食べるかぐらいじゃねーの」
図星を刺されて、私はグッと黙り込む。
「悪かったわね!! それが楽しみなんだから、別にいいじゃない!!」
「キャンキャンうるせーな。わかったよ、それで、明日、何が食いたいんだ?」
当たり前のように一緒に行こうと誘ってくれた。とっても嬉しい。顔の筋肉力入れてないと、絶対、不細工な顔になるほどにね。でも、それを素直に表現できない。恥ずかしくて。
蓮君は、私のこと手のかかる幼稚園児にしか思ってないの、知ってるから。そう思われても仕方ないんだけどね。なんせ、切符を買うのにあたふたしてたから。
「駅前にできた、新作ケーキが食べたい!! 苺が贅沢に使われてて、すっごく美味しそうなの」
素直にそう答えると、めっちゃ嫌な顔をされた。
「また、甘いのかよ。俺、甘いの苦手だって言ってるよな」
女子相手に凄むのは止めようよ、蓮君。
「だったら、コーヒー飲んでたらいいじゃん。私は新作ケーキ食べるから」
「チッ、しょうがねーな」
舌打ちして文句を言いながらも付き合ってくれるんだよね、連君って。
「ありがとう、蓮君」
ニコッって笑うと、蓮君照れるんだよね。その顔が見たくて、必要以上に笑顔になるの。知ってた。
蓮君は知らない。
君のちょっとした仕草や、表情や声が、私の大切な宝物なの。美味しいお菓子も、今は君と一緒のテーブルで食べるから、幸せで美味しいんだよ。
そんな優しい君を、私は騙している。
最低だよね。でも……言えないの。最後まで隠し通さなきゃいけない秘密だから。
この瞬間も、私は君に嘘を吐いている。
33
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる