空っぽの私は嘘恋で満たされる

井藤 美樹

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番外編 兄弟

ラキさんの過去

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 ラキさんの本名を私は知らない。訊いたことがなかった。ラキさんはラキさんだから。でも、今少し後悔してる。ラキさんという呼び名で通じるか、尋ねてから気付いたよ。馬鹿だね~

「ラキ……自殺した山下来希らいきのことか!?」

 お爺さん、めっちゃ食いついてきた。老人とは思えない力で両腕を掴まれたよ。私はさり気なく同僚に視線を向けると、彼は小さく頷いた。

 そっかぁ~ラキさんって、山下来希っていうんだ。

「はい」

「あいつは、ここにいるのか!?」

 そう必死な形相で詰め寄るお爺さんの様子から、ラキさんは憎まれてはいないことが感じ取れた。仕事柄、人の感情を、特に負の感情は読み取りやすくなったから、間違いない。

 反対に感じ取れるのは、罪悪感と深い悲しみ――

 ただただ、それだけだった。

「います」

「……そうか……いるか…………そうだな、あいつは自ら命を絶ったからか…………」

 膝から崩れ落ちる、お爺さん。

 更なる罪悪感が、お爺さんの心をむしばむ。

 それを見下ろしながら、私は指を鳴らす。すると、場所が変わった。何も無い白い空間。ここなら、早々邪魔はされない。これも、この仕事でできるようになったことの一つ。結構、力を使うけどね。

「すみません、了承なく移動してしまって。それでは、早速、話していただけませんか? 山下来希のことを」

「来希には、様を付けないのか……」

 罪人だからかと、お爺さんは言った。本当は違うけど、説明する必要もない。だから訂正せずに、私で先をうながした。

「はい」

「……そうか。何を知りたい?」

「山下来希の過去を。何故、自殺をしたのかを」

「それなら、既に知っているのではないか。何故、改めて知りたがる?」

 もっともな疑問だね。

 誰でも知ってるから。どんな些細ささいな罪でさえ、さらされ判決を受けるって。

「山下様には関係ないことです」

 下手なことは言えない。なら、余計なことを口にしなければいい。

「関係ないか……遥か前に、似たようなことを言ったな……山下来希は、私の腹違いの兄だ。そして、彼を死に追いやったのは、この私だ。罪を負わなければならないのは、この私なんだ……」

 お爺さんはそう前置きをしてから、少しづつ話し始めた。

 ラキさんの過去を――



「私の実家は裕福で、代々地主を務める、その地域では一番の有力者の家系だった」

 納得。ラキさんって立っているだけで、気品があるっていうか、空気が違っていた。なんとなく、立花ちゃんや亮君とまとう雰囲気が似ている所があった。

「よくある話で、私が正妻の子で、来希は妾の子だ。歳も一歳しか変わらなかったから、来希にとって、山下家はさぞかし居心地が悪かっただろう。よく比べられた」

 一歳差か……尚更、比べられるよね。

 この世の中、無責任な大人であふれてるから。何も考えず、悪意を撒き散らす。言葉が軽いんだよ。立木さんがレアだっただけ。居心地も悪いって表現じゃあ甘いと思う。最悪を付けないと。

「なるほど……劣悪な環境だったと」

「そうだな、劣悪な環境だった。なまじ、優秀だったのがいけなかった。性格も温厚。繊細な所はあったが、それでも弱くはなかった。それに、容姿もずば抜けておった。私より、遥かに優れた兄だったよ……腹立たしいくらいにな。親戚たちの中には、兄に跡目を就かすように動く者もいた。結果、屋敷は二分していた。そしてそのことを、一番悲しんでいたのが来希だ」

 そうでしょうね。ラキさんはとても優秀だよ。でも、それを表には出さない人だ。反対に、軽く否定してくる。私はそれが歯痒かったし、疑問に思っていたの。

 そっか~表に出せない暮らしだったんだね。

「山下来希は、家を継ぐことを望んでいなかったの?」

 ラキさんの性格なら、望まないよね。わかりながらも、私は確認する。

「ああ、望まなかった。高等学部を卒業したら、家を捨てる準備をこっそりとしておった。だが、家を捨てる前に……」

 そこまで言って、お爺さんは言葉に詰まる。表情は苦悶くもんに満ちていた。

「自ら命を絶った」

 敢えて私は、お爺さんが言えなかった言葉を口にする。表情を変えずに告げる私を、お爺さんは睨んだ。

 私に怒りをぶつけても、過去は変わりはしないのに。

「はっきりとものを言う」

 非難されたが、スルー。いちいち掘り下げていてはきりがない。それに、時間もないからね。ラキさんが来るまでに聞き出さないと。

「罪を負うべきは自分だと、先程仰りましたね、山下様。それはどういう意味でしょうか? ご存知だと思いますが、黙秘されても無駄ですよ」

 そう淡々と告げると、すっごい目で睨まれたよ。やっぱり、人の負の感情を正面から受け止めるのはキツいな。

 だけど、ラキさんと向き合うために必要なことだから、私、踏ん張るよ。


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