空っぽの私は嘘恋で満たされる

井藤 美樹

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番外編 兄弟

どうして、想像しないの

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「……お前など、疫病神だ。疫病神がこの家に関わるな。いなくなれ……私は、そう感情のままに吐き捨てた」

 案外、素直に教えてくれたよ。

 お爺さんは両膝を付き、両手を顔でおおいながら吐露とろする。

「何故?」

「どんなに努力しても勝てない。私が勝てるのは血筋だけだ。唯一、惚れた女も兄のものだった!! どんなに気持ちを向けても、私に見向きもしなかった!! 兄だけを見ていた!! 私はあの屋敷で出涸らしだった!! だから、私は……私は…………兄が大切にしていた女を奪ってやった。そして、何もかも奪ってやった……」

 ハハと笑いながら、お爺さんは涙を流す。

 その涙はなんだろう。感情の高ぶりから出てくる涙? それとも、理不尽な環境だったと怒り、嘆くの? マジで馬鹿らしい。

 お爺さんが感情を爆発させるのを見てると、私の心は反対にどんどん冷めていく。

「……最後に質問します。全てを奪って、貴方は幸せでしたか?」

 私がそう尋ねると、お爺さんは顔を上げ、感情がすっぽりと抜けたような表情で、茫然と私を見詰める。

 我ながら、痛い所を突いたなって思う。でも、訊かずにはいられなかった。性格悪いよね。

「…………」

 しばらく私を見詰めた後、お爺さんは発する言葉を忘れてしまったようだ。

「山下様、人の数と同様、背負う過去はそれぞれ違います。同じものは何一つありません。このような仕事をしていると、そのことを嫌というほど身に沁みてわかります。とはいえ、人の心の中は見えないもの。家族や近しい友人でさえ。だから想像する。山下来希が優秀だったのは、山下家で生き残るために必要だったのではないかと」

「……生き残るため」

 小さな声でポツリとお爺さんは呟く。

「今は、職種と住む場所を選ばなければ、生活はできます。でも、昔は違ったのではないですか? 職種も限られ、住む場所も限られる。家を出るにしても、ある程度のものを身に付けていないと、生きていけない社会だったのでは。正妻と妾の身分差も、今以上に明確で厳しいものだったでしょう。そんな中で、妾の息子が敵ばかりいる巣窟で生きて抜くためには、群を抜いた馬鹿になるか、群を抜いた存在感を示すか、そのどちらかです。来希は、後者を選んだ。そう……想像できなかったのですか? 一番近くで、見ていたのに」

 お爺さんを責めるつもりはないけど、自然と口調がキツくなるのは仕方ないよね。できる限り、感情を表に出さないように話してるけど。

 とても悲しくて、痛ましい話だと思う。弟であるお爺さんが悪いわけではない。ただ……ほんの少しでもいいから想像してくれたら、そう考えると、悔しくて涙が出そうになるよ。ラキさんが大好きだから。

 想像できれば、「疫病神」「いなくなれ」など言わなかったよね。

 自ら命を断つまでに、長年の積み重ねがあったと思うよ。それが、衝動的なものでもね。ギリギリの崖っぷちで、傷付きながらも踏ん張っていたラキさんにとって、その言葉がトリガーになったのは容易に想像できるよ。

 誰でもいい、想像できることができたのなら、ラキさんは自ら命を断つことはしなかったかもしれない。

 あくまで、かもだけどね……

 一番近くにいて、一番遠くにいた二人なんだろう。見ている先が、それぞれ違ったから。

 想像する。もしかして、お爺さんが奪った女性が想像できる人なら……悲し過ぎるよね。

「…………」

 お爺さんは何も言えず、肩を震わせる。

「自ら命を断つということは、自分で自分を殺すこと。それは、明らかに罪で、許されることではありません。しかし、山下来希の背中を押したのは、山下様、貴方です。発した言葉は誰も取り消すことはできません。四十九日後、貴方は裁判を受けます。どのような判決が下るかは分かりませんが、考える時間はあるでしょう。……山下様、考えて下さい。想像して下さい。私は貴方に願います」

 そう静かに告げると、私は頭を下げた。お爺さん、驚いていたね。

 私はきびすを返すと、傍に控えていた同僚に軽く頭を下げる。すると、同僚は一つ頷くと視線を斜め後ろに移した。

 姿は見えないけどわかる。

 ラキさんがそこにいるって。勝手したから怒られるかな? でも、後悔はしてない。


    
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