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第0話 裂け目の村
しおりを挟む裂け目の村――二つの大地を引き裂くように広がる深い断層の上に築かれたこの村は、過去の地殻変動の名残と共に生きてきた。裂け目の底は見えず、村人たちはその深淵を覗き込むことを避ける。古くからの言い伝えでは、裂け目は「運命の試練」と呼ばれ、その近くで生活する者には必ず選択を迫るとされていた。
それでも村人たちはこの場所で生活を続けた。裂け目から採れる稀少な鉱石――「深淵石」は、他のどの地でも見つからない特別な性質を持ち、外界で高値で取引される重要な資源だった。深淵石は裂け目の壁面に埋まっており、村人たちはそれを掘り出すことで生計を立てていた。しかし、その作業は常に危険と隣り合わせだった。崩落の危険、裂け目から吹き上げる不気味な風、そして深淵から聞こえるという謎の声。これらが村を覆う不安を増幅させていた。
レイは幼い頃、この裂け目によって家族を失った。裂け目が突然崩れ、彼の家族を呑み込んだのだ。その日以来、彼は村の長老に育てられ、村の手伝いをしながら日々を過ごしてきた。しかし、心の中には常に裂け目への恐怖と憎しみが渦巻いていた。
「裂け目なんか消えてなくなればいい。」
そう呟く彼に、長老は静かに語りかける。
「裂け目は、試練だ。運命が人に何かを問いかける場所なのだよ。」
しかし、レイにはその意味が分からなかった。試練?運命?そんな抽象的なものが、家族を奪った裂け目を説明する理由になるのだろうか。
ある日、村の裂け目付近で働いていた採掘者が奇妙な物を見つけた。それは透き通るような青白い石で、手のひらに乗せると微かに脈動しているかのように温かな感覚が広がる不思議なものだった。
「何だこれは?」採掘者たちは訝しげにその石を見つめたが、誰も正体を知らなかった。
石は村の中心に運ばれ、長老のもとに届けられた。長老はそれを手に取ると、しばらくの間じっと見つめ、深い溜息をついた。
「また断片が現れる時が来たか……。」
長老のその言葉に、村人たちはざわめいた。
「断片?」
「何のことだ?」
しかし、長老はそれ以上何も語らず、石を抱えたまま村の集会所に向かっていった。
その夜、集会所に集まった村人たちの前で、長老は重々しく語り始めた。
「かつて、この裂け目には運命の輪廻を司る扉があった。そして、この扉を巡る戦いが起こり、その結果として輪廻の流れが歪められたのだ。歪んだ輪廻は裂け目を生み出し、今も私たちに問い続けている。『この裂け目の先に、何を見るのか』と。」
長老は手に持っていた青白い石――断片を掲げた。
「この断片には、運命の輪廻を正す鍵が秘められていると言われている。しかし、断片を使うには、それを持つ者が裂け目の試練に挑む必要がある。誰もができることではない。」
「裂け目の試練……?」レイは思わず呟いた。
長老はレイに視線を向け、静かに頷いた。「お前がこの断片を拾い上げたのも、何かの縁だろう。レイ、お前は試練を受ける覚悟があるか?」
その問いに、レイは即答できなかった。試練という言葉は重くのしかかり、自分に何ができるのか分からなかったからだ。しかし、裂け目が彼の家族を奪い去った過去に対する怒りと疑問が、彼の心を燃え上がらせていた。
「俺が……裂け目の謎を解く?」レイはその石を手に取り、強い鼓動を感じた。
翌朝、裂け目の奥深くから不穏な振動が響き始めた。地面が揺れ、村人たちは不安そうに空を見上げた。裂け目から吹き上がる風はこれまでにない力強さで、何かを告げようとしているかのようだった。
「裂け目が動き始めたぞ!」村人の一人が叫ぶ。
長老はその方向を見据え、険しい表情を浮かべた。「運命が動き出したのだ。断片を見つけたことで、裂け目は新たな試練を私たちに問いかけている。」
レイは裂け目の方を見つめながら拳を握りしめた。「だったら……俺が応えるしかない。」
その時、裂け目の中心から薄青い光が立ち昇り始めた。その光は、どこか扉の形をしているようにも見えた。
レイ、長老、そして数人の村人が裂け目の端に集まり、その光を目の当たりにした。光の中には、ぼんやりとした扉の輪郭が浮かび上がっていた。それは、かつての運命の扉の残滓なのかもしれなかった。
「この扉を開くことで、裂け目の真実に近づけるだろう。」長老は静かに告げた。「しかし、扉の前には護り手がいるはずだ。お前がその者を説得し、試練を乗り越えられなければ、真実にたどり着くことはできない。」
レイは断片を手に、静かに頷いた。「俺がやる。俺の家族を奪ったこの裂け目に、答えを問いただすために。」
こうして、レイは裂け目の村から始まる壮大な運命の旅に足を踏み入れた。扉を守る護り手との対峙、そして裂け目の真実が彼を待ち受けている。
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