断片の輪廻

Fragment Weaver

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第1話 交差する運命

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広大な虚空を漂う異界には、無数の浮遊する島々と、それを結ぶ見えない糸が存在していた。その糸は、風、記憶、光、あるいは運命そのものと言えるかもしれない。そして、その糸に導かれた三人の運命が交わる瞬間が訪れた。


初めてレイが異界に足を踏み入れたのは、彼が流れ者として過ごしていた時だった。彼の故郷はかつて裂け目によって崩壊し、彼は故郷を救えなかった自責の念を抱えていた。

異界の風に導かれるようにして、彼は自由の門があると噂される浮遊島にたどり着いた。その島は、廃墟と化したかつての街で、住民たちは逃げ出した後だった。レイは荒れ果てた街の中で剣を手にし、ただ一人生き延びていた。

ある夜、彼は廃墟の広場に立ち、空に浮かぶ異界の月を眺めながら独り言を呟いた。

「この異界で…俺の失ったものを取り戻せるのか?」

その問いに答えるように、背後から静かな声が響いた。

「何を失ったのか、思い出すことができるのなら、可能性はある。」

驚いて振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。杖を携えた彼女の瞳は、深い湖のように透き通っていた。

巡礼者: イリス

イリスは異界を旅する巡礼者だった。彼女の目的は、裂け目の原因を突き止め、それがもたらす崩壊を防ぐ方法を見つけることだった。彼女の故郷もまた裂け目によって失われ、彼女はその悲劇の再発を防ぐために旅を続けていた。

「あなたの目に宿るのは、失った者の痛みね。」

イリスの言葉に、レイは眉をひそめた。

「それがどうした?俺はただ、この異界で生き延びる方法を探しているだけだ。」

イリスは柔らかく微笑み、杖を地面に突き立てた。

「ならば、この旅があなたに答えを与えるかもしれないわ。あなたには、まだ行くべき場所があるはずよ。」

彼女の言葉は謎めいていたが、レイは彼女の瞳の中に宿る決意を見て、否定する気にはなれなかった。



廃墟の広場に冷たい風が吹き抜ける。レイはその風に導かれるように、目の前の女性――イリスを見据えた。彼女の言葉には曖昧な響きがあったが、不思議と反発する気にはなれなかった。彼女の瞳には、何か言葉では説明できない力が宿っていた。

「行くべき場所、か。」レイは呟くように言った。「俺にはその先が見えない。そもそも、俺が何をすべきなのかさえ分からないんだ。」

イリスは柔らかく微笑み、杖を少し持ち上げた。その先端から淡い光が漏れ出し、周囲の廃墟を照らした。その光は優しく、それでいて異界の空気に溶け込むような神秘的な輝きを持っていた。

「見えないからこそ、旅をするのよ。」イリスの声は静かだったが、確かな力があった。「この異界には、失われたものを取り戻す力があるかもしれないわ。ただ、それを見つけるのは誰かが与えてくれる答えではない。自分自身で掴まなければならない。」

レイはため息をつき、手に持つ剣をじっと見つめた。彼の剣はかつての故郷から持ち出した唯一の形見だった。それは、彼が守るべきものを守れなかった証でもあった。

「俺が取り戻すべきもの…」

呟くレイの言葉にイリスは頷くように歩み寄り、彼の目を真っ直ぐに見つめた。

「その答えを探しに行きましょう。この異界のどこかに、あなたの問いに応える扉があるはずよ。」

イリスの言葉は静かだったが、彼女の瞳には確信があった。それは、レイにとって不安定な心を少しだけ落ち着かせるものでもあった。

「俺に選択肢なんてないか。」レイは少し自嘲気味に笑った。「行く先があるのなら、とりあえず進むしかない。止まってたら、過去の自分に食われるだけだ。」

「そうよ。」イリスは力強く答えた。「前に進むこと。それが唯一の答えへの道よ。」

その瞬間、廃墟の広場を横切る風が一層強まり、レイの背後で微かな音が響いた。振り返ると、崩れた建物の影からもう一人の人影が現れた。


廃墟に吹き抜ける風がやや冷たさを増し、レイは振り返った。瓦礫の影から現れたのは一人の青年だった。体には旅装束をまとい、その表情には疲れが滲んでいる。しかし、目は鋭く光り、彼がただの漂流者ではないことを物語っていた。

「この場に人がいるとはな。」
青年の声は低く、冷ややかだった。そのまなざしはレイとイリスを順に捉え、短い沈黙の後、ふと口元に薄い笑みを浮かべた。

「随分と場違いな出会いだな。こんな荒れ果てた場所で何をしている?」

レイは警戒しつつ、剣を握り直した。何か危険な気配を感じたからだ。

「それはこっちのセリフだ。」レイは低い声で答えた。「お前は誰だ?」

青年は肩をすくめて笑った。「名前なんて重要じゃない。ただ……俺はこの異界の扉を巡っている者だ。」

その言葉に、イリスが小さく反応した。「扉を巡っている?あなたも何かを探しているの?」

青年はイリスをじっと見つめ、鋭い眼差しを向けた。「探しているというより、確かめに来たと言った方がいい。だが、その話をする前に聞きたいことがある。」彼はレイに視線を移し、目を細めた。

「お前、その手に持っている剣は何だ?」

レイは青年の視線に少し戸惑いながらも、答えた。「……俺の故郷の形見だ。それがどうした?」

青年は何かを考えるように短く笑い、「形見、か」とだけ呟いた。そして、少しだけ距離を詰めると、再び二人に向き直った。

運命の交錯

「俺の目的は単純だ。この異界の扉と、それに関わる者たちの動向を確かめることだ。」青年の声には鋭い響きがあった。「だが、ここに来てみれば妙な連中が揃っている。お前たちは何者なんだ?」

レイは苛立ちを隠さずに返す。「妙な連中ってのはお前も同じだろ。俺はただ、生き延びる方法を探しているだけだ。」

「そう。」青年は静かに頷きつつ、イリスにも視線を向けた。「なら、そちらの巡礼者は?」

イリスは短く答えた。「私は裂け目と扉を調べるために旅をしている者よ。それが私の使命だから。」

青年はその言葉を聞いて少しだけ顔を曇らせた。そして、静かに息を吐いた。「使命、か。どうやらお前たちも扉に縁があるらしい。」

レイは険しい表情を浮かべながら問い返した。「お前の目的は何なんだ?扉を巡るって、具体的にはどういうことだ?」

青年はその問いに対して少しの間沈黙した。そして、やがてゆっくりと口を開いた。

「扉が異界の運命を変える力を持つのは知っているだろう。それを正すためには、扉を開く者、そしてその行方を見定める者が必要だ。俺はその行方を確かめるだけだ――必要とあれば、力を借りることも、排除することも。」

その言葉に、レイとイリスは互いに短い視線を交わした。どちらも、目の前の青年が単なる旅人ではないと直感していた。

共闘の提案

「お前たちに興味が湧いた。」青年はそう言いながら、自らの腰に下げた短剣に手を触れた。「この廃墟には扉があったはずだ。それが今はどこかに消えた。だが、その痕跡は残っているはずだ。」

「扉の痕跡……?」レイは眉をひそめた。

「そうだ。扉が存在した場所には、必ず何らかの断片が残る。それを探せば、俺たちは次の行き先を見つけることができる。」青年はそう言いながら、周囲を見渡した。「お前たちも扉に縁があるようだ。ならば、協力しないか?」

レイは一瞬迷ったが、イリスが口を開いた。「扉を巡るという点では、私たちの目的も一致しているわ。協力するのは悪くない提案だと思う。」

青年は無言で頷き、手を差し出した。「俺の名はカイエルだ。名前くらいは教えておいてやる。」

レイはその手を握り返しながら、短く答えた。「レイだ。」

イリスも続けて名乗る。「私はイリス。よろしく、カイエル。」

こうして、三人の運命が交差した。廃墟の中に潜む謎、扉の痕跡、そしてそれを巡る未知の試練――それぞれが抱える目的と葛藤を胸に、彼らは異界のさらなる奥深くへと進む準備を整えた。

扉の痕跡

三人は廃墟の奥へと足を踏み入れた。瓦礫の間から伸びる蔦や苔が、かつてここに人が住んでいた痕跡を薄めていた。しかし、どこかに扉の残滓があるというカイエルの言葉を信じ、彼らは探索を始めた。

「ここだ。」カイエルが指をさした先には、古びた石碑があった。表面には摩耗して読み取れない文様が刻まれている。しかし、微かに漂う青白い光がそれが特別な存在であることを示していた。

「これは……扉の痕跡?」レイが呟く。

カイエルは短く頷いた。「これが残っているということは、扉が完全に消失したわけではない。この異界のどこかに繋がっているはずだ。だが、その先は……護り手がいるかもしれない。」

「護り手……」イリスは静かに考え込んだ。「なら、まずはここでその痕跡をたどるしかないわね。」

こうして三人は、初めての試練を迎える準備を始めた。それぞれの目的を胸に抱きながら、未知の扉が示す運命へと踏み出していくのだった。

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