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第4話 裂け目の扉を越えた先
しおりを挟む扉の光が徐々に消えていくと、三人の前に広がっていたのはこれまでに見たことのない異様な風景だった。浮遊する黒い岩々が空中に散らばり、その間を緩やかに流れる青白い光の筋が絡み合っている。空は深い紫色で、まるで裂け目そのものが広がっているような感覚を覚えさせた。地面らしき場所もなく、三人の足元は光の筋に支えられているかのようだった。
「ここは……扉の向こう?」レイが周囲を見渡しながら声を漏らす。
「間違いないわ。だけど、これは……」イリスが驚きの表情を浮かべた。「こんな場所、記録にはどこにもない。」
「記録にない?」カイエルが短剣を握りしめながら鋭く問い返した。「それじゃ、この場所の意味は完全に未知というわけか。用心しろ。こういう未知の空間は、歓迎されていない証拠だ。」
レイは足元を確認しつつ、一歩ずつ慎重に進んだ。光の筋は柔らかい感触があり、重みを支えてくれるが、不安定で頼りないようにも感じられる。その一方で、体の奥底から微かな力が湧き上がるような不思議な感覚もあった。
「この空気……」レイは立ち止まり、ふと感じた胸のざわめきに目を閉じた。「どこかで感じたことがあるような……」
「何か思い出したの?」イリスが問いかけた。
レイは曖昧に首を振った。「いや……でも、この場所は俺に何かを問いかけている気がする。まるで、俺の過去を――」
その言葉を遮るように、突如として空間全体が震え始めた。浮遊していた岩々が不規則に揺れ、青白い光の筋が一瞬暗くなる。
三人は揺れに耐えながら身構えた。そのとき、前方の光の筋が収束し、一つの形を成し始めた。それは人のようでありながら、異界そのものを体現するかのような存在だった。体は純粋な光で構成され、顔には表情がない。ただ、その目とされる部分が三人を静かに見据えていた。
「訪問者よ。」守護者のような存在が低い声で話し始めた。「この地に足を踏み入れる理由を示せ。」
「理由?」レイが問い返す。
「ここは運命の断片が収束する場所。ここに立つ資格を持たない者は、即刻立ち去らねばならない。」守護者の声には感情が感じられないが、その言葉は空間全体に響き渡る。
カイエルが一歩前に出て短剣を構えた。「俺たちは、この異界の秘密を解き明かすためにここにいる。それが扉を開いた理由だ。」
「理由は十分ではない。」守護者が冷然と告げる。「ここでは、己が抱える運命の断片を見極めなければならない。さもなくば、この地に足を留めることは許されない。」
その瞬間、守護者の周囲に光の刃が無数に現れた。それらは鋭い音を立てながら三人を囲み、攻撃の準備を整えたように見えた。
「戦うしかないのか……!」レイは剣を構え、守護者の動きを睨んだ。
「違う!」イリスが声を上げた。「これはただの戦いじゃない。試されているのよ。守護者が言った通り、自分の運命を見極めなければいけない。」
「見極めるってどうやって……?」レイが苛立ちを隠せない様子で尋ねる。
「断片よ!」イリスはレイの手に握られた青白い石を指さした。「その断片に意識を集中して。この空間に何か反応を起こすはず!」
レイはイリスの言葉に従い、断片をじっと見つめた。その瞬間、断片が輝きを増し、レイの周囲に新たな光の紋様が浮かび上がった。それはまるで彼自身の記憶を映し出すように、幼い頃の故郷や家族の姿を形作り始めた。
「これは……」レイは驚きながらも断片をさらに強く握りしめた。
「そう、それを利用して。」イリスが続けた。「この空間は記憶や運命に強く結びついているわ。それを解放することで、守護者に応える道が見つかるはず。」
しかし、記憶の映像は次第に歪み始めた。穏やかな風景は裂け目によって引き裂かれ、家族の笑顔は恐怖に変わり、やがて消え去っていく。代わりに現れたのは、レイがずっと心に封じ込めてきた喪失感と罪悪感だった。
「やめろ……!」レイは叫んだが、映像は止まらない。
守護者の声が響く。「お前がその断片を持つ理由は何だ。その答えがなければ、この場に立つことは許されない。」
「俺は……」レイは歯を食いしばりながら視線を逸らさずに答えた。「失ったものを取り戻したい。家族を、故郷を、あの時の自分を――!」
その言葉に呼応するように、断片が眩い光を放った。周囲の歪んだ映像が一瞬で消え、代わりに新たな道筋が浮かび上がった。それは次なる目的地を示すかのように、青白い光の橋となって前方へ伸びていた。
守護者は静かに刃を下ろし、光の体が徐々に崩れ始めた。「答えを示した者よ。この道を進むがいい。だが忘れるな。運命の試練はこれで終わりではない。次なる扉がお前たちを待ち受けている。」
守護者が消え去ると、空間全体の重さが軽減し、再び静寂が訪れた。
「どうやら認められたようね。」イリスがほっと息をついた。
「でも、これは始まりに過ぎない。」カイエルが警戒を解かずに言った。「次の扉に向かう道が示されたが、その先に何があるかは分からない。」
レイは断片を見つめながら小さく頷いた。「確かに終わりじゃない。でも、俺は進む。これ以上後悔するのは嫌だからな。」
三人は新たな光の橋を進み始めた。その先には、さらなる試練と運命の真実が待ち受けているはずだった。
この旅はまだ始まったばかりである。それぞれの記憶と運命が交錯する中、彼らは次の扉と新たな街、そしてそこで待ち受ける運命の断片に向けて一歩ずつ進んでいくのだった。
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