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12話 扉の街・分水の城塞都市
しおりを挟むその街は、巨大な峡谷の底に広がっていた。両側の岩壁は空に届かんばかりに高く、上からは絶えず水が流れ落ちている。その水は街の中を複雑な水路として縦横無尽に巡り、街全体を動脈のように潤していた。ここは「分水の街」と呼ばれる扉の城塞都市であり、中心には高い塔のような建物がそびえていた。
「この街が『再生の門』を守る場所か……」レイは呟きながら見上げた。
「でも、簡単にたどり着けるとは思わない方がいいわ。」イリスが彼の隣で視線を巡らせる。
街は大きく三つの区域に分かれているようだった。最も低い区域は「下層街」と呼ばれ、峡谷の底に広がる労働者や水路管理者たちの住む場所。そこでは湿気に満ちた空気が漂い、水の音が絶えず響いていた。次に、峡谷の中腹に作られた「中層街」。ここには商人や手工業者、そして街の守備隊が住む建物がひしめいている。そして、最上層にあたる「上層街」は、再生の門を含む神聖なエリアとされ、一般の住民が足を踏み入れることは厳しく制限されていた。
「まずは情報を集めましょう。」イリスが静かに提案する。「この街の仕組みを理解しなければ、門にたどり着くこともできない。」
下層街は湿気に覆われ、街の壁を伝う水の流れがそのまま住民の生活の基盤になっていた。住民たちは水路を使って生活用水を確保し、同時にその水を利用して動力を得ている。水車が絶えず回り、低い轟音が街全体に響いていた。
「この水路が街全体の命を支えているのね。」イリスは感嘆したように水車を見上げた。
しかし、住民たちの表情は明るいものではなかった。湿った空気と絶え間ない労働が彼らの顔に疲労を刻み込んでいる。通りを歩くと、子供たちが水路にかかる小さな橋で遊んでいる姿が目に入るが、その笑顔にはどこか影が差していた。
「再生の門が街を守っていると聞いたけれど……それにしては、あまり幸せそうには見えないな。」レイが呟く。
「守られることが、必ずしも幸福を意味するとは限らないわ。」イリスの声には憂いが混じっていた。
街の片隅で老人が話しているのを耳にした。
「昔はもっと街も豊かだったんだがな……最近は水の流れが乱れてきて、下層街は特に大変だ。」
「水の流れが乱れる?」イリスは立ち止まり、老人に尋ねた。
「そうさ。再生の門の力が弱まっているのかもしれん。あの門がなければ、街そのものが崩れる運命にある。」
中層街は活気に溢れていた。市場には商人たちが声高に商品を売り込み、鍛冶屋からは金属を打つ音が響いている。一見すると平和そのもののようだったが、その中にも微妙な緊張感が漂っていることにレイは気づいた。
「何かが起こっている。」レイは周囲を見回した。
「この街にはいくつかの派閥があるみたいね。」イリスが耳を澄ませていた。「どうやら門を巡って対立しているらしいわ。」
市場の一角で、異界から来たらしい旅人たちが集まり、熱心に議論しているのが見えた。レイとイリスが近づくと、彼らは警戒しながらも話を続けた。
「門の力が弱まるなんて、前代未聞だ。あの護り手が何か問題を抱えているのかもしれない。」
「だが、門が失われれば、この街そのものが終わる。我々にはそれを防ぐ手段が必要だ。」
「門の力を巡って争う余裕なんてないのに……」イリスは呟いた。
「いや、争いが起きているからこそ、余裕がないのかもな。」レイが鋭い視線を向けた。
上層街への道は厳重に管理されていた。石造りの巨大な門が行く手を阻み、その前には武装した衛兵たちが立ち並んでいる。
「この先に行きたいなら、許可証が必要だ。」衛兵の一人が告げた。
「許可証?どこで手に入る?」レイが問う。
「街の長官に直接許可をもらうか、特別な任務を果たしてその資格を得るんだな。」衛兵は冷たく言い放った。
「つまり、簡単には行かせてもらえないってわけか。」レイは剣の柄に手をやったが、イリスがそっとその手を制した。
「強行突破は賢くないわ。」イリスが冷静に言った。「まずは情報を集めましょう。」
下層街で出会った老人や中層街の商人たちから集めた情報を元に、二人は街の中心にいる長官に会いに行くことにした。その過程で、街を分断する派閥――「門を崇める保守派」と「門の外に解決を求める革新派」の対立が明らかになっていく。
保守派は門の力に絶対的な信頼を置き、その維持を最優先としていた。一方、革新派は門の力に頼りすぎることの危険性を訴え、門に代わる新しい仕組みを模索していた。
「この対立が街を不安定にしているのね。」イリスは険しい表情で呟いた。
「どちらの言い分も分かるが、結局は門の力が何を意味しているのかを知る必要がある。」レイは断片を見つめながら言った。
情報を集めた結果、長官から扉の護り手に会うための試練を課される。試練の内容は、「街の水路を浄化する作業を通じて、門が弱まった原因を探る」というものだった。
「この街が直面している問題は、門の問題そのものかもしれない。」イリスが静かに言う。
「なら、やるしかないな。」レイは決意を込めて頷いた。
こうして二人は、再生の門へと至る旅路の次なる段階――街そのものの再生を目指す試練へと挑むことになった。彼らの旅路はまだ始まったばかりだったが、その先に待つのは単なる答えではなく、再び問いを投げかけるさらなる試練だった。
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