13 / 23
11話 荒野の風、その軌跡
しおりを挟む風はどこから吹き、どこへ去るのか。その答えは誰も知らない。ただ、荒野に立つ者たちを絶えず撫で、また時に翻弄する。
レイとイリスは荒野を歩き続けていた。地平線の先にはゆらめく陽炎が広がり、遠くにいくつかの岩山がぼんやりと浮かび上がっている。この異界の風景は現実のそれとは明らかに異質だった。空の色は青とも灰ともつかず、風はしばしば逆巻き、音もなく流れる。
「ここに来る前、こんな世界があるなんて想像もしていなかった。」レイが呟くように言った。
「異界は未知そのものだから。」イリスは砂を巻き上げる風を見つめて答えた。「でも、未知の中に足を踏み入れることで、私たちは何かを見つけるのよ。」
「何かね……。」レイは地平線を睨むようにしていたが、言葉を続けることはなかった。
二人が歩き続ける中、遠くに不規則な動きが見えた。それは風に舞う影ではなく、明らかに人為的なもの――帆や旗のように揺れる何かだった。
近づくと、それが移動型の宿営地であることが分かった。粗末な布でできたテント群が、荒野の風を受けて軋む音を立てている。中央には火が焚かれ、その周りに様々な出自の人々が集まっていた。
「ようこそ、流れ者の宿営地へ。」場の中央に立っていた、髭をたくわえた男が二人に声をかけた。「何を探してここに来た?」
「道を探している。」レイが短く答えた。
男はニヤリと笑った。「道なら、風が教えてくれるさ。ただし、それがどこに繋がるかは分からないがな。」
宿営地には旅の途中で立ち寄ったらしい異界の住人たちが集まり、物資の交換や情報の共有をしていた。その中には剣を背負う者、動物を連れる者、そして何かしらの目的を抱える巡礼者もいた。
「ここにいる人たちは、みんな何かを探しているの?」イリスが火を囲む人々に問いかけた。
「探している、というより……探さざるを得ない。」近くに座っていた女性が呟くように答えた。彼女は古びた楽器を抱えており、どこか疲れた目をしていた。「この異界は立ち止まることを許さないのよ。」
宿営地での夜、風が一際強く吹き抜けた。火はそのたびに揺らめき、座っていた人々の影を一層濃くした。
「この荒野に一つ、奇妙な伝承がある。」髭の男が語り始めた。「風を追い続けた者がいるという話だ。その者は自らを風に同化させ、ついには荒野の一部になったと言われている。」
「風になる?」レイが眉をひそめた。
「そうだ。ただし、それは自由を得る代償として存在を捨てることを意味する。そいつはもう誰にも認識されることはないが、風そのものとなって異界中を旅しているのだ。」
「そんな存在が本当にいるの?」イリスが尋ねた。
「さあな。」男は肩をすくめた。「だが、風の中に耳を澄ませれば、何か囁く声を聞いた気がすることもある。それが誰かの残響なのか、それともただの錯覚なのかは分からないがな。」
その話は場に集う人々に奇妙な静けさをもたらした。火がまた一つ、ぱちりと音を立てた。
翌朝、二人は宿営地を離れることにした。新たな目的地へと向かうため、風が示す道を辿る。
しかし、旅の途中で突如として荒野に嵐が巻き起こった。それは昨晩聞いた風の物語が現実となったかのような、異常な風の渦だった。
「気をつけて!」イリスが叫ぶ。
「どこか隠れる場所を!」レイが辺りを見回す。
その時、風の中に再び影が見えた。それは確かに人型をしていたが、身体は半透明で、まるで砂に溶け込むような存在感だった。
「お前たちは何を求める?」影が静かに問いかけた。
「私たちは……扉を目指している。」イリスが咄嗟に答えた。
「扉か……。扉を超えた先にあるものを知る覚悟はあるのか?」影は風に乗るように移動しながら言った。
レイは剣を構えたが、影には敵意は感じられなかった。ただ、その言葉は不気味なほどに重みを持っていた。
嵐が静まり、影もまた消え去った後、二人は再び歩き始めた。しかし、その影との短い会話は二人の心に奇妙な印象を残していた。
「さっきの影……何者だったんだ?」レイが尋ねた。
「分からない。ただ、私たちが何かを試されているのは確かだと思う。」イリスは風が去った後の静寂を感じながら答えた。
その後も荒野は続き、風は彼らの行く先を撫でるように通り抜けていった。そして、ついに地平線の彼方に異界の新たな風景――巨大な岩壁の間に隠れるように広がる街が現れた。
「ここが……次の扉の街。」レイは息を呑んだ。
「そして、この先に私たちが追い求める答えが待っているかもしれない。」イリスは静かに呟いた。
新たな旅の幕が、ゆっくりと上がろうとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる