断片の輪廻

Fragment Weaver

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11話 荒野の風、その軌跡

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風はどこから吹き、どこへ去るのか。その答えは誰も知らない。ただ、荒野に立つ者たちを絶えず撫で、また時に翻弄する。

レイとイリスは荒野を歩き続けていた。地平線の先にはゆらめく陽炎が広がり、遠くにいくつかの岩山がぼんやりと浮かび上がっている。この異界の風景は現実のそれとは明らかに異質だった。空の色は青とも灰ともつかず、風はしばしば逆巻き、音もなく流れる。

「ここに来る前、こんな世界があるなんて想像もしていなかった。」レイが呟くように言った。

「異界は未知そのものだから。」イリスは砂を巻き上げる風を見つめて答えた。「でも、未知の中に足を踏み入れることで、私たちは何かを見つけるのよ。」

「何かね……。」レイは地平線を睨むようにしていたが、言葉を続けることはなかった。



二人が歩き続ける中、遠くに不規則な動きが見えた。それは風に舞う影ではなく、明らかに人為的なもの――帆や旗のように揺れる何かだった。

近づくと、それが移動型の宿営地であることが分かった。粗末な布でできたテント群が、荒野の風を受けて軋む音を立てている。中央には火が焚かれ、その周りに様々な出自の人々が集まっていた。

「ようこそ、流れ者の宿営地へ。」場の中央に立っていた、髭をたくわえた男が二人に声をかけた。「何を探してここに来た?」

「道を探している。」レイが短く答えた。

男はニヤリと笑った。「道なら、風が教えてくれるさ。ただし、それがどこに繋がるかは分からないがな。」

宿営地には旅の途中で立ち寄ったらしい異界の住人たちが集まり、物資の交換や情報の共有をしていた。その中には剣を背負う者、動物を連れる者、そして何かしらの目的を抱える巡礼者もいた。

「ここにいる人たちは、みんな何かを探しているの?」イリスが火を囲む人々に問いかけた。

「探している、というより……探さざるを得ない。」近くに座っていた女性が呟くように答えた。彼女は古びた楽器を抱えており、どこか疲れた目をしていた。「この異界は立ち止まることを許さないのよ。」



宿営地での夜、風が一際強く吹き抜けた。火はそのたびに揺らめき、座っていた人々の影を一層濃くした。

「この荒野に一つ、奇妙な伝承がある。」髭の男が語り始めた。「風を追い続けた者がいるという話だ。その者は自らを風に同化させ、ついには荒野の一部になったと言われている。」

「風になる?」レイが眉をひそめた。

「そうだ。ただし、それは自由を得る代償として存在を捨てることを意味する。そいつはもう誰にも認識されることはないが、風そのものとなって異界中を旅しているのだ。」

「そんな存在が本当にいるの?」イリスが尋ねた。

「さあな。」男は肩をすくめた。「だが、風の中に耳を澄ませれば、何か囁く声を聞いた気がすることもある。それが誰かの残響なのか、それともただの錯覚なのかは分からないがな。」

その話は場に集う人々に奇妙な静けさをもたらした。火がまた一つ、ぱちりと音を立てた。



翌朝、二人は宿営地を離れることにした。新たな目的地へと向かうため、風が示す道を辿る。

しかし、旅の途中で突如として荒野に嵐が巻き起こった。それは昨晩聞いた風の物語が現実となったかのような、異常な風の渦だった。

「気をつけて!」イリスが叫ぶ。

「どこか隠れる場所を!」レイが辺りを見回す。

その時、風の中に再び影が見えた。それは確かに人型をしていたが、身体は半透明で、まるで砂に溶け込むような存在感だった。

「お前たちは何を求める?」影が静かに問いかけた。

「私たちは……扉を目指している。」イリスが咄嗟に答えた。

「扉か……。扉を超えた先にあるものを知る覚悟はあるのか?」影は風に乗るように移動しながら言った。

レイは剣を構えたが、影には敵意は感じられなかった。ただ、その言葉は不気味なほどに重みを持っていた。



嵐が静まり、影もまた消え去った後、二人は再び歩き始めた。しかし、その影との短い会話は二人の心に奇妙な印象を残していた。

「さっきの影……何者だったんだ?」レイが尋ねた。

「分からない。ただ、私たちが何かを試されているのは確かだと思う。」イリスは風が去った後の静寂を感じながら答えた。

その後も荒野は続き、風は彼らの行く先を撫でるように通り抜けていった。そして、ついに地平線の彼方に異界の新たな風景――巨大な岩壁の間に隠れるように広がる街が現れた。

「ここが……次の扉の街。」レイは息を呑んだ。

「そして、この先に私たちが追い求める答えが待っているかもしれない。」イリスは静かに呟いた。

新たな旅の幕が、ゆっくりと上がろうとしていた。
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