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10話 分岐する道
しおりを挟む裂け目の村の廃墟にて
異界の空が深く沈む色を帯び、青白い月明かりが大地を薄く照らしていた。裂け目の村を発つ前夜、レイ、イリス、そしてカイエルは静かな広場で最後の火を囲んでいた。三人とも沈黙を守り、焚き火の音が僅かに響いていた。
カイエルが突然立ち上がり、深い溜息をついた。彼の影が焚き火の光に踊る。
「俺は、ここで別れる。」
その言葉に、イリスが顔を上げた。静かな瞳には微かな驚きが映る。レイは眉をひそめ、火の中に視線を落としながら短く呟いた。
「理由を聞かせてもらおうか。」
カイエルは焚き火を挟んで二人を見渡し、冷ややかな笑みを浮かべた。
「俺の目的は、再生の扉にはない。あんたたちが望む『再生』という概念そのものが、俺にとっては胡散臭いものなんだよ。」
イリスは静かに口を開いた。「胡散臭いとはどういうこと?再生の扉は、崩壊したものを再び繋ぎ、希望を与える力を持っているとされているわ。それが嘘だというの?」
カイエルは薄く笑い、肩をすくめた。「希望だと?その希望がどれだけの犠牲を必要とするか、考えたことはあるか?」
その言葉に、イリスの瞳が揺れた。彼女は言葉を探すように口を開きかけたが、カイエルが続けた。
「再生のために何を犠牲にするのか、それを誰が決める?俺には、その選択を他人に委ねる気はない。だから俺は、犠牲そのものの意味を知るために、自分の道を行く。」
「犠牲だって?」レイが低い声で問いかけた。「お前はそんなものにこだわって、どこへ行くつもりだ?」
カイエルは焚き火に背を向け、夜の闇に溶け込むように立った。背中越しに、淡々とした声が響いた。
「犠牲の扉を探す。その扉は、すべてを奪い取る力を持つと言われているが、逆に言えば、何かを得るための本質を教えてくれる場所だ。俺はそれを知りたい。」
「ふざけるな!」レイは立ち上がり、カイエルの背中に向けて叫んだ。「犠牲だなんて、大層な言葉で飾ってるが、それで何かが救われると思っているのか?それはただ、破壊と同じじゃないか!」
カイエルは立ち止まり、振り返らずに静かに答えた。「破壊の先にしか見えないものもある。お前がそれを認めたくないなら、それはそれでいい。だが俺は、自分の道を進む。」
イリスは一歩前に進み、優しいが揺るがない声で言った。「その道がどれだけ危険で孤独なものであっても、あなたは行くのね。」
カイエルは短く笑った。「孤独には慣れている。それに、この異界に必要なのは、全員が同じ方向に進むことじゃない。道が交わらなくても、それぞれの選択がこの世界を作る。そう信じているだけだ。」
カイエルはそのまま歩き出し、夜の闇へと消えていった。焚き火の光は、彼の影が完全に見えなくなるまでの道を照らしていた。レイは拳を握りしめながら、何も言わず立ち尽くしていた。
「彼は自分の選択を信じているのね。」イリスが静かに言った。「それが正しいかどうかは分からない。でも、私たちも自分の道を進むしかない。」
「……分かってる。」レイは低く答えた。「けど、あいつの言葉がどうしても引っかかる。」
「引っかかるなら、それは何か意味があるはずよ。」イリスは微笑んだ。「いずれまた彼と道が交わるとき、その答えが分かるかもしれないわ。」
レイはもう一度拳を握りしめ、焚き火に視線を戻した。「その時には、あいつを殴りつけてでも止める。」
イリスはその言葉に僅かに笑い、静かに火を見つめ続けた。
翌朝、裂け目の村を出発する二人は、再び再生の扉を目指して歩き始めた。カイエルの選んだ道が何をもたらすのか、二人にはまだ分からない。ただ、彼が異界のどこかで、自分たちとは違う形で真実を追い求めていることだけは確信していた。
「この世界は、いくつもの分かれ道でできているのね。」イリスが遠くを見つめながら呟いた。「そのどれもが、輪廻の一部だとしても。」
「だったら、その輪っかのどこかに答えがあるはずだ。」レイは前を見据えた。「カイエルだって、それを探してるんだろう。」
こうして、交差しながらも分かれていく運命の道が、新たな物語を紡ぎ始めていた。
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