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9話 道標の先へ
しおりを挟む扉の前を後にした三人の足元には、淡い光が漂っていた。それは記憶の扉から発せられた微かな残光であり、どこか新しい道を示しているようだった。先ほど得た三つの断片が、静かに輝きを放ち続けている。
「この光……次の目的地を示しているのかもしれない。」イリスが断片を手のひらで包み込むように眺めた。その光は脈動するように弱まり、また強くなる。
「扉が行けと言ってるってか?」カイエルはやや皮肉気味に断片をポケットに押し込みながら言った。「こういうのは押し付けがましいな。自由に選べと言っておいて、結局これが道標になるんだろ?」
「選ぶのは俺たちだ。」レイが冷静に言った。「だが、この道標を無視して彷徨うのも、選ぶに値しないだろう。」
カイエルは軽く肩をすくめて応じた。「ああ、そうだな。迷うのは性に合わねぇ。行こうぜ。」
三人が歩みを進めると、異界特有の奇妙な地形が次々と現れる。宙に浮かぶ島々を結ぶ自然の橋、逆さまに伸びる樹々の森、薄紫の霧が立ち込める谷間――そのどれもが、この世界の歪んだ美しさを物語っていた。
「異界の風景ってやつは、いつも飽きさせないな。」カイエルが感嘆混じりに呟いた。
「でも気を抜かないで。」イリスが鋭い声で言った。「異界の地形が美しいほど、そこには必ず危険も伴うものだから。」
やがて三人の前方に、小さな集落が現れた。風に漂う乾いた音、所々破壊された建物――それはかつての賑わいを失ったように見えたが、それでもまだ人の気配があった。
「……人がいるのか?」レイが声を潜めた。
「近づいてみよう。」イリスは断片を握りしめたまま、一歩前へと進んだ。
集落に足を踏み入れると、三人は住民たちの視線を一斉に浴びた。彼らは皆、ぼろぼろの衣服を纏い、険しい表情を浮かべていた。視線には警戒と興味が入り混じり、外界から来た者に対する疑念が滲んでいた。
「ここは『流離の集落』だ。」ひとりの老人が前に出てきた。腰を曲げ、杖を突いたその姿には威厳があったが、どこか疲れ切っているようにも見えた。
「お前たちは何者だ?なぜここに来た?」
レイが口を開こうとしたが、先にイリスが一歩前に出た。「私たちは旅の途中でこの地にたどり着きました。記憶の扉で与えられた断片に導かれています。」
「記憶の扉だと?」老人の表情が険しくなった。その言葉がこの集落で何を意味するのか、三人にはまだ分からなかった。
「ここにたどり着いたのは偶然ではない。」老人はじっと三人を見つめた。「この地はかつて、扉の選定から外れた者たちが集った場所だ。忘れ去られた記憶の断片を抱え、行き場を失った者たちの終着点だ。」
「……選定から外れた?」レイが眉をひそめた。
「そうだ。」老人は深いため息をついた。「扉は、進むべき者を選ぶ。だが、全ての者が選ばれるわけではない。この集落にいる者たちは、扉の試練に敗れた者、あるいは試練を受ける資格すら与えられなかった者だ。」
集落の中心には、一つの崩れかけた塔がそびえていた。その塔の周りには、住民たちが小さな焚き火を囲むように座り込んでいた。彼らの目はどこか虚ろで、何かを諦めたような色を宿していた。
「これが、選ばれなかった者の行き着く先か。」カイエルが皮肉を込めて呟く。
「そう簡単に決めつけないで。」イリスが低い声で言った。「彼らは、今も何かを待ち続けている。」
「待つだけじゃ何も変わらない。」レイは静かに言った。「この集落にいる限り、何も前に進まないのは明らかだ。」
すると、老人が再び杖を突きながら言った。「確かに、お前たちはここに留まるべきではない。だが、この地で得られるものがないとは限らん。」
老人は三人に向けて、もう一つの扉について語り始めた。その扉は「再生の扉」と呼ばれ、この集落を抜けた先にある断崖の上に立っているという。
「再生の扉か……」イリスがその言葉に反応した。「でも、なぜこの地にそんな扉があるの?」
「この地は異界の狭間だ。」老人は静かに語った。「全ての選択がここで終わるわけではない。お前たちが本当に進む意志を持つなら、その扉はお前たちを新たな道へと導くだろう。」
夜が更ける中、三人は集落を見下ろす丘に立っていた。焚き火の光がかすかに揺らめき、風が静かに耳元をかすめていく。
「再生の扉……」イリスが呟いた。「次の行き先は、そこになるのね。」
「だが、その扉もまた、護り手がいるだろうな。」カイエルは短剣をくるくると回しながら言った。「記憶の扉で得た答えを試されるってわけだ。」
「試されるなら、それを乗り越えるしかない。」レイは剣を握りしめた。「過去に向き合ったんだ。この旅を続ける理由を、俺たちはもう手にしている。」
三人は断片を胸に抱きながら、新たな旅路へと進むべく足を踏み出した。遠くには断崖があり、その先には再生の扉の微かな輝きが見える――その扉の先に待つ未来を求めて、彼らは歩みを進めていく。
こうして、三人は記憶の扉の力を糧に、新たな物語を紡ぎ始める。その旅路は、さらなる試練と真実、そして未知の地平へと続いていく。
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