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第8話 記憶の扉:過去が織り成す標
しおりを挟む真っ白な光が次第に収まり、レイ、イリス、カイエルの三人は、扉の前に立っていた。目の前には青白い輝きを放つ扉がそびえ立ち、その表面には無数の記憶の断片が映し出されていた。断片は絶えず形を変え、時には誰かの笑顔、時には荒れ果てた風景となって現れる。それは彼らそれぞれの過去を映し出し、問いかけるように揺らいでいた。
扉を守護する存在――護り手は、淡い光を纏った姿で彼らの前に立ちはだかっていた。護り手の目は鋭く、しかしその声には冷たいだけではない、不思議な暖かさがあった。
「この扉は記憶を映す標。だが、その先に進むことを意味するものではない。この扉は問いかけるだけだ――『お前たちの記憶は未来の行き先を照らすに値するか』と。」
護り手の言葉に、レイは剣を握りしめた。その剣は彼の故郷の唯一の遺品であり、守ることができなかった痛みの象徴でもあった。
「未来を照らすって……俺の過去なんて失敗だらけだ。こんな俺が未来を選ぶ資格なんてあるのか?」
護り手は冷ややかな目でレイを見つめた。「資格がないとするなら、そのまま止まるがいい。だが、この扉の問いに答えずに進むことはできない。未来を照らす標を得られぬ者に、異界を旅する資格はない。」
イリスは護り手の言葉に静かに頷いた。「過去に向き合うことが必要なのは分かるわ。でも、向き合うだけでは未来には進めない。記憶の扉は、そういうものね。」
カイエルは短剣を手に取り、鋭い声で言い放つ。「俺たちの過去がどれだけ傷ついていようと、それが未来の障害になるとは思えない。むしろ、この扉の問いを利用して、次に進むための力を得るだけだ。」
護り手は微笑み、光の杖を地面に突き立てた。その瞬間、扉の輝きが増し、断片が三人それぞれに向けて問いかけるように飛び交った。
扉の光がレイの胸に突き刺さると、裂け目の村の風景が浮かび上がった。そこには崩壊する寸前の村と、必死に何かを守ろうとする彼自身の姿が映っていた。
「俺は何も守れなかった……」レイは低く呟いた。「守るべきものを失った俺が、未来なんて考えていいのか?」
護り手の声が響く。「お前が守りたかったものは、何だったのかを思い出せ。その想いこそが、未来を照らす光となる。」
レイは拳を握りしめ、剣を見つめた。「……守りたかったのは、家族だけじゃない。俺がいた村、その場所で生きていた人々全てだ。」
彼の胸の中に、小さな光が灯る。それは、失われた記憶に隠されていた希望の残滓だった。
イリスの周りには、「暁の苑」の赤い花々が咲き乱れる風景が現れた。だが、それは次第に崩れ、花々が黒い灰となって散っていく。彼女はそれを見つめながら、声を震わせた。
「また……壊れていく。何度も再生を願っても、同じ結末を迎えるのなら、私に何ができるの?」
護り手は静かに語りかけた。「再生とは過去を元通りにすることではない。壊れたものを糧に、新たな未来を築くことだ。」
イリスは泣きそうな顔で、崩れ落ちる花々を拾い集めた。「私は……壊れたままの世界でも、その中で生きていく覚悟がある。それが再生の意志だと信じたい。」
その瞬間、崩れた花々の中から一輪の赤い花が輝き始めた。それは彼女の決意の証だった。
カイエルの前には、凍りついた「静止の街」の住民たちが現れた。彼らの視線は彼を責め立てるようで、言葉を発することはないが、その沈黙が鋭い刃のように彼の心を刺していた。
「お前が選んだ犠牲は、本当に意味があったのか?」護り手が問いかける。
カイエルは肩をすくめ、短剣を手にした。「俺の選択が間違いだったかもしれない。だが、何も選ばなければ、全てが無駄だった。犠牲の意味は、俺がこれから証明する。」
護り手は静かに頷いた。「その覚悟を持ち続けよ。犠牲を乗り越えられる者にのみ、新たな未来を切り開く力が与えられる。」
カイエルの前に広がる凍りついた街は、徐々に溶けて消え去った。短剣の刃には小さな輝きが灯っていた。
三人がそれぞれの記憶に向き合い、答えを見つけると、扉の光が柔らかく変化した。護り手は静かに杖を掲げ、三人に語りかけた。
「記憶の扉はお前たちの過去を問い、未来を示す標となる。だが、その先へ進むことはこの次元を超えることを意味する。今はその時ではない。だが、ここで得た答えは、これからの旅路を照らす光となるだろう。」
護り手が杖を振ると、扉の光が収まり、三つの断片が彼らの手元に現れた。それは青白い輝きを放つ、小さな結晶だった。
「これを持て。お前たちが未来を選び続ける限り、この光は失われない。そして新たな旅路を歩む時、この光が次の扉を開く鍵となる。」
三人はそれぞれの結晶を手に取り、静かに頷いた。扉は再び閉じられ、静寂が広がる。
扉の前から立ち去る三人の足取りには、迷いが薄れ始めていた。記憶の扉で得た断片が、彼らの心を少しだけ軽くしたようだった。
「先に進もう。」レイが剣を握りしめて言った。「この異界のどこかに、俺たちが求める答えがあるはずだ。」
イリスとカイエルも頷き、それぞれの断片を胸にしまいながら、新たな旅路を歩み始めた。その背後で記憶の扉は静かに輝き続け、これからの道標となるべく彼らを見守っていた。
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