断片の輪廻

Fragment Weaver

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???話 滅びゆく街

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門の影が長く街路に伸びる夕刻、カイルとレイナは街を歩いていた。石畳を踏みしめるたびに、二人の心には重苦しい思考が渦巻く。門の再調整に向けて、どの選択肢を選ぶべきか――その決断には、街の命運が懸かっていた。

「レイナ……この街の人たちは門の力に依存してる。でも……それだけじゃない。」カイルが呟く。

「知ってるわ。彼らは門を恐れながらも、頼りにしてる。もし閉じてしまったら……」レイナの声は曇っていた。

二人は街の広場に足を踏み入れた。市場では行商人が声を張り上げ、子どもたちが門の近くで遊んでいる。そんな日常の中に、どこか不安げな空気が漂っていた。

「あなたたち、旅人だろ?」
突然、声をかけられた。振り返ると、灰色の髭を蓄えた老人がこちらを見ていた。肩には門から得た鉱石で作られた杖を抱えている。

「この街の門のこと、何か知っているのか?」カイルが尋ねた。

老人は目を細めて、門の方を振り返った。「……あれは我らの命綱だ。しかしな、長くはもたん。門は暴走の兆しを見せている。昔、同じような門が別の街で崩壊したことがあった。街も、人も……何も残らなかった。」

「じゃあ、閉じるべきだって言うの?」レイナが切り返す。

老人は首を振った。「閉じれば街は滅びる。だが、門の力が解放されれば、次の世代が新たな道を見つけられるかもしれん。ここで終わりにするか、それとも未来のために何かを残すか……それを決めるのは、お前たちだ。」

二人は言葉を失った。

その後、二人は街の各所を巡った。



広場の片隅で、カイルは一人の若い女性と話していた。彼女は薬草を育て、街の人々に配っていた。

「門の力があるから、ここで暮らせている。でも……最近は作物の成長が不安定で。」彼女は寂しそうに微笑む。「私たち、ずっとこの街に頼ってきた。門がなくなったら、ここには何も残らない。でも……新しい場所を探すのも怖い。」

カイルは胸の奥に何か重いものがのしかかるのを感じた。門を閉じれば、この街は消える。だが、門の力は新たな道を開くかもしれない。



一方、レイナは門近くの見張り台に登っていた。そこでは、街を守る兵士たちが武器を磨いている。

「門を閉じる? 馬鹿な話だ。」粗野な隊長が言い放つ。「たとえ危険があっても、この街は門で成り立ってる。脅威が来るなら、それを迎え撃つまでだ。」

「でも、もしその脅威が、この街を壊滅させるようなものだったら?」

「なら、それが運命ってもんさ。」

レイナは唇を噛んだ。維持することは、この街の希望を繋ぐ選択肢でもあるが、その代償として門を通じて異形の存在が現れるリスクも背負うことになる。



門の根元には、門の番人とされる老いた僧侶が座っていた。静かに祈るその姿は、まるで門そのものと繋がっているかのようだった。

「門は、生きている。」僧侶は目を閉じたまま言う。「閉じれば死ぬ。開きすぎれば暴走する。……だが、調整することはできる。均衡を保ち、街と門が共存できるように。」

「でも、それには何か代償があるんでしょう?」レイナが問いかける。

僧侶は頷いた。「再調整には、門と深く繋がる者の“意志”が必要だ。その意志が純粋でなければ、調整は失敗し、門は崩壊する。」

「それって、私たちにできるのか……?」カイルが呟いた。

「それを見極めるのも門の役割だ。」僧侶は静かに立ち上がる。「門の奥には番人がいる。彼の知恵を借りれば、再調整は可能となるだろう。」



夜が更け、二人は門の前に立っていた。街の灯りが遠くで揺らめく。選ぶべき道は、まだ決まっていない。

「カイル……私、もう分からない。門を閉じれば街は滅びる。でも、このまま維持していたら……。」レイナの声が震える。

「……再調整だ。」カイルが断言した。「バランスを取る。街を守り、門も維持する。それができるなら……。」

レイナは目を見開き、そして微笑んだ。「……そうね。それが、一番いい。」

二人は門の奥へと足を踏み入れた。そこには、試練と番人が待ち受けている。彼らの選択が、この街の未来を決定することになる。



──門の歪みが街に影を落としている。

街を覆う霞のような空気が、かつての活気を奪い取っていた。門の周囲には、歪んだ光の揺らぎが見え、地面には微かな振動が続いている。2人の主人公は重い沈黙の中、街の広場に立っていた。

広場では、住民たちが集まり、門の未来について言い争っていた。

「門を閉じるだと?それじゃ街は終わりだ!」
「でも、このままじゃ……あの異形のものが再び現れるかもしれない!」
「門を維持すれば、きっと道は拓ける!」

男たちの声がぶつかり合い、女たちは静かに涙をぬぐっている。老いた門の番人は、人々の声を背に、門の前で俯いていた。門の異常は確かに街を蝕んでいる。しかし、門を閉じれば、街そのものの存続が危ぶまれる――。

2人は住民たちと対話を重ね、門をどうすべきか葛藤した。
「門を閉じれば、街は滅びる。だが、このままでは……。」
「でも、あの門は生きてる。閉じるなんて、ただの逃げじゃないか?」

意見が割れ、言葉は鋭くなっていく。だが、ふと目に留まったのは、門の前で立ち尽くす番人の姿だった。



番人は、古びた杖を握り締め、門を見つめていた。彼の目には深い疲労と、それ以上の覚悟が滲んでいる。

「門を再調整するなら、私の力が必要だ。」
静かな声が広場に響いた。住民たちが息を呑む。

2人が歩み寄ると、番人はゆっくりと振り向いた。
「この門は、遥か昔から街を守り、同時に試練を与えてきた。しかし今、その均衡が崩れかけている。」

「再調整……それが街を救うのか?」
「門を閉じずに済む唯一の方法だ。ただし――」
番人は、2人をまっすぐ見据える。
「再調整には代償が必要だ。私はこの役目を終え、門の一部となる。」

その言葉の重みを、2人はすぐに理解した。番人自身が、門の一部として存在を終える覚悟を決めていたのだ。




門の前に立つと、張り詰めた冷気が二人を包み込み、空気はまるで凍てついたように動かない。巨大な門は重い沈黙の中に佇み、石造りの表面には深い亀裂が走り、そこから冷たい青白い光が漏れていた。その光は不規則に脈動し、門の内側で何かが崩壊しかけていることを告げている。

レイナは門の前に立ち尽くし、ひび割れに触れようと手を伸ばした。しかし、その瞬間、門から発せられた衝撃波が彼女を吹き飛ばし、硬い地面に叩きつけられた。

「レイナ!」カイルが駆け寄り、彼女を抱き起こす。

「大丈夫……でも、この門……ただ事じゃない。」レイナは息を切らせながら立ち上がる。

そのとき、門の中央部の亀裂から闇が溢れ出し、その闇の中から漆黒の影がゆっくりと姿を現した。重厚な甲冑を纏い、顔には無表情な仮面を被っている。仮面には門の象徴である複雑な紋章が刻まれていた。

「再調整を求める者よ――なぜ、この門を蘇らせようとする?」
影の奥深くから、低く響く声が放たれた。それは門そのものが語りかけてくるような、圧倒的な存在感だった。

「街が滅びかけている。この門が崩壊すれば、この街も――そして門が繋ぐ先の世界も終わる!」カイルが叫ぶ。

「……だが、再調整には対価が伴う。お前たちに、その覚悟はあるか?」

レイナとカイルは互いに視線を交わし、静かに頷いた。

「いいだろう。ならば、お前たちに試練を課す。」

番人が手を掲げると、門の亀裂から濃密な光が迸り、二人の身体は空間の裂け目に吸い込まれた。


二人が目を開けると、そこは門の内部世界だった。周囲には巨大な結晶体が空中に浮かび、淡い青い光を放っていた。地面には無数の根のようなエネルギーの流れが走り、その根が門の心臓部へと集まっている。

しかし、空間は不安定で、空には裂け目が走り、重力が歪み、結晶体が時折砕け散っていた。門のエコシステムは崩壊寸前だった。

「ここが……門の中?」レイナは目を見張る。「でも、何て不安定な……。」

「門は、己の意志を持つ。だが、その意志はお前たちの“選択”によって形作られる。」番人の声が空間に響く。

三つの光球が二人の前に現れる。それぞれが異なる未来を示していた。
1. 門を閉じ、街を終わらせる。
 → 街は滅びるが、門の力は新たな場所へと解放される。
2. 門を維持し、未知の脅威を招く。
 → 異形の存在が門を通じて現れ、試練が始まる。
3. 門の力を再調整し、街と門の均衡を保つ。
 → ただし、その代償として自身の魂の一部を門に捧げる必要がある。

「私たちは……」レイナが言いかけると、突然、空間が歪み始めた。

空に裂け目が走り、そこから黒い霧のような存在が滲み出てくる。それは門の内部世界に蓄積した“歪み”そのものだった。黒霧は意志を持つかのようにうごめき、二人に触れようと伸びてくる。

「時間がない!」番人の声が響いた。「選べ!さもなくば、門ごと消滅する!」

レイナとカイルは、一瞬の逡巡の後、同時に手を伸ばし、三つ目の光球――再調整を選んだ。

「門を救う。そして街も……!」

その瞬間、二人の身体は激しい痛みに襲われた。門と直接繋がったことで、膨大なエネルギーが二人に流れ込む。カイルの意識には門が辿ってきた悠久の記憶が流れ込み、レイナは無数の魂の声を聞いた。

「耐えろ……!」カイルは歯を食いしばった。

「……私は……諦めない!」レイナは叫び、二人の意志は門へと注がれた。


2人は剣を抜き、黒い触手と対峙する。荒れ狂う力の中で、門番は最後の力を振り絞り、門の再調整を成し遂げた。


門全体が振動し、裂けた空間がゆっくりと閉じていく。ひび割れていた門の表面は滑らかに修復され、青白い光が安定した輝きへと変わった。

番人は、門の力を全て受け止め、重くゆっくりと立ち上がった。その仮面が砕け、中からは静かな瞳を持つ老人の顔が現れた。

「……永きに渡る役目が、終わった。」

「あなたは……?」レイナが驚きの声を上げる。

「私はこの門の最初の番人だった。お前たちの意志が門を蘇らせ、私をも解放した。」老人は微笑んだ。「これで、この門は再び調和を取り戻した。」

老人の身体は光の粒子となって空に溶けていく。その最後の言葉だけが、静かに残された。

「次の門でも、必ず選択の時が来るだろう。その時、また汝らの意志が試される。」

「これで……街は守られる。」番人の声は静かだった。彼の体は光に包まれ、門の文様の中へと吸い込まれていく。




門は静かに再調整され、その輝きはやがて柔らかな光に変わった。街に漂っていた霞が晴れ、人々はその変化に気付く。広場には静寂が戻った。



街の人々は門の再調整を成し遂げた2人に感謝した。しかし、彼らの表情には門番を失った寂しさも滲んでいた。

「また……門が街を守ってくれるだろう。」老いた住人が呟く。
「……でも、門の中には、まだ未知の領域がある。」2人のうちの1人が空を見上げた。

そして、2人は旅を再開した。門の内と外の均衡が整った今、彼らには新たな道が開かれている。門番の意志を胸に、次の門を目指して――。
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